福祉国家論
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福祉国家(ふくしこっか 英:Welfare State)は、国家の機能を安全保障や治安維持などに限定(夜警国家)するのではなく、社会保障制度の整備を通じて国民の生活の安定を図ること。広義には財政政策や雇用政策を含める場合もある。「福祉国家」の語は、第二次世界大戦中にイギリスが連合国を福祉国家、枢軸国を戦争国家(英:Warfare State)と政治宣伝したのが始まり。社会国家と呼ばれることもある。
福祉国家論(ふくしこっかろん)は、福祉国家の形成、発展、変容の要因に関する研究のこと。オイルショック以後の「福祉国家の危機」に対する各国の対応が一様でなかったことから、福祉国家の多様性が意識されるようになり、福祉国家論が発展する契機なった。特にイエスタ・エスピン=アンデルセンが福祉国家に代わる新しい概念として福祉レジーム論を提起し、社会保障政策の特徴やグローバル化への対応の多様性を政治的イニシアティブや経済レジームとの連関で論じた。
福祉国家の内容である社会保障政策については「社会保障」を参照
目次 |
[編集] 初期の福祉国家論
初期の福祉国家論では、福祉国家の発展を単線的に規定する独立変数が研究対象となった。
[編集] 産業主義理論
たとえばハロルド・ウィレンスキーは、64ヵ国の社会保障支出の対国民総生産比の差異を説明する独立変数としては経済水準が最も重要であり、また人口の高齢化も非常に重要である一方、イデオロギーや政治体制の差異は説明変数として有意ではない、と指摘している。このため、ウィレンスキーは、経済成長にともなって福祉国家が発展するという収斂論の代表的論者と見做された[1]。
[編集] 権力資源動員論
また、ウォルター・コルピらは、福祉国家の規模は各階級の政治的影響力のバランスによって規定されるものと考えた。すなわち、労働者階級が左派政党を通じて自己の政治的リソースを活用し、経営者に対抗しうる政治システムを構築する(「権力資源の投資」)ことに成功するか否かが、福祉国家を規模を左右する。さらに、福祉国家そのものが、労働者の相互の対立を緩和し連帯を促すという点で、労働者階級の権力資源となると主張した。
[編集] 福祉国家の再編成
オイルショック以降、低成長化で税収が減少する中で社会保障支出が国家財政を圧迫するようになった。また、資本移動の自由化によって企業の発言力が増大する一方、サービス産業化によって労働組合の影響力が低下した。さらに、社会保障に限らず経済一般についても、国営企業の非効率性(イギリス)、労使協調体制の後退(ドイツにおけるコーポラティズム)など、従来の経済政策の閉塞化が問題となった。
こうした状況下で福祉国家の行き詰まりが指摘され、特に新自由主義が台頭した国々では社会保障の削減が実施された。イギリスでは、1979年にマーガレット・サッチャーが政権を獲得して以降、福祉国家の解体が推し進められた[2]。カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどでも似た政策が推進された。これらの国はもともと典型的な福祉国家とは異なる政策が採られていたが、これら一連の改革以降、アメリカ化・福祉のビジネス化が更に推進されることとなった。また、当のアメリカにおいても、ロナルド・レーガン大統領が社会保障の削減[3]を実施したほか、カリフォルニア州の住民投票「プロポジション13」が「納税者の反乱」「福祉反動」の象徴と見做された。
一方、北欧諸国では経済・社会の諸問題を解決するための改革が押し進められ、少子化対策への投資、社会保障制度の一元化などが行われた。これら北欧福祉国家の再編成は「福祉国家のバージョンアップ」と呼ばれる。
このように、グローバル化や脱工業化によって福祉国家が危機に晒されているという条件は同一でありながら、各国の対応は一様でなかった。このことが、社会保障の拡充は左派と右派を超えた「戦後合意」ではなく、政治的党派性や経済レジームによって福祉国家が多様に発展していることを認識させ、福祉国家論の発展を促した。
[編集] 福祉レジーム論
こうしたなかで1990年にデンマークの社会学者エスピン=アンデルセンが提起した福祉レジーム論は、福祉国家研究の画期的な業績となった。
すなわち、脱商品化[4]と階層化[5]の2つの指標で西側先進諸国を分析して、自由主義的福祉国家(北アメリカやイギリス)、保守主義的福祉国家(大陸ヨーロッパ)、社会民主主義的福祉国家(北欧)の3類型を析出し、福祉国家の発展は1つではないと論じた[6]。また、福祉国家を形成する政治的イニシアティブについて、1つの階級ではなく、階級間の連合を重視した[7]。さらに、経済レジーム(特に雇用)と福祉レジームとの関係に注目し、グローバル化への適応については一般的に自由主義と社会民主主義が優れているとした。その後の研究により次のように分類されなおした[8]。
[編集] 概要
| 福祉レジーム | 社会民主主義 | 自由主義 | 保守主義 |
