神奈川県立横浜翠嵐高等学校

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神奈川県立横浜翠嵐高等学校
過去の名称 神奈川県立第二横浜中学校
神奈川県立横浜第二中学校
神奈川県立横浜第二高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 神奈川県
理念 大平凡主義
設立年月日 1914年(大正3年)5月11日
創立記念日 5月11日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
定時制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 2学期制
高校コード 14103J
所在地 221-0854
神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢南町1-1
電話番号 045-311-4621
FAX番号 045-312-9142
外部リンク 公式サイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
  
校内
校章バッジ。の花に朝日(桜花旭光)の意匠。

神奈川県立横浜翠嵐高等学校(かながわけんりつよこはますいらんこうとうがっこう)は、神奈川県横浜市神奈川区三ツ沢南町にある県立高等学校

目次

[編集] 概要

神奈川県の公立高校の中では有数の進学校で、大学進学を希望する生徒が広く集まる。かつては、横浜東部学区に属していた(2005年度に学区は撤廃)。独自入試や翠嵐オリジナル新時程を導入するなど、先進的な試みも取り入れられ、独自入試1期生(2007年度卒業生)・2期生(2008年度卒業生)の進路実績において成果を出している。校則は比較的緩く、生徒の自律と個性の伸張を促す。

校舎は、横浜駅より徒歩20分。横浜港を見下ろす丘の上に建つ。近くには、Jリーグに加盟する横浜F・マリノス横浜FCがホームスタジアムとする三ツ沢公園球技場がある(ちなみに、創立当初、初代校長・滝沢又市の方針により野球部を作らず、サッカー部の育成に力を入れた。現在は野球部もある)。

校名は、現在も使用されている旧制中学時代からの校歌の冒頭「美なりや翠嵐」からとられた。「翠嵐」とは、山は緑で吹く風は香しく麗しいという意味の漢語的表現。樹木が青々と茂っている様子をいう。同窓会は翠嵐会(すいらんかい)。

[編集] 沿革

  • 1913年3月17日 - 神奈川県立第二横浜中学校が設立認可される。
  • 1914年5月11日 - 神奈川県立第二横浜中学として開校(旧制県立中学としては5番目の開校)。この日を創立記念日とする。
  • 1916年5月7日 - 校舎建築落成式を挙行。
  • 1923年4月1日 - 神奈川県立横浜第二中学校と改称。
  • 1930年9月21日 - 開校10周年記念として、図書館とプールが落成。
  • 1934年5月11日 - 開校20周年記念祭を挙行。
  • 1945年8月16日 - 終戦と同時に、生徒昇降口、グラウンド、プール、講堂がGHQに接収される。
  • 1948年4月1日 - 神奈川県立横浜第二高等学校と改称。
  • 1950年4月1日 - 神奈川県立横浜翠嵐高等学校と改称。男女共学となる。小学区制(1学区に1校)が施行される。
  • 1951年 - 2学期制を導入。
  • 1954年 - 神奈川県立横浜平沼高等学校との間で、「平沼・翠嵐体育対抗戦」(通称「翠平戦」)が始まる。
  • 1954年5月11日 - 開校40周年記念式を挙行。
  • 1955年12月27日 - GHQによる接収が解除される。
  • 1956年3月29日 - 体育館兼講堂が落成。
  • 1958年10月1日 - グラウンドの整地が完了。
  • 1961年12月18日 - 第1棟コンクリート造3階建て校舎が落成。
  • 1963年 - 横浜市内に中学区制が施行される。横浜北部学区に属する。同学区には、本校のほか、鶴見川和市立東の各校が属する。
  • 1964年4月1日 - 定時制普通科を設置。
  • 1964年5月11日 - 開校50周年記念式を挙行。
  • 1967年10月31日 - 第2棟(HR教室)コンクリート造4階建て校舎が落成。
  • 1968年3月30日 - 柔剣道場が落成。
  • 1968年12月3日 - 第3棟(特別教室)コンクリート造3階建て校舎、給食室が落成。
  • 1972年3月28日 - 部室(クラブハウス)が完成。
  • 1980年 - 最後の「翠平戦」。途中二度の中断をはさむ25戦で、翠嵐の13勝12敗だった。
  • 1981年 - 新たな中学区制を実施する。本校は横浜東部学区に属する。
  • 1984年6月5日 - 開校70周年記念式を挙行。
  • 1989年10月31日 - アメリカ合衆国メリーランド州のエレノア・ルーズベルト高校と姉妹校協定書調印。
  • 1993年3月26日 - プールが落成。
  • 1994年10月29日 - 開校80周年記念式を挙行。
  • 2004年11月26日 - 開校90周年記念式を挙行。
  • 2005年 - 学区制を廃止。
  • 2007年 - 県教育委員会から「学力向上進学重点校」10校のうちの1校に選ばれる。

