福島 (大阪市)
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[編集] 概要
福島区の東部に広がる地域である。1丁目から8丁目まである。地域の東側で梅田、南東で堂島、南側で中之島とそれぞれ接している。
梅田から西へ1kmほどという地理条件から、幹線道路沿いを中心にオフィスや高層マンションが立地している。その一方で幹線道路から少し奥に入ると、古くからの下町の住宅地が広がっている。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
大阪環状線の福島駅が、高架駅として設置されている。また国道2号の地下には、阪神本線福島駅とJR東西線新福島駅が設置されている。
梅田貨物線が地上を走り、大阪環状線福島駅のすぐ北側でなにわ筋と平面交差している。梅田貨物線を走る列車の本数が増加したことに伴い、梅田貨物線踏切による交通渋滞も問題化している。またかつては阪神本線が大阪環状線福島駅のすぐ南方の地上を走っていて、なにわ筋上に阪神本線の踏切もあったが、1993年の阪神本線の地下化に伴って踏切は解消された。
大阪環状線の北側に東海道本線(JR神戸線)の線路も通過しているが、地域内には同線の駅は設置されていない。
[編集] 道路
道路は東西方向に国道2号が通り、東側の梅田方面と西側の野田阪神方面とを結んでいる。また南北にはなにわ筋が通り、南側の中之島と北側の大淀方面とを結んでいる。国道2号となにわ筋との交点に浄正橋交差点がある。
また地域内に阪神高速11号池田線が通り、福島出入口も設置されている。
[編集] 歴史
古代のこの地は、旧淀川が運ぶ土砂が堆積してできた、河口部に広がる島だったと考えられている。この地は古代には「餓鬼島」と呼ばれていたが、菅原道真が大宰府へ左遷される途中にこの地に立ち寄った際、「餓鬼島」では縁起が悪いとして好字の「福」を取り「福島」と改名したと伝えられている。湿地を意味する「泓け島(ふけしま)」からきているとする説もある[1]。
また平家物語には「源義経が屋島の合戦の際に、摂津国渡辺・福島の2ヶ所で船団をそろえて出航した」という趣旨が記載されている。
中世には福島荘とよばれる荘園が開かれていた。江戸時代には上福島村・下福島村の2村が成立し、明治期の町村制でも西成郡上福島村・下福島村となった。上福島村には西成郡の郡役場が設置されていた。
その後1897年に両村は大阪市に編入された。編入当初は北区に属し、その後北区の分区に伴って此花区に所属したのち、1943年に福島区が新設された。
また、現在「福島」という町名となっている地域のうち、南側の堂島川沿いの地域については、歴史的には堂島の一角だった。しかし現在では、この地域を堂島に含めないのが一般的となっている。
- 1889年 - 市制・町村制により、大阪市および西成郡上福島村・下福島村が成立。
- 1897年 - 上福島村・下福島村が大阪市に編入され、北区に属する。
- 1898年 - 西成鉄道(現在の大阪環状線)福島駅が開業。
- 1905年 - 阪神本線福島駅が開業。(現在のホテル阪神の場所)
- 1909年 - 大阪市北区の一帯を襲った「北の大火」で被災。被災後のがれき処理のために南側の堂島との間にあった硯川が埋め立てられ、堂島と陸続きになる。
- 1926年 - 北区を分割して此花区を設置。福島地区の大半も此花区に属する。
- 1943年 - 当時の此花区の一部、西淀川区の一部、北区の一部で福島区を新設。
- 1975年 - 住居表示を実施、現在の町名となる。
- 1993年 - 阪神本線が地下化。阪神福島駅が従来地よりも約100m南の国道2号地下に移転。
- 1997年 - JR東西線新福島駅が開業。
[編集] 主要施設
- 田蓑橋、玉江橋、堂島大橋 - 堂島川に架かり、対岸の中之島とを結ぶ
- ホテル阪神
- ラグザ大阪
- ほたるまち
- 堂島リバーフォーラム
- 福島天満宮
- 福島聖天通商店街
- 大阪中之島合同庁舎
- 関西電力病院
- 大阪厚生年金病院
- 大阪厚生年金看護専門学校
- 大阪市立福島小学校
- 大阪市立上福島小学校
- 下福島公園
- 朝日放送 - 2008年に大淀から移転。
- イカリソース本社
- 大阪トヨタ自動車本社
- ベイ・コミュニケーションズ - ケーブルテレビ局
- 蛸の松
- 逆櫓の松
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年6月19日 (金) 23:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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