|---|---|---|---|
| モデル国家 | スウェーデン | アメリカ | ドイツ |
| モデル国家群 | スカンディナヴィア諸国 | アングロサクソン諸国 | 大陸ヨーロッパ諸国 |
| 脱商品化 | 高位 | 低位 | 中位 |
| 階層化 | 低位 | 高位 | 中位 |
| 脱家族化 | 高位 | 中位 | 低位 |
| 主たる政策目標 | 所得平等および雇用拡大 | 租税軽減および雇用拡大 | 所得平等および租税軽減 |
| 犠牲となる政策目標 | 租税軽減 | 所得平等 | 雇用拡大 |
| 主たる福祉供給源 | 福祉国家 | 市場 | 家族 |
| 典型的な福祉政策 | サービス給付 | 減税 | 所得移転 |
| 所得移転の形態 | 制度的 | 残余的 | 補完的 |
| 社会的統合の触媒 | 労働組合 | なし(市場という超共同体) | 宗教団体 |
| 優位政党 | 社民政党 | リベラル政党 | カトリック政党 |
| 支配的なイデオロギー | ネオ・コーポラティズム | ネオ・リベラリズム | コーポラティズム |
| 企業競争 | (完全雇用のため)大企業優先 | 大企業と自営業は対等 | (世襲維持のため)自営業優先 |
| 労働市場の規制 | 同一労働同一賃金 | 原則としてなし | 大企業や公務員を優遇、早期退職の勧奨 |
| 賃金の硬直性 | 上方硬直性および下方硬直性 | なし | 下方硬直性 |
| 雇用のフレキシヴィリティ | 高位 | 最高位 | 低位 |
| 典型的な景気対策 | 福祉部門の公務員の増員 | 公定歩合の引き下げ | 公共事業 |
| 公務員のイメージ | 女の仕事、パートタイム | 悪、低賃金 | お上意識、優遇 |
| 労働参加率 | 最高位 | 高位 | 低位 |
[編集] 社会民主主義的福祉レジーム
スカンディナヴィア・モデル(或いは「スウェーデン・モデル」)とも呼ばれる。スウェーデンが代表的。他にはノルウェー、デンマーク及びフィンランドがある。政府による所得比例(業績評価モデル)と所得移転(制度的モデル)の組み合わせが特徴。社会保障給付は政府による普遍主義的なもので、労働政策と併せて労働者の保護が最大限である。経済政策では政労使の協調(ネオ・コーポラティズム)に基づいて実施され、場合によっては同一労働同一賃金により弱い企業の淘汰を進める。それと同時に職業訓練や職業紹介などの積極的労働市場政策を通じて労働力の需給ギャップの解消に努め、社会保障支出をコントロールする。従って雇用の流動性は高い。これらのことから企業の競争力が高くなり、グローバリズムへの適応力が高いと言われる。しかし、その過程において競争力を持つ大企業のみが生き残りやすいために、しばしば税収などで特定企業に依存することになり、業績悪化がダイレクトに国家予算に影響を及ぼすことがある。
[編集] 自由主義的福祉レジーム
アングロサクソン・モデルとも呼ばれる。アメリカが代表的。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス及びアイルランドがある。市場による所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。政府による社会保障給付は底辺層に対するスティグマをともなった選別主義的なもの、もしくは中間層のニーズに応えられない低水準なものである。よって、社会保障は主に個人が民間保険などから調達し、政府は福祉ビジネスの環境を整えることが役目となっている。また、労働政策は労働者の社会保障が最低限である。従って雇用の流動性は高い。そのため所得格差が拡大するが、グローバリズムへの適応力が高いといわれる。
[編集] 保守主義的福祉レジーム
大陸ヨーロッパ・モデルとも呼ばれる。ドイツが代表的。フランス、オランダ、ベルギー、オーストリアなどである。職域組合や企業福祉などによる所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。社会保障は補完性原理を基調とし、家族を中心とする血縁、コーポラティズム、国家主義を強要する。労働者の保護は労働組合の恩恵が及ぶ限りにおいて高度である。そのためインサイダー(端的には正規雇用の男性)とアウトサイダーの社会的分断(デュアリズム)が生じ、概して失業率が高い。また、職業と福利厚生が一体化していることとあいまって、雇用の流動性を阻害するといわれる。このレジームに固執する限り、グローバリズムの前には袋小路になり経済パフォーマンスが低下するとされる。
[編集] 家族主義的福祉レジーム
南欧=東アジアモデルとも言われる。イタリアが代表的。ほかにスペイン、ポルトガル、ギリシャ、日本、大韓民国、台湾である。福祉施策は貧弱で福祉ビジネスも未発達なため、高齢者、失業、子育てなどについて家族が責任を持つべきとする家族主義が特徴。家族に過度な負担をかけるため少子化の弊害が深刻化するとの意見がある。
