神戸新聞社

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神戸新聞本社ビル

株式会社神戸新聞社(こうべしんぶんしゃ)とは兵庫県神戸市中央区に所在する新聞社である。

目次

[編集] 概要

神戸新聞(朝刊・夕刊)を発行している。発行部数は朝刊約56万部、夕刊約25万部(2006年[1])。神戸新聞は1898年2月11日に創刊、翌12日から14日まで3日間休刊したが[1]、以来無休刊の伝統を保っている。1つの都道府県を広域的にカバーする新聞の中で、都道府県名ではなく県庁所在地を題名にするのは、(都道府県と県庁所在地の地名が同じものを除けば)名古屋タイムズ2008年廃刊)の例もある。

京都新聞とは災害時の新聞発行協定を結んでいる。概ね購読率が高いが、阪神地域では比較的低い。

1889年7月 - 1891年12月にも「神戸新聞」が存在していたが、立憲改進党系の政論新聞で現在の神戸新聞・神戸新聞社とは一切関係が無い。

毎月1日付朝刊の1面題字下に「神戸新聞社是」(「私たちは、新聞人として、地域社会の発展と福祉の向上につくす。」)を掲載する。論調は左派革新系。

また、子会社「デイリースポーツ社」がデイリースポーツも発行している。しかし、2010年3月を目途に神戸新聞社へ吸収合併する予定である。

[編集] 歴史

[編集] 三都合同新聞

1931年から1935年にかけて存在した新聞トラスト。神戸新聞社が京都日日新聞、大阪時事新報を相次いで買収して合併。神戸新聞社を三都合同新聞社に改組して本店を大阪市に、支店を京都市、神戸市に設置し、それぞれに編集発行拠点を置いて三紙の題号をそのまま継承して発行した。

京都日日新聞は京都府の地方紙として京都日出新聞に次ぐ存在であり、これに大阪の大阪朝日新聞大阪毎日新聞名古屋市新愛知などが加わり熾烈な部数競争を行っていた。また大阪時事新報は、大阪府下では大阪朝日新聞大阪毎日新聞に次ぐ存在でありながら両者に大きく水をあけられ、後発の夕刊大阪新聞にも追い上げられていた。

神戸新聞社はこれら二紙を買収して部数の立て直しを図ったが、なかなか統合効果が現れなかった。特に大阪時事新報の経営が思わしくなかったため、三紙の協調が崩れた。まず、京都日日新聞を分離し、次いで大阪時事新報を分離。商号を神戸新聞社に、本店を神戸市にそれぞれ戻し、神戸新聞の編集発行のみに戻った。

[編集] 阪神・淡路大震災当時

1995年1月17日、阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)が発生。当時、神戸新聞本社があった新聞会館も被災し、ビルの全壊[2]という被害が発生した。この当時、神戸新聞・デイリースポーツの新聞印刷機能については神戸市西区西神ニュータウンに建設された「神戸新聞製作センター」に移動していたが、編集部門、制作部門など新聞発行の心臓部ともいえる機能が被害の犠牲となる。この為新聞の発行が難しくなるのではないかという不安が募った。

しかし1994年京都新聞との「緊急事態発生時における新聞発行援助協定」を結んでいたことから、この日に発行の夕刊から通常よりも頁数が大幅に削減[3]されたものの無休で新聞の発行を続けて震災発生当時の神戸の惨状を的確に伝えた[4]

その当時、神戸新聞社はラジオ関西と合同で神戸ハーバーランドに自社新社屋ビル「神戸情報文化ビル・エコールマリン」が建設中で、1996年8月に完成するまで同ビルに近い「ダイヤニッセイビル」の空きフロアを暫定の社屋とし(ただし、登記上での本社所在地は同期間中、西区室谷の製作センターに移していた)、他にも、神戸市の都心部に第二本社を設置して、速いペースでほぼ通常と同じ30頁前後の紙面発行まで復旧することができた[5]

