空襲
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空襲(くうしゅう)とは、飛翔物による対艦・対地攻撃の総称である。航空攻撃もほぼ同義である。爆撃、機銃掃射等の行為が含まれる。爆撃は特に空爆と呼ぶ。原子爆弾などの核兵器を用いた核爆撃を含む戦略爆撃もこれに当たる。
太平洋戦争中のアメリカ軍による日本本土への空襲については日本本土空襲を参照。
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[編集] 歴史
[編集] 第一次世界大戦
航空機が初めて戦場に現れたのは1911年の伊土戦争である。第一次世界大戦では着弾観測などの傍ら、対地攻撃にも従事した。始めのうちは航空爆撃に適した爆弾の開発や製造体制が整っていなかったため、釘、石、レンガなどを投下するケースもあったという。本格的な空襲を初めて実施したのは第一次世界大戦中のドイツである。有名なものに飛行船「ツェッペリン」によるロンドン空襲があり、後に爆撃機ゴータGを開発し、航空機からの爆撃を行った。飛行機からの世界最初の爆弾による爆撃は1911年にドイツ軍の軽飛行機タウベによって行われたバルカン爆撃と1914年のパリ爆撃である[1]。さらに英独両国とも、数トンの爆弾搭載量を持つ重爆撃機の開発を進めていたが、実用化前に終戦となった。
[編集] 第二次世界大戦
戦間期には、スペイン内戦におけるコンドル軍団によるゲルニカ空襲、日中戦争における日本軍による渡洋爆撃や重慶爆撃など、本格的な航空作戦が行われるようになった。もともと空軍を独立して存在させていた国としてはイギリスやナチス・ドイツがあり、日本やアメリカ合衆国では陸軍と海軍がそれぞれ航空部隊を所有していた。第一次世界大戦末期から、少数の航空機による攻撃が数万の地上軍や海上の大艦隊に対して、効果的であると既に予想されていたためである。
第二次世界大戦では日本海軍が真珠湾攻撃により航空機による対艦攻撃(急降下爆撃)の威力を証明した。対地攻撃においてもドイツのユンカースJu-87スツーカ急降下爆撃機がヨーロッパ戦線において戦車の天敵として広く認識される戦果を挙げるなど制空権(航空優勢)が戦場を制する鍵となり、また大型の爆撃機が開発され、東京大空襲やドレスデン爆撃を例とする戦略爆撃が日本やドイツの国土を焼き尽くして継戦能力を低下させた[2]。戦略爆撃では、枢軸国側・連合国側ともに、工業地帯の爆撃には破壊弾を主とした[要出典]が、住宅地域の爆撃では焼夷弾を主として都市火災の発生を狙っており、非戦闘員の殺傷が目的であったことが明らかである。
[編集] 現代
現代戦においては巡航ミサイルの開発により、航空機による攻撃だけではなくミサイルによる攻撃も多用される。特に開戦第一撃においては敵の防空システムが稼動している中での作戦となるため、味方の損害を極小化するために巡航ミサイル攻撃が多用される。その段階においての主要攻撃目標は後に続く航空機による損害を減少させるために、まず敵防空システムの破壊及び組織的抵抗力を減少させるための指揮通信系統の破壊となる。
戦争における航空機の比重は高まる一方である。また低烈度紛争への介入においても、航空攻撃は自軍の犠牲や負担を少なくして相手にダメージを与える方法として、多用される傾向がある。さらに、都市への航空攻撃は敵国民へ戦況の不利を決定的に示唆することでもあり、心理戦としても非常に重要である。だが、旧来のような無差別爆撃は世界の世論から批判を浴びることが多くなり、また、精確に特定の地点を爆撃できるようになったことから、第二次世界大戦で実施されたような無差別爆撃は行なわれなくなった。
航空攻撃は、各国の安全保障上、陸戦、海戦を決定的に左右し、優勢に戦局を運ぶことができるため、最も重要な作戦のひとつに位置づけられている。爆撃機を保有することは先制攻撃能力を持つこととして、日本などのような専守防衛の方針をとる国は保有していない[3]。現在の防衛政策としては敵地攻撃は専ら日米安保条約に基づく米軍の役目と位置づけられているので、自衛隊ではその能力をほとんど保有していない。
[編集] 脚注
- ^ www.ohtm.org(英語)
- ^ ドイツや日本の降伏数ヶ月前まで、こうした戦略爆撃は継戦能力にほとんど影響しなかったとする説もある。
- ^ ただし、三菱F-2支援戦闘機が500ポンド爆弾を12個、もしくはクラスター爆弾4個を装備可能である等、自衛隊が爆撃能力をまったく有していないわけではない。この場合の爆撃能力とは、先制攻撃目的でなく、あくまでも侵略を受けた際に敵上陸部隊を撃破することが目的である。
[編集] 参考文献
- A・C・グレイリング『大空襲と原爆は本当に必要だったのか』河出書房新社、2007年、ISBN 978-4309224602





