福岡国際マラソン

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福岡国際マラソン(ふくおかこくさいマラソン)は、福岡県福岡市中央区平和台陸上競技場をスタート及びゴール地点とし、福岡市西南部を周回し、福岡市東区香椎を折り返し地点として42.195 kmを走破する12月最初の日曜日に行なわれる。かつてランナーの間では「非公式の世界選手権大会」とみなされ世界のトップランナーの集うハイレベルのエリートマラソン大会であった。近年は参加資格を緩めて参加者の門戸を広めている(ただし、一般市民参加にはいたっていない)。

歴代優勝者の足型とサイン入りのプレートが博多駅博多口広場に埋め込まれている。

目次

[編集] 大会の概要と変遷

  • 本マラソン大会は、日本で「マラソンの父」と言われた金栗四三の功績をたたえる『金栗賞朝日マラソン』として第1回大会が1947年熊本市で開催されたのが始まりである。2006年の大会はこれを基点として第60回記念大会としている。
  • 第2回以降1954年までは、開催地を高松市静岡市広島市福岡市宇部市名古屋市鎌倉市と毎年変えて続いた。
    • なお鎌倉で行われた第8回大会は日本初の外国選手を招待したマラソンであった。
  • 第9回大会から『朝日国際マラソン』と名称を変え、第11回大会以降開催地が福岡市に定着した。
    • また第11回から平和台陸上競技場~雁ノ巣折り返しのコースが多少の変更を経ながら第38回まで長い間親しまれてきた。
  • 1966年日本陸連世界陸連(IAAF)に対して世界選手権の開催を提案し、実質的に世界一を決める国際マラソン選手権として本大会が充てられることになった。
    • その結果第20回大会から“Open Marathon Championship”として選手権 (Championship) を名乗る唯一の国際レースに生まれ変わった。
  • 1974年の第28回大会より福岡の名前を冠して福岡国際マラソン選手権となり現在に至っている。
  • 雁ノ巣折り返しのコースは海風の影響を受けやすいことから、第39回より海の中道の部分をカットし市の南西部の市街地を周回するコースに変更された。第45回からコースが和白丘折り返しから香椎折り返しになり海沿いの部分がさらに短縮され好記録の出やすいコースに変更されている。
  • 日本人選手にとっては、オリンピック世界選手権アジア競技大会など、大きな国際大会の代表を決定する男子三大レースの第1弾に位置づけられている(ほかの2つは、東京マラソンびわ湖毎日マラソン)。

[編集] 参加資格

日本陸上競技連盟登記登録男子競技者で日本陸上競技連盟公認の大会で下記の標準記録を突破した者。

Aグループ
  1. マラソン2時間27分
  2. 30kmロードレース1時間35分
  3. ハーフマラソン1時間07分
※以上のほか日本陸上競技連盟が特に推薦する者
Bグループ
  1. マラソン2時間45分
  2. 30kmロードレース1時間50分
  3. ハーフマラソン1時間15分

[編集] 現行コース

1991年以降のコース

平和台陸上競技場(Aグループ)/大濠公園(Bグループ)→大手門交差点(左折)→(明治通り)→小戸西交差点(左折)→(県道560号線)→青果市場入口交差点(左折)→(国道202号)→警固交差点(右折)→(県道31号線大正通り)→薬院六ッ角交差点(右折)→(県道31号線・大正通り・高宮通り)→平尾交差点(左折)→(県道555号線百年橋通り) →美野島交差点(左折)→(小柳通り)→博多駅前4丁目交差点(右折)→(住吉通り)→博多駅前3丁目交差点(左折)→博多駅前→(県道43号線大博通り)→築港本町交差点(右折)→(県道602号線那の津通り)→千鳥橋交差点(左折)→(国道3号)→御幸町バス停留所前で折り返し→(国道3号線)→千鳥橋交差点(右折)→(那の津通り)→浜の町公園前交差点(左折)→平和台交差点(右折)→(明治通り)→大手門交差点(左折)→平和台陸上競技場

