稔幸
稔幸の最新ニュースをまとめて検索!
稔 幸(みのる こう)は宝塚歌劇団の元星組男役トップスター。
現在は宝塚での芸名の他にNORU、のるなどの名前でイラストレーター、ディナーショー、司会などの活動をしている。結婚前の本名は野崎央子(のざきようこ)。 神奈川県生まれ、清泉女学院高等学校卒業。愛称は「のる」。
目次 |
[編集] 略歴
幼少のころから牧阿佐美バレヱ団系のバレエ教室や大滝愛子のスタジオに通っていたが、背が伸びすぎてしまい、JAZZダンスに転向。海外留学を考えてオーディションを受け、合格するも、両親が猛反対。結局、両親のすすめに従い高校卒業時に宝塚音楽学校を受験、合格。
1985年 71期生として宝塚歌劇団に入団。同期に元花組トップスターで現女優の愛華みれ、元月組トップスターで現歌手の真琴つばさ、元雪組トップスターで現在は専科所属の轟悠、男役から娘役に転向し雪組娘役トップスターになった現女優の鮎ゆうきがいる。このほかに夏河ゆら(2002年から2006年に月組組長)、女優の香坂千晶、キャスターとして活躍中の能舞三子(現在の山岡三子)がいる。
同年『愛あれば命は永遠に』で初舞台を踏む。その後、星組に配属される。
1999年 『WEST SIDE STORY』(トニー役)で星組トップスターに就任。このころ、トップスター5人中4人が同期という時期であった。(花組が愛華みれ、月組が真琴つばさ、雪組が轟悠、星組が稔幸)
2001年 『ベルサイユのばら2001―オスカルとアンドレ編―』(オスカル役)で退団。
退団直後に会社員と結婚。結婚を発表するまで、劇団関係者をはじめほぼ誰も知らなかった。その後は出産などでしばらく活動を控えていたが、宝塚OGのイベントへの参加や、イラストレーションなどの活動を行っている。
[編集] 宝塚時代の舞台
- 『愛あれば命は永遠に』(1985年3月 - 5月、宝塚大劇場)*初舞台
- 星組配属(1985年5月)
- 『別離の肖像』- 新人公演・刈干切唄の男A 役(本役・日向薫)(1987年6月 - 8月、宝塚大劇場)
- 『ミッドナイト シティ ロマンス』- トムソン部長 役(1988年10月 - 11月、宝塚バウホール)
- 『宝塚をどり讃歌'89』『フォーエバー! タカラヅカ』(1989年10月、ニューヨーク・ラジオ シティ ミュージック ホール)
- 『太陽に背を向けて』- マックス 役(1990年1月、宝塚バウホール)
- 『メイフラワー』- 新人公演・ジャック 役(本役・日向薫)(1990年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『アポロンの迷宮』- 新人公演・ジャン=ポール 役(本役・日向薫)『ジーザス・ディアマンテ』- 妖女S(1990年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『パル・ジョーイ』- 代役公演・ロウエル 役(本役・麻路さき)(1991年1月、宝塚バウホール)
- 『恋人たちの肖像』- 新人公演・フリードリッヒ 役(本役・日向薫)(1991年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『紫禁城の落日』- 新人公演・溥儀 役(本役・日向薫)(1991年11月 - 12月、宝塚大劇場)
- 『It's my party!』(1992年11月 - 12月、宝塚バウホール)
- 『宝寿頌』- 獅子 役(1993年1月 - 2月、宝塚大劇場)
- 『サタディナイト・ロマンス』- エディ 役(1993年2月 - 3月、宝塚バウホール)
- 『うたかたの恋』- ジャン・サルヴァドル大公 役『パパラギ』タロファ男 役(1993年6月 - 8月、宝塚大劇場)(紫苑ゆう休演にともなう麻路さきの代役)
- 『秋・・・冬への前奏曲』- アンジェイ 役(1993年9月 - 10月、全国ツアー)
- 『ラ・トルメンタ』- フェデリコ 役(1993年12月 - 1994年1月、宝塚バウホール)
- 『若き日の唄は忘れじ』- 島崎与之助 役(1994年2月 - 3月、宝塚大劇場)
- 『カサノヴァ・夢のかたみ』- ルイ15世 役(1994年8月 - 9月、宝塚大劇場)
- 『燃える愛の翼』- マリオ・ディアス 役(1994年11月、宝塚バウホール)
- 『若き日の唄は忘れじ』- 小和田逸平 役(1995年2月、中日劇場)
- 『国境のない地図』- 渡瀬仁 役(1995年3月 - 5月、宝塚大劇場)
