福建省 (中華民国)
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| 中華民国 福建省 | |
| ← 1911年 - → | |
| 簡体字 | 福建 |
| 繁体字 | 福建 |
|---|---|
| 拼音 | Fújiàn |
| カタカナ転記 | フージェン |
| 国家 | 中華民国 |
| 行政級別 | 省 |
| 政府所在地 | 閩侯県1911-1937 林森県1945年福州市1946-1949 |
| 成立 | 1911年 |
| 面積 | |
| - 総面積 | 120,114 km² |
| 人口 | |
福建省(せんせい-しょう)は中華民国の省。現在でも中華民国(台湾)は同省島嶼部の金門県(金門島)及び連江県(馬祖島)の2県を実効支配している。
ここでは1949年(民国38年)に中華民国が大陸地区の実効支配権を喪失する以前の行政区画を中心に、後半で現在の中華民国における行政区について説明する。
目次 |
[編集] 管轄区域
西は江西省、南は広東省、北は浙江省に接し、東は台湾海峡に面している。
[編集] 行政沿革
1911年(宣統3年)10月10日、武昌起義により辛亥革命が勃発すると11月9日、 福建新軍もこれに呼応し決起、同月17日に廈門軍政府を設立した。1912年(民国元年)11月16日、民政長官として民政長を設置、1914年(民国3年)5月23日、民政長は巡按使に、1916年(民国5年)7月に更に省長に改称されている。
1926年(民国15年)12月24日、国民党は福建省臨時政務委員会を設置、翌年1月2日に省臨時政治委員会を改編、福建省の最高行政機関と定められた。1927年(民国16年)4月12日、上海クーデターが勃発すると福建省は南京国民政府に帰属、5月1日に臨時政治委員会は解体され福建省政府が成立した。
1937年(民国26年)、日中戦争が勃発すると福州は日本軍に占領され福建省政府は亡命政府となったが、1945年(民国34年)、日本の敗戦に伴い中華民国の施政権が回復したが、1949年(民国38年)8月17日、中国共産党により福州市は「解放」され、中華民国は島嶼部の金門県及び連江県を除き実効支配権を喪失した。
[編集] 省会
1937年(民国26年)以前は閩侯県に、1945年8月に林森県、1946年(民国35年)1月以降は福州市に設置された。
日中戦争期間中は、洪塘、甘蔗、小箬、永安に疎開している。
[編集] 行政区画
[編集] 道制
中華民国が建国されると清代の各道は廃止されたが、1913年(民国2年)2月12日、東路道、南路道、西路道、北路道の4道が設置された観察使が任命されている。1914年(民国3年)5月、それぞれ閩海道、廈門道、汀漳道、建安道と改称され、観察使も道尹と改められた。1927年(民国16年)、北伐軍が進駐すると道制は廃止されている。
[編集] 県級行政区画
中華人民共和国成立直前の管轄行政区画はの2市67県。(50音順)
- 市
- 県
- 安渓県
- 雲霄県
- 永安県
- 永春県
- 永泰県:清代の永福県。1914年1月改称。
- 永定県
- 華安県
- 海澄県
- 霞浦県
- 金門県:1915年1月、思明県の島嶼部に新設。
- 恵安県
- 建甌県:清代の建安県及び寧甌県を統合し成立。
- 建陽県
- 光沢県
- 古田県
- 沙県
- 三元県:1940年6月、三元特種区に新設。
- 周寧県:1945年2月、周墩特区及び寧徳県の一部に新設。
- 順昌県
- 寿寧県
- 上杭県
- 漳浦県
- 詔安県
- 松渓県
- 邵武県
- 漳平県
- 将楽県
- 晋江県
- 水吉県
- 崇安県
- 清流県
- 政和県
- 仙游県
- 大田県
- 泰寧県
- 柘栄県:1938年、霞浦県北部に柘栄特区が成立。1945年8月県制移行。
- 長泰県
- 長汀県
- 長楽県
- 同安県
- 東山県:1915年4月、詔安県の一部に銅山県を設置。同年9月改称。
- 徳化県
- 南安県
- 南靖県
- 南平県
- 寧化県
- 寧徳県
- 寧洋県
- 屏南県
- 福安県
- 福清県
- 福鼎県
- 武平県
- 平潭県
- 平和県
- 浦城県
- 莆田県
- 明渓県:清代の帰化県。1932年12月改称。
- 羅源県
- 竜岩県
- 竜渓県
- 竜渓県
- 林森県:清代の閩県及び侯官県が合併し成立。1933年に再度分割されたが、翌年再合併している。
- 連江県
- 連城県
[編集] 行政督察区
[編集] 現在の中華民国福建省
現在、中華民国が実効支配する福建省は、中国大陸とは海峡をはさんだ島嶼部、金門県(金門島)と連江県の島嶼部(馬祖島)の2県のみである。現在は台湾地区(台湾省、台北市、高雄市)との対比から、金門と馬祖の頭文字を使用した「金馬地区」と言う呼称がなされている。
1996年1月15日を以って、中華民国の福建省政府は、地方政府としての機能を「凍結」(事実上の廃止)させられている。現在の中華民国では、実質的に「省」という行政区分は機能していない。ただし、今でも公務員試験等における地域区分や、地方法院(裁判所)等の名称で「福建省」の名称が使用されている。
上記の2県は国共内戦以来、防共の拠点として戒厳令のもと厳しい軍事態勢下にあったが、近年中華人民共和国による軍事的な脅威が減少したこと、また対岸の中国大陸との交流が活発化した事により、観光地へと変貌を遂げている。
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
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最終更新 2009年9月13日 (日) 08:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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