また、デイリースポーツも日本経済新聞や販売提携先の地方新聞社との連携で無休発行をするが、カラー印刷が出来なかったり、頁数の削減などで通常の発行に復旧するまでに2箇月以上を要した。

それから12年が経過した2007年9月22日に今度は神戸新聞の情報技術局の編集システム(神戸新聞社とNECが共同開発)がトラブルを起こしたため、同日発行の夕刊と23日付の朝刊も同様にページ数を減らし京都新聞の協力を経て新聞を通常通り発行した。神戸新聞はウェブで「一部の連載記事・特集(経済面、教育面など)を休載し、また地域版も通常の各ブロックごとの紙面編成ではなく統合面としました。また一部の記事は京都新聞の記事を転用したものがあります。また22日夕刊の配達が大幅に遅れたことで読者にご迷惑をかけたことをお詫びし、システムの復旧に全力を尽くしていきます」という謝罪を掲載した。ちなみに、翌23日は同新聞の名を冠した競馬の神戸新聞杯が予定通り行われた。

[編集] 不祥事等

  • 2006年11月26日、パチンコ店において携帯電話のカメラ機能で女性店員のスカート内部を撮影したとして、神戸新聞社編集局の写真部記者が兵庫県迷惑防止条例違反で現行犯逮捕された。なお、容疑者は容疑を否認している[6]

[編集] 社史・記念誌(子会社のデイリースポーツ社が発行したものもいれて)

  • 回顧五十年 神戸新聞ものがたり(神戸新聞社・編) 1948年発行、83ページ。
  • 神戸新聞五十五年史(社史編纂委員会・編集) 1953年7月発行、424ページ。
  • 神戸新聞社七十年史(神戸新聞社史編纂委員会・編纂) 1968年発行、554ページ。
  • 神戸新聞社史(神戸新聞社史編纂委員会・編)1978年2月発行、208ページ。
  • デイリースポーツ三十年史(社史編纂委員会 編) 1978年2月発行、191ページ。
  • 神戸新聞社九十年史(編纂・神戸新聞社史編纂委員会) 1988年2月11日発行、310ページ(後半101ページはデイリースポーツ四十年史)。
  • デイリースポーツ50年史(デイリースポーツ社史編修委員会・編纂) 1998年3月発行、261ページ。
  • 神戸新聞百年史(神戸新聞創刊百周年記念委員会社史編修部会・編修) 1998年11月発行、745ページ。
  • 神戸新聞百年史 資料編(神戸新聞創刊百周年記念委員会社史編修部会・編修) 1998年11月発行、207ページ。
  • 神戸新聞百十年史(神戸新聞百十年史、デイリースポーツ六十年史編纂委員会) 2008年2月発行、377ページ(後半139ページはデイリースポーツ六十年史)。

[編集] 本社、支社及び総局

[編集] 本社

神戸市中央区東川崎町1丁目5-7

[編集] 支社

東京大阪加古川姫路

[編集] 総局

西宮三田明石加東洲本豊岡丹波市、その他。

[編集] 支局

相生赤穂伊丹佐用高砂浜坂三木小野加西香住神崎篠山宍粟宝塚たつの津名西脇南あわじ養父朝来北神西神尼崎、西播磨中央(たつの市)、出石通信部(08年閉鎖)

[編集] 連結子会社

[編集] 紙面構成

駅売店に陳列される神戸新聞を含む販売用新聞各紙

1面、政治、総合、オピニオン、国際、経済、地方経済、商況、番組(BS・ラジオ面)、文化、スポーツ、くらし、地方ニュース、社会(3ページ、日曜日および休日の翌日は2ページ)、番組(テレビ欄)

1面コラムは「正平調」。社説は2本載せている。

天気予報は1面に県内6地区(神戸、姫路、西脇、柏原、豊岡、洲本)と大阪、京都が6時から24時まで3時間おきに6個のマークで表記。全国(札幌、仙台、東京、名古屋、広島、高松、福岡、鹿児島、那覇)はその日の予報を1つのマークで表記。前日の天気図を掲載。解説は日本気象協会関西支部が書いている。3面には「列島お天気ウィークリー」という週間予報と前日のひまわりの衛星写真、あすの潮、(前日の全国)気温が掲載されている。

