神社本庁

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神社本庁(東京都渋谷区代々木)
神社本庁(東京都渋谷区代々木)

神社本庁(じんじゃほんちょう)は、神宮(伊勢神宮)を本宗と仰ぎ、日本全国約8万社の神社を包括する宗教法人

目次

[編集] 概要

神社本庁の宗教法人としての規則である「神社本庁庁規」で定める神社本庁の目的は、「神宮を本宗として、神社神道を宣布し、祭祀を執行し、斯の道を信奉する者を教化育成し、神宮の奉賛及び大麻の頒布をし、神職を養成し、図書を発行頒布し、その他神社の興隆を図るため、並びに神宮及び神社(宗教法人たる神社庁を含む)を包括するため、必要な業務を行うこと(第3条)」である。

包括下の神社の管理・指導を中心に、伝統を重んじ、祭祀の振興や道義の作輿をはかり、日本の繁栄を祈念して、世界平和人類福祉に寄与することとしている。このための具体的な活動としては、神社神道の宣揚・神社祭祀の厳粛なる執行・氏子崇敬者の教化育成・本宗である伊勢神宮の奉賛と神宮大麻の頒布・神職の養成・冊子の発行頒布を通じた広報活動などがある。皇室の男系継承の尊重、首相靖国神社公式参拝の推進といった、伝統的保守主義系の団体としての活動も行っている。

後述のように有力神社の中には、神社本庁と被包括関係に属していない神社もあるが、直接の関係はないながらも、神社神道外の組織として両者の関係は密接であるという説を唱えるものもいる[要出典]

なお、神社本庁の久邇邦昭統理は戦後皇籍離脱した久邇宮朝融王の長男である。

[編集] 設立の経緯

日本はポツダム宣言の受諾を1945年昭和20年8月10日に申し出て降伏した。連合国の占領下におかれた連合国軍最高司令官総司令部は同年12月15日、国家と神道勢力が結合する戦前の天皇制はアメリカが目指す自由理念、民主理念に反するものであるとして神道指令を発し、神社を国家から分離することを命じた[1]

そのため、皇典講究所、大日本神祇会、神宮奉斎会の3団体が中心となり[1]、全国の神社の総意にもとづいて内務省の外局である神祇院の業務を引き継ぐ形で神社本庁が設立された。したがって、戦前に国家機関であった神祇院の後継的な性格を有するが、現在では宗教法人法にもとづく包括宗教法人の一つとして位置付けられる。

[編集] 教義

神道とは日本民族の古来の習俗に由来する、自然崇拝祖先崇拝を基調とした信仰を総称した言葉であり、神社神道には、キリスト教聖書イスラム教コーランのような教典は存在しない(教派神道は除く)。出雲派教義を明治期遠ざけたため、そのしこりは今も存在している。

1956年昭和31年)、神社本庁は、古来の伝統に立脚し、実践すべき規範として以下の「敬神生活の綱領」を発表した[2]。なお、宗教法人としての「規則」は「神社本庁庁規」と呼ばれる。

神道は天地悠久の大道であつて、崇高なる精神を培ひ、太平を開くの基である。

神慮を畏み祖訓をつぎ、いよいよ道の精華を発揮し、人類福祉を増進するは、使命を達成する所以である。

ここに綱領をかかげて向かふところを明らかにし、実践につとめて以て大道を宣揚することを期する。

一、の恵みと祖先の恩とに感謝し、明き清きまことを以て祭祀にいそしむこと
一、世のため人のために奉仕し、のみこともちとして世をつくり固め成すこと
一、大御心をいただきてむつび和らぎ、の隆盛と世界の共存共栄とを祈ること

また、「大祓詞」が包括下の神社では毎日唱えられている。 このほか、翌1957年(昭和32年)8月21日には、神社本庁は生長の家修養団などと合同で紀元節復活運動のための統一団体「紀元節奉祝会」を結成した。1967年(昭和42年)には「建国記念の日」の名称で紀元節を復活させるなど政治的な理念も有して活動している。靖国神社崇敬奉賛会の法人会員でもある。