[編集] 1人あたり購買力平価GDPの比較
国の国内総生産順リストを元に、上記で挙げられている各福祉レジームの国の、1人あたり購買力平価GDPの平均値を計算すると、以下のようになる。
| 福祉レジーム | 1人あたり購買力平価GDP(US$) |
|---|---|
| 社会民主主義的福祉レジーム | 32,400 |
| 自由主義的福祉レジーム | 31,167 |
| 保守主義的福祉レジーム | 29,760 |
| 家族主義的福祉レジーム | 23,443 |
[編集] 所得格差の比較
同様にして、各福祉レジームの国のジニ係数の平均値を計算すると、以下のようになる(数字は2000年)。[1][2][3]ジニ係数は、0に近くなるほど所得格差が小さく、1に近いほど格差が大きいことを意味する。
| 福祉レジーム | ジニ係数 |
|---|---|
| 社会民主主義的福祉レジーム | 0.248 |
| 自由主義的福祉レジーム | 0.322 |
| 保守主義的福祉レジーム | 0.265 |
| 家族主義的福祉レジーム | 0.333 |
| OECD平均 | 0.310 |
[編集] 福祉国家の縮減と非難回避
福祉レジーム論は、福祉国家の発展における労働組合や社会民主主義政党(あるいは社民政党と競合するカトリック政党)の主導性を重視している。しかし、ポール・ピアソンは、サッチャー政権下のイギリスで労組の弱体化が進展し、アメリカではもともと労組が脆弱であるにもかかわらず、その両国ですら1980年代では新自由主義が主張するほどには社会保障の削減に成功しなかったことを指摘している。これは、社会保障制度が1度確立すると利益集団のネットワークが構築されて社会保障の削減に対する抵抗が生じ、また、受給者の反発を恐れる政治家も社会保障の縮減を忌避するためである。よって、福祉国家の形成では経済レジームや政治的党派性などのマクロ要因が重要(福祉レジーム論)であったが、福祉国家の縮減では非難回避の戦略の成否が重要になる、とピアソンは論じている。具体的には、
- 非難の大きい争点を外すように課題設定する。
- 受給者を分断して相互に対抗させる。
- 縮減に対する代償を与える。
- 縮減の政治的責任の所在を曖昧にする。
などが挙げられる。
[編集] 脚注
- ^ ただし、ウィレンスキーは、分析対象を経済協力開発機構の加盟国に限定した場合は、政治的変数が有効になることも指摘している。
- ^ たとえば、国家所得比例年金の給付水準の引き下げや適用除外の拡大など。
- ^ たとえば、社会保障税率の引き上げや老齢・遺族・障害年金の給付年齢の引き上げなど。
- ^ 脱商品化とは、疾病などの理由で労働市場を離脱した人が生活を維持できるか否かの指標。給付の水準と受給資格によって計測される。
- ^ 階層化とは、各人の階層や職種に応じた給付が行われ、格差が固定化されているか否かの指標。たとえば職域別の保険制度では階層化の度合いが高い。
- ^ 当初日本は前記3つのいずれの要素も含む混合型とされ、その後大陸ヨーロッパ型に近いとされた。
- ^ たとえば、スウェーデンでは社民党が農民同盟との連合形成に成功し、さらに赤緑連合解消後は普遍主義的な社会保障政策でホワイトカラー層からの支持を調達した。その一方で、オーストリアでは、労働運動が一定の勢力を保持していたものの、左派政党が農民政党との連携に失敗して孤立した。
- ^ なお、ここでの「保守」「リベラル」の語はヨーロッパでの語義に従っており、アメリカでは語義が逆になっていることに注意が必要である。
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- G・エスピン=アンデルセン 『福祉資本主義の三つの世界-比較福祉国家の理論と動態』 岡沢憲芙・宮本太郎監訳、ミネルヴァ書房<MINERVA福祉ライブラリー47>、2001年。
- G・エスピン=アンデルセン 『ポスト工業経済の社会的基礎-市場・福祉国家・家族の政治経済学』 渡辺雅男・渡辺景子訳、桜井書店、2000年。
- 佐藤満 「福祉国家の構造と政治体制」 京都大学法学研究科編 『産業国家の福祉政策に関する研究』、1994年。
- 新川敏光他 『比較政治経済学』 有斐閣<有斐閣アルマ>、2004年。
- 新川敏光 『日本型福祉レジームの発展と変容』 ミネルヴァ書房<シリーズ・現代の福祉国家>、2005年。
- 宮本太郎 『福祉国家という戦略-スウェーデンモデルの政治経済学』 法律文化社、1999年。
- HMG(英国政府) 『新福祉契約 英国の野心』 柏野健三訳、帝塚山大学出版会、2008年。
- Patricia Thane 『福祉国家の建設(上・下)』 柏野健三訳、海声社、1988・1989年。
最終更新 2009年7月19日 (日) 07:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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