[編集] 教育

[編集] 大平凡主義

校訓・校是は大平凡主義。初代校長・滝沢又市が、当時の修身の授業で「平凡主義で世の中を渡るよう」教えたことによる。その意味するところは、

  1. 中道を重んじ極端突出した行動をしない
  2. 当たり前のことを当たり前にできることを目指す

など、一定しない。

[編集] 自由と個性を尊重

翠嵐は、自由と個性の尊重を教育方針としており、校風もこれに倣う。この校風と上に示された校訓・校是は、一見矛盾するが、いずれも確かに翠嵐および翠嵐生に当てはまる。

[編集] 特色

  • アメリカ・メリーランド州のエレノア・ルーズベルト高校(en:Eleanor Roosevelt High School)と柿妹校協定を結んでおり、例年6月にはエレノア・ルーズベルト高校の生徒が翠嵐高校を訪問する。また、例年3月には、翠嵐の生徒がエレノア・ルーズベルト高校を訪問する。
  • 近所にある神奈川朝鮮中高級学校との交流会が行われる。
  • 行事が盛んで、9月の終わりの体育祭も3年主体で行われる。
  • 定時制は自校方式3修制を行い校内の授業で3年でも卒業できるシステムを取り入れている。

[編集] 行事

  • 陸上競技大会:例年5月頃に、三ツ沢競技場で行われた。平成21年度からは廃止。
  • 球技大会:前期と後期の2回行われる。前期は各学年ごとに、後期は学年の枠を取り払って行われる。
  • 翠翔祭(文化祭):6月に行われる。クラスや部活動、同好会、気の合う仲間単位で様々な催しが繰り広げられる。入学、進級してからすぐに企画せねばならない。
  • 芸術祭:秋に行われる。自由参加に近く、参加者数が少ないと正式行事にならない。
  • 体育祭:例年9月末頃に行われる、横浜翠嵐高校最大の行事。クラス・学年にかかわらず、誕生日ごとに縦割りで緑組(春生まれ)・赤組(夏生まれ)・黄色組(秋生まれ)・白組(冬生まれ)に分かれ、様々な競技で得点を争う。4年連続最下位ならば、色替えが強制される。最も盛り上がりを見せるのは、1年男子が仮装(女装)して踊る「可愛子ちゃん(通称:カワイコ)」である。現在は各色からさらに5人選抜されて「カッコイイ」と呼ばれるものがある。彼らは女装することはなく「可愛子ちゃん」の曲で踊った後、かっこいいダンスのメインとして登場する。これらのメインダンサーに選ばれた1年生が、翌年以降の体育祭でリーダー的役割を担うことが多い。また、各組が製作する「パネル」は、教室ほどの大きさの板に割り箸を使って点描される。完成度は毎年高くなっている。「可愛子ちゃん」は1・2年生が主体となり、「パネル」は3年生が主体となる。「パネル」を立てるためには校庭に「穴掘り隊」、「プロジェクト」などが編成される。更に、ここ数年では「カッコイイ」のメインだった3年生の中から7人程度が有志団体「花鳥風月」として毎年、後夜祭のトリを飾っている。「野外劇場(通称:野劇)」と呼ばれる演劇も体育祭三大種目の一つであるが、一部の部活を中心に編成される。いずれも祭の2ヶ月以上前から、放課後を使って練習・製作される。
  • 1954年から1980年までは、神奈川県立横浜平沼高等学校との体育対校戦、翠平戦(すいへいせん)が行われた。25戦13勝12敗と翠嵐の勝ち越しのまま、20年以上も開催されていないが、各部活独自に翠平戦を開催しているところもある。
  • 近年はこれらの行事は縮小傾向にある。これは学業優先とする現校長の方針である。

[編集] 著名な出身者

五十音順


[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年12月4日 (金) 15:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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