[編集] 歴代優勝者

開催日 優勝者 国籍 タイム 備考
1 1947年12月7日 和田敏一 日本 2:45:45 熊本市で開催
2 1948年12月5日 山田三郎 日本 2:37:25 高松市で開催
3 1949年12月4日 古賀新三 日本 2:40:26 静岡市で開催
4 1950年12月10日 小柳舜治 日本 2:30:47 広島市で開催
5 1951年12月9日 拝郷弘美 日本 2:30:13 福岡市前原町(当時)折り返しで開催
6 1952年12月7日 西田勝雄 日本 2:27:59 宇部市で開催
7 1953年12月6日 浜村秀雄 日本 2:27:26 名古屋市で開催
8 1954年12月5日 レイナルド・ゴルノ アルゼンチン 2:24:55 外国選手を初招待、鎌倉市横浜市折り返しで開催
9 1955年12月11日 ヴェイッコ・カルボネン フィンランド フィンランド 2:23:16 「朝日国際マラソン」に名称変更。福岡市―古賀町(当時)折り返しで開催
10 1956年12月9日 山田敬蔵 日本 2:25:15 名古屋市で開催。外国人選手参加なし
11 1957年12月1日 廣島庫夫 日本 2:21:40 福岡市(雁の巣折り返し)で開催
12 1958年12月7日 貞永信義 日本 2:24:01 宇都宮市日光市折り返しで開催
13 1959年11月8日 廣島庫夫 日本 2:29:34 福岡市(雁の巣折り返し)で開催。これ以降開催地を福岡市に固定(1963年を除く)
14 1960年12月4日 バリー・マギー ニュージーランド 2:19:04
15 1961年12月3日 パベル・カントレク チェコ チェコ 2:22:05 国際陸連のルール改正によりこの大会より給水所設置
16 1962年12月2日 寺沢徹 日本 2:16:18.4 ルール改正により記録表記を10分の1秒単位に
17 1963年10月15日 ジェフリー・ジュリアン ニュージーランド 2:18:00.6 東京オリンピックプレイベントとして本大会のみオリンピックと同コース(東京都内)で開催
18 1964年12月6日 寺沢徹 日本 2:14:48.2
19 1965年10月10日 廣島日出国 日本 2:18:35.8
20 1966年11月27日 マイク・ライアン ニュージーランド 2:14:04.4 「国際マラソン選手権」に名称変更
21 1967年12月3日 デレク・クレイトン オーストラリア 2:09:36.4 初の2時間10分の壁を破る当時の世界最高記録
22 1968年12月8日 ビル・アドコックス イギリス 2:10:47.8
23 1969年12月7日 ジェロム・ドレイトン カナダ 2:11:12.8
24 1970年12月6日 宇佐美彰朗 日本 2:10:37.8
25 1971年12月5日 フランク・ショーター アメリカ合衆国 2:12:50.4
26 1972年12月3日 フランク・ショーター アメリカ合衆国 2:10:30.0
27 1973年12月2日 フランク・ショーター アメリカ合衆国 2:11:45.0
28 1974年12月8日 フランク・ショーター アメリカ合衆国 2:11:31.2 現在の大会名に変更。ショーター4連覇達成
29 1975年12月7日 ジェロム・ドレイトン カナダ 2:10:08.4
30 1976年12月5日 ジェロム・ドレイトン カナダ 2:12:35.0
31 1977年12月4日 ウィリアム・ロジャース アメリカ合衆国 2:10:55.3
32 1978年12月3日 瀬古利彦 日本 2:10:21.0
33 1979年12月2日 瀬古利彦 日本 2:10:35 ルール改正により記録表記が秒単位に戻る
34 1980年12月7日 瀬古利彦 日本 2:09:45 瀬古3連覇達成。宗猛が4秒差の2位となり、世界初の2人のランナーが同時に2時間10分台を切るレースとなる
35 1981年12月6日 ロバート・ド・キャステラ オーストラリア 2:08:18 当時の世界最高記録
36 1982年12月5日 ポール・バリンジャー ニュージーランド 2:10:15
37 1983年12月4日 瀬古利彦 日本 2:08:52
38 1984年12月2日 中山竹通 日本 2:10:00
39 1985年12月1日 新宅雅也 日本 2:09:51 コースを一部変更。海の中道区間を削除し、早良区城南区経由追加、和白丘折り返しとなる
40 1986年12月7日 ジュマ・イカンガー タンザニアの旗 タンザニア 2:10.06
41 1987年12月6日 中山竹通 日本 2:08:18
42 1988年12月4日 渋谷俊浩 日本 2:11:04
43 1989年12月3日 マヌエル・マティアス ポルトガル 2:12:54
44 1990年12月2日 ベライン・デンシモ エチオピア 2:11:35
45 1991年12月1日 森田修一 日本 2:10:58 コースを現在のレイアウト(西区経由、香椎折り返し)に変更
46 1992年12月6日 テナ・ネゲレ エチオピア 2:09:04
47 1993年12月5日 ディオニシオ・セロン メキシコ 2:08:51
48 1994年12月4日 ボアイ・アコナイ タンザニアの旗 タンザニア 2:09:45
49 1995年12月3日 ルイス・アントニオ・ドスサントス ブラジル 2:09:30
50 1996年12月1日 李鳳柱 韓国 2:10:48
51 1997年12月7日 ジョサイア・チュグワネ 南アフリカ共和国 2:07:28
52 1998年12月6日 ジャクソン・カビガ ケニア 2:08:42
53 1999年12月5日 ゲザハン・アベラ エチオピア 2:07:54
54 2000年12月3日 藤田敦史 日本 2:06:51 当時の日本記録
55 2001年12月2日 ゲザハン・アベラ エチオピア 2:09:25
56 2002年12月1日 ゲザハン・アベラ エチオピア 2:09:13
57 2003年12月7日 国近友昭 日本 2:07:52
58 2004年12月5日 尾方剛 日本 2:09:10
59 2005年12月4日 ドミトロ・バラノフスキー ウクライナ 2:08:29
60 2006年12月3日 ハイレ・ゲブレセラシェ エチオピア 2:06:52
61 2007年12月2日 サムエル・ワンジル ケニア 2:06:39
62 2008年12月7日 ツェガエ・ケベデ エチオピア 2:06:10 現在の大会記録

