神田明神

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神田神社

神田明神 御社殿
所在地 東京都千代田区外神田2丁目16番2号
位置 北緯35度42分07秒
東経139度46分04秒
主祭神 大己貴命
少彦名命
平将門神
社格 准勅祭社
府社
別表神社
創建 天平2年(730年
別名 神田明神
例祭 5月15日ごろ(神田祭)
  
神田明神 隨神門

神田明神(かんだみょうじん)は、東京都千代田区外神田二丁目にある神社。正式名称「神田神社」。神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など108か町会の総氏神。旧社格は府社1870年まで准勅祭社)。現在は神社本庁別表神社となっている。また旧准勅祭社の東京十社の一社である。

目次

[編集] 歴史

社伝によれば、天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったのに始まる。神田はもと伊勢神宮御田(おみた=神田)があった土地で、神田の鎮めのために創建され、神田ノ宮と称した。

承平5年(935年)に敗死した平将門の首が京から持ち去られて当社の近くに葬られ、将門の首塚は東国の平氏武将の崇敬を受けた。嘉元年間(1303年 - 1306年)に疫病が流行し、これが将門の祟りであるとして供養が行われ、延慶2年(1309年)に当社の相殿神とされた。平将門神に祈願すると勝負に勝つといわれる。

江戸時代江戸城増築に伴い現在地に遷座した。江戸城の鬼門除け、江戸総鎮守として尊崇され、神田祭の山車(当時は山車が中心だったが、明治に入ると電線の普及等により山車の数は大幅に減少した)は将軍上覧のために江戸城中に入ったので、一名「天下祭」とも言われ、江戸三大祭りの一つと言われる。現在「神田囃子」は無形文化財に指定されている。江戸初期に豪華な桃山風社殿が造営されたが、1923年関東大震災で焼失した。その後再建され、1945年東京大空襲では本殿・拝殿などは焼失を免れた。

明治元年、准勅祭社に指定されたが、明治7年、明治天皇が行幸するにあたって、天皇が参拝する神社に逆臣である平将門が祀られているのはあるまじきこととされて、平将門は祭神から外され、代わりに少彦名命大洗磯前神社から勧請された。平将門神霊は境内摂社に遷されたが、戦後昭和59年(1984年)になって本社祭神に復帰した。

また、野村胡堂の代表作「銭形平次捕物控」の主人公・銭形平次が当神田明神下の長屋に住居を構えていたという設定から、敷地内に「銭形平次の碑」がある。銭形平次は架空の人物である。

[編集] 祭神

祭神は3柱

[編集] 伝説

この神田明神を崇敬する者は成田山新勝寺を参拝してはいけない事と云われている。これは当時の朝廷から見て東国(関東)において叛乱を起した平将門を討伐するため、僧寛朝を神護寺護摩堂の空海作といわれる不動明王像と供に現在の成田山新勝寺へ使わせ平将門の乱鎮圧のため動護摩の儀式を行わせた。即ち、成田山新勝寺を参拝することは平将門を苦しめる事となるので、神田明神崇敬者は成田山の参詣をしてはならないとされている。

なお、同じく平将門を祭神とする築土神社にも同様の言い伝えがあり、成田山へ参詣するならば、道中に必ず災いが起こるとされた。平将門に対する信仰心は、祟りや厄災を鎮めることと密接に関わっていたのである。

[編集] 摂末社

  • 祖霊社(祭神 : 神田明神の氏子・崇敬者の先祖) - 平成16年(2004年)創建。
  • 籠祖神社(祭神 : 猿田彦大神塩土翁神天孫瓊瓊杵尊) - 寛政7年(1795年)、籠職人らによって創建。猿田彦大神は天孫降臨の際に天孫瓊瓊杵尊を先導したことから導きの神として、塩土翁神は、日本神話に竹籠の舟を作って山幸彦に与えたという記述があることから「籠職人の始祖」として祀られている。
  • 末廣稲荷神社(祭神 : 宇迦之御魂神) - 創建年代は不詳であるが、元和2年ごろとされている。「出世稲荷」として信仰される。
  • 三宿神社(祭神 : 宇迦之御魂神) - 創建年代は不詳であるが、江戸時代より神田三河町の氏神として奉斎され、後に神田明神神主の邸内に祀られていた稲荷社と合祀され、神田明神の末社となった。
  • 金刀比羅神社(祭神 : 大物主神金山彦命天御中主命) - 天明3年(1783年)、豊嶋郡薬研堀(現在の東日本橋2丁目)に創建され、隅田川の船人の守護神として信仰された。元は独立の神社であったが、昭和41年、宗教法人を解散して現在地に遷座、神田明神の末社となった。
  • 浦安稲荷神社(祭神 : 宇迦之御魂神) - 元は豊嶋郡千代田村にあったが、天保14年(1843年)の江戸城拡張に伴い神田明神内に遷座した。
  • 三天王(いずれも祭神は建速須佐之男命
    • 江戸神社 - 大宝2年(702年)に豊嶋郡江戸に創建された「江戸最古の地主神」である。鎌倉時代には江戸氏の氏神として崇敬された。太田道灌の江戸城築城後は城内にて祀られていたが、慶長8年(1603年)の江戸城の拡張の際に神田神社境内に遷座した。
    • 大伝馬町八雲神社 - 江戸時代よりも前に創建されたと伝えられる。祭礼の際に大伝馬町の御仮屋へ御輿を渡御していたことからこの社名がある。
    • 小舟町八雲神社 - 元は江戸城内にあった。祭礼の際に小舟町の御仮屋へ御輿を渡御していたことからこの社名がある。
  • 日本橋魚河岸水神社(祭神 : 弥都波能売命) - 日本橋魚河岸の守護神として創建され、元和年間に神田明神境内に遷座した。

[編集] 神田明神外観・境内の様子

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

[編集] 参考文献

  • 巫女さん入門 出版社: 朝日新聞出版 (2008/7/18) ISBN 4022504579 『巫女さん入門講座 初級編』の書籍。

最終更新 2009年11月21日 (土) 11:18 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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