石毛博史
石毛博史の最新ニュースをまとめて検索!
| 大阪ゴールドビリケーンズ コーチ #48 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 千葉県銚子市 |
| 生年月日 | 1970年7月13日(39歳) |
| 身長 体重 |
188cm 93kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1988年 ドラフト外 |
| 初出場 | 1991年4月18日 大洋戦(東京D) |
| 最終出場 | 2004年10月13日 横浜戦(甲子園) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
選手歴
|
|
|
|
|
コーチ歴
|
|
|
|
|
この表について
|
|
石毛 博史(いしげ ひろし、 1970年7月13日 - )は、千葉県出身の元プロ野球選手(投手)。
現在は関西独立リーグ・大阪ゴールドビリケーンズ投手コーチ。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] 巨人時代
- 市立銚子高から1988年、ノンプロの住友金属鹿島に内定していたがドラフト外で巨人に入団。肘の故障があったため、もっぱらリリーフ投手として活躍。東京ドームで行われた1990年のジュニア日本選手権で中日ドラゴンズの清水雅治にサヨナラ本塁打を打たれたことがある(巨人は先攻であった)[1]。
- 1992年、宮田征典投手コーチに「故障で長いイニングは持たないが、連投の効く体質を見出され(本人談)」、藤田元司監督に抑え投手としての適性を見出される。トレードでやってきた大久保博元とバッテリーを組む。ある新聞で両者の出身地が千葉・茨城から「ちばらぎ快進撃バッテリー」と表現していた。
- 1993年には球威のある荒れ球とフォークボール・スライダーを武器に30セーブを挙げ、セーブ王のタイトルを獲得。記者会見では火消し役の意味を込め、消火器で消す仕草をすることもあった。
- 1994年にも19セーブを挙げ、2年連続でセ・リーグ・セーブ王となる(高津臣吾と同数、最優秀救援投手は8勝19Sを挙げた高津)。
- この年、94年前半までは能力を存分に発揮し、抑え役をこなしていたが、後半頃からは四球で出した走者を返してしまう場面が目立ち始める。劇的な逆転負けすることが多く、その様子は「石毛劇場」と揶揄された。甲子園球場での阪神戦では、終盤にリリーフ石毛がコールされると阪神ファンから喝采とともに「石毛コール」が上がってしまうほど、連続四球・ワイルドピッチ・押し出しのイメージが定着した。スポーツ紙の四コマ漫画などで不振をネタにされることも少なくなかった。
- 1995年、1996年は抑えとしてほとんど機能することが出来ず、徐々に登板機会は減っていった。
[編集] 近鉄・阪神時代
- 1997年、近鉄・石井浩郎が年俸調停を申請。裁定により同選手の受け入れ先が巨人となったため、トレードで吉岡雄二と共に近鉄に移籍。中継ぎとしてそれなりに活躍するも、制球難を克服することが出来ず、絶対的な信頼を取り戻すまでには至らなかった。近鉄での最後のシーズンの2002年には2試合の登板に終わり、戦力外通告を受ける。
- 2003年、阪神へテスト入団。中継ぎのキーマンとして活躍。同年チームが優勝したことで、所属全球団で優勝を経験する。球速こそ若干落ちてはいたものの、往年のスタイルを彷彿とさせる投球を見せ、日本シリーズでも登板を果たすなど復活劇を見せる。
- 所属球団全てが優勝を経験しているため、マスコミから「石毛は優勝請負人である」と報じられたが、石毛は「自分は『優勝請負人』では畏れ多い、『優勝見届け人』ぐらいですよ」と話している。
- 2005年、昔故障した肘などのコンディションが悪化、看板としていた球威、キレが急速に衰えてしまう。本人はすでに引退を決意していたところ、シーズン終了後には戦力外通告を受け、そのまま現役を引退する。
[編集] 引退後
- 引退後は柴田佳主也とともに大阪市内のスポーツ用品店に勤務していた。
- 2008年、協議離婚が成立。現在独身。
- 2009年、関西独立リーグ・大阪ゴールドビリケーンズのコーチに就任。
- ^ 『読売新聞』1990年10月8日19面14版 『巨人軍5000勝の記憶』 読売新聞社、ベースボールマガジン社、2007年。ISBN 9784583100296。 付属のDVD収録
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
完 了 |
当 初 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1991年 | 巨人 | 23 | 11 | 0 | 0 | 1 | 1 | .000 | 163 | 38.2 | 28 | 1 | 20 | 3 | 43 | 4 | 0 | 13 | 13 | 3.03 |