[編集] 世界記録

過去、本大会では2回世界記録(当時は世界最高記録)が樹立されている。

  • 第21回(1967年) D.クレイトン 2:09:36.4
  • 第35回(1981年) R.キャステラ 2:08:18.

クレイトンの記録は、多くの人が「1970年代の記録」と考えていたサブテン(2時間10分以内)を世界で初めて実現した歴史的なレースであった。

一方、キャステラの記録は当時アメリカのアルベルト・サラザールが同年のニューヨークシティマラソンで記録した 2:08:13 が世界最高記録とされており、世界最高とはアナウンスされなかった。その後、1984年になってサラザールの走ったレースは距離不足だったことが判明するが、そのときにはすでにイギリスのスティーブ・ジョーンズによって 2:08:05 の記録が樹立されており、一度も世界最高と呼ばれなかった不運な記録である。

[編集] テレビ中継・ラジオ中継の態勢

[編集] テレビ中継

1991年の第45回まではNHK福岡放送局が制作し、総合テレビで放送していた。翌年の第46回以降はキー局テレビ朝日とKBC九州朝日放送の共同制作となった。両者が主催に参加となったための変更である。

  • 平和台陸上競技場に近い福岡市中央区長浜のKBC本社が中継ターミナルとなっている。
  • 全国30局ネット(ANN系列26局+北日本放送山梨放送四国放送高知放送)にて放送。なお、山陰地方でのTVネットはされておらず、周辺各県のANN系列局が見られない限りテレビでの放映を見ることはできない。なお、ラジオ放送では山陰放送がネットしている(NHK総合テレビが放送していた時代は当然ながら山陰地方でも見ることができた)。
  • 沖縄県では、放映局変更後1992年から1994年まで放送されなかった。当時琉球朝日放送が未開局だったのと、朝日新聞と友好関係にある琉球放送は同日開催のNAHAマラソンを主催・放送しており、またスタート時刻はTBSの『アッコにおまかせ』をネット、その後時間変更の『サンデーモーニング』を放送しているからである。
  • 移動中継車は3台配備される。
  • 朝日放送の『新婚さんいらっしゃい!』と『パネルクイズ アタック25』は、1999年から2007年までは当日の遅れ放送を行わずに休止となっていたが、2008年以降は1998年以来となる遅れ放送で対応している。

