福田町 (岡山県)
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福田町(ふくだちょう)は、岡山県南部に存在した町である。1953年6月1日に旧倉敷市に編入され、現在の倉敷市水島の東部に当たる。
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[編集] 概要
東高梁川の堆積作用による広大な干潟により古くから干拓工事が行われ、福田新田(現在の倉敷市福田町古新田)や福田新開(現在の倉敷市東塚、松江、北畝、中畝、南畝)などが開発された。
かつては隣接する浅口郡連島町と合併して水島市を建設する構想があったが、倉敷市の水島鉄道買収および三菱石油製油工場の立地調査開始により、倉敷市の財政力によって工業化を進める必要性が高まったため断念している。
[編集] 沿革
- 1723年(享保8年) 福田新田堤防が完成(現在の岡山県道274号福田老松線)。
- 1725年(享保10年) 福田新田が完成(福田新開完成後に福田古新田に改称)。
- 1848年(嘉永元年) 岡山藩が野崎武左衛門らに命じて、福田新開の開発を命じる。
- 1851年(嘉永4年) 福田新開が完成(のちに東塚村・松江村・北畝村・中畝村・南畝村に分立)。
- 1889年(明治22年)6月1日 町村制施行。福田村・浦田村・福田古新田村が合併して福田村発足。東塚村・松江村・北畝村・中畝村・南畝村が合併して福田新田村発足。呼松村・広江村が合併して呼松村発足。
- 1904年(明治37年)4月1日 福田村・福田新田村・呼松村が合併して福田村発足。
- 1941年(昭和16年) 三菱重工業が東高梁川廃川地に水島航空機製作所建設。1943年(昭和18年)完成。
- 1945年(昭和20年)6月22日 水島空襲。水島航空機製作所が爆撃される。
- 1947年(昭和22年)12月9日 福田村が町制施行して福田町発足。
- 1949年(昭和24年) 倉敷市から合併の申し入れを受ける。
- 1950年(昭和25年)9月8日 福田町と連島町が工場誘致期成会を結成。水島市の建設を目指す。
- 1951年(昭和26年) 倉敷市が三菱重工から水島鉄道を買収。
- 1953年(昭和28年)6月1日 福田町が倉敷市に編入される。
[編集] 学校
- 福田町立第一福田小学校
- 福田町立第二福田小学校
- 福田町立第三福田小学校
- 福田町立第四福田小学校
- 福田町立第五福田小学校
- 福田町立福田中学校
- 福田中学校水島分校
上記各校とも現在は倉敷市立となっている(ただし福田中学校水島分校は1954年に独立して倉敷市立水島中学校となった)。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年7月1日 (水) 17:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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