朝刊の4コマ漫画は2007年6月30日まで京都新聞南日本新聞等全国各地の地方紙に連載されている『あんずちゃん』(田中しょう作)が連日掲載されていたが、同年7月1日から中日新聞西日本新聞ブロック紙3社連合の朝刊に『ほのぼの君』(佃公彦作。神戸新聞では非掲載)の後を受けて連載が開始される『ちびまる子ちゃん』(さくらももこ作)が神戸新聞でも連載されている(ブロック紙3社連合以外の新聞では神戸新聞の他に河北新報中国新聞徳島新聞の各朝刊、8月1日からは新潟日報の朝刊にそれぞれ連載)。なお、夕刊の4コマ漫画は2009年4月1日付からかまちよしろうの『ゴンちゃん』の連載が開始される(静岡新聞山梨日日新聞大阪日日新聞日本海新聞他朝刊、中国新聞夕刊にも連載)。

[編集] 新聞の発行体形

[編集] 地方面

地方ニュース5ページ- 青空主義(兵庫おでかけ情報)[火曜:遊ing 水曜:アウトドア 木曜:食べ歩き 金曜:まち探検 土曜:カルチャー]、ひょうご面(1ページ)、地方面、近隣地方面、地方ワイド面(こうべワイド、はりまワイド) 《内は隣接地方面 - ワイド面》

  • 但馬
  • 丹波
  • 西播
  • 北播《三木神戸 - はりまプラス》
  • 東播《明石 - はりまプラス》
  • 姫路
  • 淡路
  • 明石
  • 三木→三木神戸《北播 - こうべワイド》
  • 三田
  • 阪神
  • 神戸→神戸市内
  • 神戸東部(2009年4月以降は神戸市内版に統合)

[編集] 番組表の収録局

[編集] メインテレビ面(最終面)

2006年4月より紙面刷新。テレビ欄が1段分拡大され文字も大きくなり、お勧めの番組にはテレビ欄の番組枠の背景をカラーで表示するようになった。また、縦の時間表示も朝6時から午前10時までが緑の白抜き、午前11時から午後5時までがオレンジの白抜き、午後6時から深夜、明朝までが濃い青の白抜きで表示される。テレビ欄の番組開始時間の時表記と分表記で異なった字体を使用している。2009年4月からテレビ欄の番組名を丸ゴシック体で表記(デイリースポーツも)しそれ以外の情報は従来の明朝体表記になり、テレビ欄の番組開始時間表記はイタリック体に変更した。また背景カラーはドラマが赤、映画が黄、スポーツが青、サンテレビみものが黄緑になった。

[編集] 第二テレビ・ラジオ面

2006年4月の紙面刷新でこれまでエリアごとに隣県放送局が異なっていたのを全エリアで統合した。また、放送局表記のカットも黒に白抜き表示に変更した。

[編集] 脚注

  1. ^ 『神戸新聞百年史・資料編』83頁
  2. ^ 倒壊は免れたが、専門家の診断で全壊と判定された。
  3. ^ 17日付夕刊は4ページ、翌18日付朝刊は8ページだった。
  4. ^ 京都新聞へ電話での読み上げやワープロ通信で記事を送り、京都新聞の紙面制作システムで神戸新聞の紙面を組み上げて神戸の製作センターで印刷した。頁数の削減に加え、被災当初は京都から神戸まで印刷用フィルムをバイクや自動車で運搬したことから原稿締め切り時間の大幅繰上げや配達の遅れが生じるなど、他紙に比べ大きなハンデを背負った中での報道であった。
  5. ^ 西区の製作センターに急遽、紙面制作システム一式を再構築し1月27日から稼動させた。本来受注生産の特殊なシステムであり、わずか10日での再構築は奇跡とされる。
  6. ^ "神戸新聞カメラマンを盗撮容疑で逮捕". J-CASTニュース. 2006年11月27日 閲覧。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月28日 (水) 14:59 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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