石見 (戦艦)

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1907年11月2日に呉にて撮影された「石見」
艦歴
発注
起工 1900年6月2日
進水 1902年7月19日
就役 1904年9月
除籍 1922年9月1日除籍 のち雑役船編入
廃船 1924年7月
その後 1924年7月10日撃沈処分
性能諸元
排水量 常備:13,516トン、満載:15,300トン
全長 121.0m
全幅 23.2m
吃水 7.9m
機関 ベルヴィール式石炭専焼缶20基
レシプロ3筒三段膨張2基2軸推進
16,500馬力
最大速力 18ノット
兵員 806名
兵装 30.5cm砲連装2門
20.3cm砲単装6門
8.0cm砲単装16門
4.7cm砲単装20門
37mm機関砲8基
水上魚雷発射管単装2門

石見(いわみ)は、大日本帝国海軍戦艦である。元はロシア帝国の戦艦「オリョール」で、日本海海戦で日本に鹵獲された。艦名は現島根県西部にあった日本の旧国名「石見国」に由来する。

目次

[編集] 艦歴

ロシアのサンクトペテルブルク、ガレールヌイ島工廠でボロジノ級戦艦の3番艦として起工、1904年竣工すぐにバルチック艦隊に編入される。10月15日バルチック艦隊本隊としてリバウ軍港を出航。

1905年5月27日日本海に到着、日本海海戦に参戦。翌日、竹島沖で日本艦隊に包囲され大破状態で降伏した。

修理後6月6日日本艦隊に編入され、「石見」と命名し一等戦艦に類別された。12月12日、等級を廃止し戦艦となり、その後呉工廠において本格的復旧工事が実施され、復元性能改善と15.2センチ連装砲塔6基を降ろし20.3センチ単装砲に換装。準弩級艦に近い能力をもたせた。1908年11月改装完成。

1912年8月28日、一等海防艦に類別変更。第一次世界大戦では、青島攻略戦に参加。シベリア出兵に際しては、1918年から1920年まで沿海州警備。1920年から1921年までカムチャツカ警備に従事した。

1922年9月1日に除籍され、1923年5月9日に雑役船に編入され標的船に指定された。1924年7月に廃船となり、その後、横須賀及び三浦半島城ヶ島西方で爆撃実験標的となり、7月10日に撃沈処分された。

なお、30.5cm主砲の砲身が京都府与謝野町(旧岩滝町)に残されている(外部リンク参照)。

[編集] ギャラリー

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


最終更新 2009年6月18日 (木) 13:16 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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