神足裕司

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神足 裕司[1](こうたり ゆうじ、1957年8月10日 - )は広島県広島市出身のコラムニストである[2]。所属事務所は有限会社神足組。主婦の友社で働いていた妻との間に1男1女あり。年末恒例の流行語大賞の審査委員も務める。禿頭で黒縁のメガネと蝶ネクタイがトレードマークで愛称は「コータリ(コータリン)」。

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[編集] 来歴・人物

修道中学校修道高等学校在学中は水球部に所属し(部の後輩にミュージシャンの吉川晃司がいる)、インターハイ国体に出場。慶應義塾大学法学部を卒業。在学中に「ノーパン喫茶研究会」を運営していた。また、下森真澄らとミニコミ「猫の森」を編集。

大学在学中からフリーライターとして活躍。雑誌の企画で「コピーライターにおけるマル金とマルビ」を執筆し反響を得た。その後、同郷のイラストレーター、漫画家の渡辺和博と共に『金魂巻(キンコンカン)』(主婦の友社・刊、現在・ちくま文庫)を上梓[3]。ここで使われた「マル金・マルビ」は流行語となり、1984年の第1回流行語大賞を受賞した(これが縁で流行語大賞の審査委員になったと思われる)[4]

週刊朝日誌上で連載された 西原理恵子との共著『恨ミシュラン』(グルメ書)は、単行本・文庫本化されベストセラーとなった。

「コータリ(コータリン)」という愛称は、恨ミシュランの連載時に北海道へ取材に行ったとき、担当者が飛行機の切符を取るときに名前の記入欄に「コータリン」と書いたのが始まりで、後に西原理恵子が面白がって各所で書きまくったのがルーツである。[5]

放送コメンテーターとしても活躍。また、デザイン事務所・禅の宴会芸をきっかけに裕司の風貌・所作に興味をひかれた塚本晋也監督のすすめで、2002年には『六月の蛇』で主演を演じ、ベネチア映画祭で審査員特別大賞を受賞した。他テレビCMなどにも出演。

事件記者の道を歩む転機になったのは、1995年に、阪神大震災地下鉄サリン事件など、日本中を揺るがすほどの大事件を目の当たりにしたときに、サブカルチャーの仕事ばかりをやっている場合じゃないと思い立ったから。翌年の1996年から事件取材を開始し、3年ほど経ってからようやく一人前と認められるようになったそうである。[6]

現在、レギュラー出演中の『情報ライブ ミヤネ屋』では、同じ曜日のパネラーである秋野暢子と同年齢(但し、秋野が1月生まれの為、学年では秋野が1学年上)である事を突っ込まれる事が度々ある。

ヘビースモーカー。2009年6月時点で1日にハイライトを100本吸うとラジオ番組で告白している。

料理が得意であり、ラジオ『小島慶子 キラ☆キラ』出演の際、小島慶子に豪華弁当を作っていくことがある。

[編集] 著書

  • 広告・CM雑学読本(1984年
  • クルマで幸福になる本(1991年
  • いちどは行きたい恨ミシュラン(西原理恵子と共著、1993年
  • それでも行きたい恨ミシュラン(同上、1994年
  • やっぱり行きたい恨ミシュラン(同上、1995年
  • ニュースコラム これは事件だ ファイル001(2005年
  • 空気の読み方「できるヤツ」と言わせる「取材力」講座(2008年

[編集] 連載

[編集] 出演番組

[編集] 現在出演のレギュラー番組

[編集] 過去に出演の番組

[編集] 脚注

  1. ^ 「神足」というのは養父の姓で旧姓は「中村」である。
  2. ^ 『日本紳士録 第八十版』において、肩書きは「法博 文筆家 コラムニスト」となっている。ただし、日本の大学が授与した博士号のデータベース(博士論文書誌データベース)には、「神足裕司」の記録は無い。
  3. ^ クレジットは「渡辺和博とタラコプロダクション作品」で裕司、渡辺ほかの共同執筆。
  4. ^ 裕司はラジオ放送で、当初自分は「マル金」「マルビ」ではなく「金」「ビ」と言っていたのを読んだ人が勝手に「マル金」「マルビ」と言い始めて流行語大賞になったとコメントしている。
  5. ^ コータリン・アルファーの最終回での神足自身のトークから
  6. ^ コータリン・アルファーの最終回での神足自身のトークから

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月18日 (水) 04:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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