- 『剣と恋と虹と』- ジェラール 役『ジュビレーション!』 - 南極観測隊員A 役(1995年9月 - 11月、宝塚大劇場)
- 『Action!』- DJザ・キラー 役(1995年12月、シアター・ドラマシティ)
- 『二人だけが悪』- アレクセイ 役『パッション・ブルー』(1996年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『エリザベート』- フランツ・ヨーゼフ1世 役(1996年11月 - 12月、宝塚大劇場)
- 『誠の群像』- 山南敬助/榎本武揚 役『魅惑Ⅱ』(1997年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『Elegy 哀歌』- トリスタン 役(1997年9月、宝塚バウホール)
- 『ダル・レークの恋』- ペペル 役(1997年11月 - 12月、宝塚大劇場)
- 『皇帝』シーラヌス 役『ヘミングウェイ・レビュー』ジョー・ラッセル 役(1998年6月 - 8月、宝塚大劇場)
- 『イコンの誘惑』- レオナード 役(1998年8月 - 9月、宝塚バウホール)
- 『聖夜物語』- フランク 役(1998年12月、シアター・ドラマシティ)
- 『ウエストサイド物語』- トニー 役(1999年2月 - 3月、宝塚大劇場)
- 『我が愛は山の彼方に』 - 朴秀民 役『グレート・センチュリー』(1999年10月 - 11月、宝塚大劇場)
- 『Love Insurance』- レイ・モンゴメリー 役(2000年3月、シアター・ドラマシティ)
- 『黄金のファラオ』- セティ 役『美麗猫(ミラキャット)』(2000年5月 - 6月、宝塚大劇場)
- 『花の業平』- 在原業平 役『夢は世界を翔けめぐる』(2001年1月 - 2月、宝塚大劇場)
- 『ベルサイユのばら 2001』- オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(2001年3月 - 5月、東京宝塚劇場)
- 『風と共に去りぬ』 - レット・バトラー 役(2001年6月 - 8月、全国ツアー)
- 『ベルサイユのばら 2001』- オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ(2001年8月 - 10月、宝塚大劇場)*退団公演
[編集] スター像
持ち前のダイナミックなダンスに加え、華やかさと柔らかな気品をそなえたダンサー型男役であった。ダンサー型娘役・星奈優里とコンビを組む。手足の長さは有名でスタイルを活かした衣装の着こなし、立ち姿の美しさには定評があった。また、得意のダンスに留まらずコメディエンヌとしての才能も発揮し、観客を沸かせた。 同時期にトップをつとめた愛華みれ・真琴つばさ・轟悠とともに4組同期生トップとして話題になる。
一方、オフではイラストも得意だった。 高校時代イラストレーターに就く事を真剣に考えていた時期があり、美術大学受験者向けのゼミに通い、研鑽(ただし宝塚音楽学校受験の際、ゼミからは『うちのゼミから芸人は出したくない』と稔に苦言があったという)。 宝塚時代は『歌劇』『宝塚グラフ』などで幾度となく稔の完成度高い技量と茶目っ気たっぷりな作風があふれたイラストが誌上に掲載され、読者にも好評を博した。
星組の先輩であった紫苑ゆうのことを永年大変慕っており、特にトップ就任後の稔の芸風や化粧・所作にコスチューム・プレイや貴族・偉人などの役どころを得意とした紫苑の影響が大いに反映されていたことも特徴であった。
長年に渡り“星の王子様”と親しまれていたことから、東京でのサヨナラ公演・千秋楽の楽屋入りの際、本物の白馬にまたがりオフィス街の角から登場し別れを惜しむファンを驚かせた。
[編集] 退団後の活動
現在はアーティストとして絵本の挿絵などで活躍。また、宝塚での活動を生かし、ディナーショーやトークショー、司会業なども。
宝塚歌劇団入団から20年、また出産を機に、「NORU」という名をメインに活動することになる。
明記は「NORU」「のる」または「NORU/稔 幸」
[編集] 関連項目
- 神奈川県出身の人物一覧
- 峰さを理(稔入団時の星組トップスター)
[編集] 外部リンク
| 宝塚歌劇団星組主演男役 |
||||||||||||||
|
|
|
||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||
|
|||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||