[編集] 組織

[編集] 教団組織

  • 事務所は東京都渋谷区代々木一丁目1番2号(明治神宮の隣)。
  • 「神社本庁憲章」に基づき、名誉を象徴し、表彰を行うとする総裁は、神宮祭主池田厚子昭和天皇の第4皇女)
  • 「神社本庁憲章」に基づき、神社本庁を総理し、代表するとする「統理」は、元神宮大宮司久邇邦昭
  • 宗教法人神社本庁の規則である「神社本庁庁規」に基づく宗教法人としての代表役員は総長で、現在は三嶋大社宮司静岡県神社庁長・矢田部正巳
  • 地方機関として各都道府県に1つずつ神社庁を置き、各神社庁の配下に支部を置く。一部の神社庁は宗教法人となっており、その場合は神社本庁の被包括法人である。ここでは、人事財政などの諸事務のほか、地域活動の推進を図る活動を行っている。
  • 全国の約8万社の神社が、神社本庁によって管轄されている。
  • 神社本庁と被包括関係に属する神社であっても、別に教団としての宗教法人を設立している場合がある。


また、以上の教団組織のほか、関係団体、指定団体がある。

[編集] 関係団体

[編集] 指定団体

  • 全国敬神婦人連合会
  • 神道青年全国協議会
  • 全国神社保育団体連合会
  • 全国教育関係神職協議会
  • 全国神社スカウト協議会
  • 全国氏子青年協議会

[編集] 神社本庁との被包括関係に属さない神社

  • 有名な神社であっても、神社本庁との被包括関係を有せず、単立宗教法人として運営されている場合がある。
  • 神社本庁以外にも神社神道系の包括宗教法人がいくつかあり(神社本教、北海道神社協会、神社産土教、日本神宮本庁など)、これに属する神社は神社本庁の被包括関係には属さない。
  • 明治神宮別表神社であったが、2004年(平成16年)に神社本庁と被包括関係から離脱。

[編集] 神社本庁の公式見解

[編集] 皇室典範の改正

2005年3月17日、神社本庁は、「皇室典範に関する有識者会議」が皇位継承のあり方について検討していることを受け、「皇室典範改正に関する神社本庁の基本的な姿勢」としてまとめ、各都道府県の神社庁に送付した。

この文書では「歴史的に、皇位は男系によって継承された」と指摘されている。政府や有識者会議に対しては「男系による継承の歴史的な意義と重みを明確にした上で、将来にわたって安定的に皇統を護持するための具体的な論議がなされるべきだ」とし、男系による皇位継承の重要性を尊重する立場を明確にした。また、天皇皇族憲法基本的人権の「例外」とされることからも、男女平等の観点で女系天皇を論じるのは不適切であると主張した。さらには皇位継承のあり方に関して「海外の例を安易に取り入れることは、国柄の変更をもたらす恐れがある」ともしている。

[編集] 首相の靖国神社公式参拝

2005年6月9日、神社本庁は内閣総理大臣による参拝等で賛否両論の議論を巻き起こしている靖国神社の諸問題に関して、神社本庁としての基本見解を発表した[3]

その中で、神社本庁としては、いわゆるA級戦犯も含め、戦争裁判犠牲者を日本政府の一連の措置にもとづき昭和殉難者として合祀、慰霊してきた靖国神社を支持するとともに、多くの人が祭神の「分祀」の意味を誤解して神社祭祀の本義から外れた議論がなされていることを憂慮していると表明。見解の要旨は、靖国神社は日本における戦没者追悼の中心的施設である・祭神の分離という意味の「分祀」は神社祭祀の本義からありえない・首相は靖国神社参拝を継続するべきである・いわゆるA級戦犯は国会の決議とそれにかかる政府の対応にもとづき合祀されたというものである。

[編集] 脚注

  1. ^ 『神道』 136頁。
  2. ^ 『神道』 138頁。
  3. ^ 靖国神社をめぐる諸問題に関する神社本庁の基本見解

[編集] 関連項目

[編集] 参考文献

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

最終更新 2009年10月22日 (木) 15:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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