石巻日日新聞
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | 非上場
|
| 本社所在地 | 〒〒986-0874 宮城県石巻市双葉町8-17 |
| 電話番号 | 0225-95-5231 |
| 設立 | 1912年10月 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 事業内容 | 新聞の出版・販売 |
| 代表者 | 代表取締役社長 佐藤勝雄 |
| 資本金 | 1600万円 |
| 従業員数 | 30名 |
| 外部リンク | http://www.hibishinbun.com/ |
石巻日日新聞(いしのまきひびしんぶん)は、石巻日日新聞社が宮城県東部の石巻市、東松島市、牡鹿郡女川町をエリアとして発行している地域紙。1913年(大正2年)創刊。
目次 |
[編集] 沿革[1]
1912年10月、山川清が、石巻地方最初の日刊紙・東北日報[2]を創刊するが、間もなく経営に行き詰まり、新たに体制を立て直して、翌1913年に『石巻日日新聞』と改題する。その後も5年ほどは経営が安定せず、経営者も頻繁に交代したが、編集陣と紙齢は継承された。
1921年には同盟通信に加盟して、全国・国際ニュースの配信を受け、紙面に反映させるようになる。その後も石巻を代表する日刊紙として支持されていたが、いわゆる「一県一紙」統制により、1940年10月31日付、第8684号で廃刊した。
戦後、石巻では、石巻日日新聞で植字工であった和田鉄夫が石巻新聞をいちはやく創刊したが、これに対して石巻日日新聞で編集長を長く務めた佐藤露紅を中心に、石巻日日新聞の復刊が企画され、1948年10月に戦前の紙齢を継承して第8685号を発行する形で石巻日日新聞が「復刊」された。石巻日日新聞は、翌1949年には日刊化したが、復刊後の数年間は、佐藤社長と他の役員や社員との関係にいろいろ問題が生じていた。1952年に佐藤が社を去り、斉藤末治が事実上の経営責任者となると、経営が安定しはじめた。
当初、部数の上で石巻新聞の後塵を拝していたが、1967年前後には、発行部数4,000部ほどで肩を並べるようになり、以降は石巻新聞の凋落と入れ替わるように部数をのばして、石巻の代表紙に成長した。その後は、1971年にはオフセット印刷機を導入し、1976年にはコールド・タイプ・セッティング化を達成、1982年には高速輪転機を導入するなど、制作面の刷新を順調に進めていった。
1985年には、無料の月刊タウン誌「いしのまき・らいふ」の発行を始めた。
[編集] 脚注
- ^ 以下の記述は、おもに公式サイト内の社史と、山田晴通(1984)「宮城県石巻市における地域紙興亡略史」による
- ^ 河北新報の前身となった新聞と同じ紙名だが、別個の新聞。山川は創刊に際して、河北新報から不要活字や印刷機を譲られたとされるので、その際に紙名の使用権を得ていたのかもしれない。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月29日 (日) 12:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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