神戸フットボールクラブ
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| 神戸フットボールクラブ | |
|---|---|
| 原語表記 | 神戸フットボールクラブ |
| 愛称 | 神戸FC |
| クラブカラー | 白/赤 |
| 創設年 | 1970年 |
| 所属リーグ | 関西社会人など |
| ホームタウン | 神戸市 |
| 代表者 | 米田准三 |
| 監督 | 松永正利ほか |
| 公式サイト | 公式サイト |
社団法人神戸フットボールクラブ(KFC)(こうベふっとぼーるくらぶ)は兵庫県神戸市を本拠とするアマチュアサッカークラブ。サッカー関連団体としては日本で初めて(JFAより4年早い)法人格を取得した本格的市民サッカークラブである。
関西リーグ2部に所属するシニアAチーム(神戸FC1970)を頂点に、数多くのカテゴリーにチームを保有している。年齢別のクラブ運営を実施した日本最初のクラブでもあり、4歳の幼稚園児から80歳代までがそれぞれの年代でチームを編成し 老若男女の誰もがサッカーを楽しめる組織となっている。
神戸を拠点とするプロサッカークラブの設立にも深く関与しており、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)のヴィッセル神戸はトップチームが川崎製鉄サッカー部(岡山県倉敷市から移転)、ユースおよびジュニアユースは神戸FCの選手・スタッフにより設立された。そのため両チームは現在も提携協力関係にある。また日本女子サッカーリーグ(JLSL:現・なでしこリーグ)のTASAKIペルーレFCは神戸FCレディースのJLSLチームに田崎真珠がスポンサーとなったのち経営移管されたもので、現在の女子部はペルーレの下部組織として選手育成にあたっている。
[編集] 沿革
- 1963年 神戸一中ア式蹴球部OBの加藤正信を中心として、岩谷俊夫、賀川浩、大谷四郎ら同窓生の協力により、サッカー王国神戸の復活を期して兵庫サッカー友の会設立。
- 1965年 神戸少年サッカースクール設立。
- 1966年 六甲キッカーズ(シニアチーム)結成。
- 1970年 上記を再編し、社団法人神戸フットボールクラブが発足。初代会長は玉井操。
- 1971年 六甲キッカーズを神戸FC1970に改名。
- 1972年 KOBE OLD BOY'S ELEVEN(ベテランズ)が誕生。
- 1976年 女子部(レディース)誕生。
- 1981年 女子部・第2回全日本女子サッカー選手権大会に出場。以後、第10回全日本女子サッカー選手権大会(1989年)まで9大会連続出場。
- 1986年 女子部・第7回全日本女子サッカー選手権大会で3位。
- 1987年 女子部・第8回全日本女子サッカー選手権大会で4位。
- 1988年 女子部・第9回全日本女子サッカー選手権大会で3位。
- 1989年 女子部が日本女子サッカーリーグ(JLSL:現・なでしこリーグ)に参入。田崎真珠とスポンサー契約し「田崎真珠神戸レディース」(現・TASAKIペルーレFC)となる。
- 1991年 女子部を再編。JLSLチームが田崎真珠へ運営を移管し、レディースは下部組織として独自の活動を始める。
- 1995年 ヴィッセル神戸誕生により、ユース・ジュニアユースがヴィッセルに移籍。ボーイズは認定下部組織に。
- 1998年 シニアAチームが関西リーグに昇格。
- 2003年 全国社会人サッカー選手権大会初出場
- 2004年 全国社会人サッカー選手権大会ベスト8
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月5日 (木) 00:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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