私の履歴書

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私の履歴書(わたしのりれきしょ)は、日本経済新聞朝刊最終面(文化面)に掲載されている連載読み物である。1956年3月1日にスタート。第1回は鈴木茂三郎で、3月1日から7日にかけて連載された。当初は連載期間が1週間と短かったが、その後次第に長くなり、1987年からは毎月1ヶ月間(1日から末日)に渡って1人を取り上げるスタイルが定着。2009年現在も継続中である。

目次

[編集] 解説

日本国内外の政財界の首脳も含む各界の著名人が、出生から今日に至るまでの半生を描く自伝である。連載開始当初は活躍中の人物が連載する事が多く、首相在任中の岸信介や自民党幹事長時代の田中角栄も五十代の頃に登場したが、次第に主に第一線を退いた人物を取り上げるようになった。

ただ現在でもすでに死去した人物は取り上げないのがルールであり、運輸事務次官・日本通運社長を務めた広瀬真一のように原稿がほぼ出来上がっていたのにもかかわらず死去した(1986年)ためにお蔵入りとなったケースもある。小林秀雄も、書くことに同意していたのにもかかわらず死去したために登場しなかった[1]。なお、1989年3月掲載の五島昇は、連載中の3月20日に急死し、以後を遺稿扱いとする異例の事態となった。シリーズの連載は2009年11月までで723回、取り上げた人物は722人に及ぶ。両者が一致しないのは松下幸之助が2回登場したためである。

文筆家は自らが原稿を書く場合が多いが、政治家や経済人などを取り上げる際には、記者による聞き書きが中心となっている。また、登場した人物が連載中の題字を担当することが多い。

日本経済新聞出版社から単行本化されているほか、テレビ東京でも1987年4月から1991年3月の4年間、これを原作として『テレビ・私の履歴書』を毎週水曜日22時から30分間に全国放送された。(サントリー単独提供。1989年4月から『新・テレビ・私の履歴書』と変更。原作朗読:樫山文枝)また、ラジオ日経の番組『モーニング・ハーモニー~宅配・朝の情報便~』でも取り上げられた。

1992年3月から2008年9月まで16年間放送された日本テレビの『いつみても波瀾万丈』とは趣旨が同一であり、政財界や芸能界・スポーツ界の著名人が登場する点では共通している。

[編集] 取り上げた人物

掲載年、氏名、肩書の順。肩書は原則として掲載時のものである。

[編集] 1956年

[編集] 1957年

[編集] 1958年

[編集] 1959年

[編集] 1960年

[編集] 1961年

[編集] 1962年

[編集] 1963年

[編集] 1964年

[編集] 1965年

[編集] 1966年

[編集] 1967年

[編集] 1968年

[編集] 1969年

[編集] 1970年

[編集] 1971年

[編集] 1972年

[編集] 1973年

[編集] 1974年

[編集] 1975年

[編集] 1976年

[編集] 1977年

[編集] 1978年

[編集] 1979年

[編集] 1980年

[編集] 1981年

[編集] 1982年

[編集] 1983年

[編集] 1984年

[編集] 1985年

[編集] 1986年

[編集] 1987年

[編集] 1988年

[編集] 1989年

[編集] 1990年

[編集] 1991年

[編集] 1992年

[編集] 1993年

[編集] 1994年

[編集] 1995年

[編集] 1996年

[編集] 1997年

[編集] 1998年

[編集] 1999年

[編集] 2000年

[編集] 2001年

[編集] 2002年

[編集] 2003年

[編集] 2004年

[編集] 2005年

[編集] 2006年

[編集] 2007年

[編集] 2008年

[編集] 2009年

[編集] 脚注

  1. ^ 田村祥蔵「日経『私の履歴書』名言録」「文藝春秋」2007年3月号

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月14日 (土) 16:19 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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