| 1992年 | 52 | 45 | 0 | 5 | 3 | 16 | .625 | 357 | 88.1 | 47 | 5 | 51 | 2 | 123 | 6 | 0 | 16 | 13 | 1.32 | |
| 1993年 | 48 | 46 | 0 | 6 | 5 | 30 | .545 | 279 | 67.0 | 43 | 4 | 37 | 0 | 85 | 2 | 0 | 23 | 22 | 2.96 | |
| 1994年 | 45 | 39 | 0 | 5 | 4 | 19 | .556 | 221 | 51.2 | 43 | 5 | 28 | 1 | 53 | 2 | 0 | 18 | 18 | 3.14 | |
| 1995年 | 38 | 28 | 0 | 4 | 3 | 11 | .571 | 213 | 48.2 | 40 | 7 | 34 | 1 | 40 | 1 | 1 | 23 | 22 | 4.07 | |
| 1996年 | 23 | 6 | 0 | 4 | 1 | 3 | .800 | 154 | 33.1 | 32 | 4 | 24 | 0 | 28 | 4 | 0 | 15 | 13 | 3.51 | |
| 1997年 | 近鉄 | 18 | 3 | 13 | 4 | 3 | 0 | .571 | 303 | 68.1 | 61 | 6 | 49 | 0 | 41 | 3 | 0 | 36 | 32 | 4.21 |
| 1998年 | 8 | 2 | 4 | 0 | 1 | 0 | .000 | 97 | 18.2 | 24 | 1 | 19 | 0 | 9 | 2 | 0 | 16 | 15 | 7.23 | |
| 1999年 | 28 | 12 | 1 | 0 | 2 | 0 | .000 | 232 | 50.2 | 48 | 4 | 32 | 0 | 50 | 5 | 0 | 27 | 23 | 4.09 | |
| 2000年 | 46 | 7 | 0 | 2 | 4 | 1 | .333 | 274 | 62.1 | 48 | 6 | 36 | 3 | 74 | 3 | 0 | 28 | 25 | 3.61 | |
| 2001年 | 25 | 11 | 0 | 3 | 1 | 2 | .750 | 129 | 30.1 | 27 | 8 | 13 | 1 | 28 | 0 | 0 | 17 | 17 | 5.04 | |
| 2002年 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 10 | 2.0 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 2 | 9.00 | |
| 2003年 | 阪神 | 17 | 5 | 0 | 1 | 1 | 0 | .500 | 75 | 19.1 | 9 | 4 | 9 | 0 | 19 | 2 | 0 | 8 | 7 | 3.26 |
| 2004年 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 7 | 1.0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0.00 | |
| 通算:14年 | 375 | 216 | 18 | 34 | 29 | 83 | .540 | 2514 | 580.1 | 458 | 56 | 352 | 11 | 594 | 34 | 1 | 246 | 222 | 3.44 | |
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 背番号
- 93(1989年 - 1990年)
- 59(1991年 - 1994年 )
- 24(1995年 - 1996年)
- 17(1997年 - 2002年)
- 48(2003年 - 2005年、2009年 - )
[編集] 個人記録
- 初登板:1991年4月18日大洋戦(東京D)4-5 6回より登板、2回無失点
- 初勝利:1992年6月10日広島戦(広島)4-2 8回より登板、2回無失点
- 初セーブ:1991年5月3日阪神戦(東京D)6-2 9回1死より登板、2/3回無失点
[編集] タイトル・表彰
- 最優秀救援投手:1回(1993年)
[編集] 関連項目
|
||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 Text is available under GNU Free Documentation License.
最終更新 2009年8月17日 (月) 11:48 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【石毛博史】変更履歴