[編集] 第62回の放送体制

解説
実況
その他
  • 優勝者インタビューはKBCのアナウンサーが担当する。
  • KBCは2006年12月1日、九州・沖縄の他の系列局とともに最後発組として地上デジタルテレビジョン放送を開始した。それ以降は、ハイビジョンシステムによる中継、データ放送を活用した選手の情報や途中経過などの提供が行われている。
  • 2006年以前の解説は、伊藤国光宗茂が担当していた。
  • また2006年以前の実況アナは、テレ朝のマラソン中継によく携わっていた森下桂吉アナがメイン実況を担当していた他、伊勢駅伝の実況担当の角澤照治アナ、またゴルフ中継担当の進藤潤耶アナも中継に携わっていた。
  • 2007年(第61回)大会では2006年(第60回)大会の1号車の実況を務めた中山貴雄アナと一部のテレビ朝日のスタッフが同時期に「アジア野球選手権」に関わった為、再び進藤潤耶と森下桂吉両アナが担当した。

[編集] ラジオ中継

  • 1991年の第45回まではNHK福岡放送局制作・ラジオ第1での放送と、KBCラジオ制作・NRN一部系列局での放送が両方存在していた。
  • 1992年の第46回以降はラジオからもNHKが撤退し、ニッポン放送の制作協力のもと、KBCラジオをキーステーションに、NRN加盟34局で全国放送されている。
  • 北海道ではSTVラジオ、愛知では東海ラジオ、大阪では朝日放送ABCラジオ)がネットする。
  • STVラジオと東海ラジオで放送される理由は、STVラジオと東海ラジオがNRN単独系列であり(HBC北海道放送はNRNとのクロスネットだが、JRNの方がメイン。CBC中部日本放送はJRN単独系列)、ABCラジオがネットするのはテレビ局系列がKBCと同系列であるためで、テレビ中継との兼ね合いもあるから(なお、朝日系のテレビ・ラジオ兼営局はABCとKBCの2局だけである)。
  • 同じ首都圏のラジオ局でも、ニッポン放送がカバーしているため、茨城放送栃木放送は放送していない。
  • 中継車はKBCが2台配備する。なお、実況担当は平和台陸上競技場をニッポン放送、中継車並びに折り返し地点をKBCのアナウンサーが担当している。

[編集] 第60回(2006年)

  • 解説 宇佐美彰朗(東海大学体育学部教授兼陸上部顧問)

実況アナウンサー

  • 平和台陸上競技場 山内宏明(ニッポン放送)
    • ※以前は、ニッポン放送松本秀夫アナが担当していた。
  • 第1中継車 岡田浩一(九州朝日放送)
  • 第2中継車 小林徹夫(九州朝日放送)
    • 岡田・小林両アナはここ数年、ラジオの中継担当である。
  • 各地点(折り返し地点など)の実況や選手および監督のリポートは、九州朝日放送のアナウンサーが担当する。

[編集] 主催

  • 財団法人日本陸上競技連盟
  • 朝日新聞社
  • テレビ朝日
  • 九州朝日放送

[編集] 後援

[編集] 主管

  • 福岡陸上競技協会

[編集] 支援

[編集] 協賛

2002年から2006年までの協賛社はないが、TV中継放送では「年末ジャンボ宝くじスポーツスペシャル」として放送していた。

[編集] 協力

大会車両
公式時計
競技用品
公式飲料

[編集] 参考図書

福岡国際マラソン選手権大会50年史編集委員会 『福岡国際マラソン選手権大会50年史』 朝日新聞社 1997

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月17日 (火) 02:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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