竹脇無我

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たけわき むが
竹脇 無我
本名 竹脇 無我
生年月日 1944年2月17日(65歳)
出生地 日本の旗日本
民族 日本人
血液型 A
職業 俳優
主な作品
テレビドラマ
姿三四郎
江戸を斬る 梓右近隠密帳
大岡越前
映画
人生劇場

竹脇 無我たけわき むが1944年2月17日 - )は千葉県我孫子市出身の俳優。アクターズ・セブン所属。

目次

[編集] 来歴・人物

ニュース映画解説者の竹脇昌作の三男として生まれる。最初は「宇宙」という名前を父からつけられる予定であったが母の反対で「無我」という名前になった。青山学院大学法学部卒業。父の自殺や次兄の死などによる家計の助けのために、1960年に松竹映画『しかも彼等は行く』でデビュー。映画『人生劇場』、テレビドラマ姿三四郎』で一躍スターとなり、クールな二枚目のイメージを確立させた。石原プロモーションに在籍していた時もあったが、1971年に退社している。

テレビドラマ『だいこんの花』、『大岡越前』、『おやじのヒゲ』などに出演。『岸辺のアルバム』では八千草薫の不倫相手を演じた。『だいこんの花』で初めて共演した森繁久彌のことをオヤジと慕い、多くの森繁作品に出演している。

美声であったことから女性ファンが多く、「知的で優しい」「理想の夫ナンバーワン」と呼ばれていた。だが、外面と内面とのギャップに悩まされ、気の休まらない日々が続いた。

俳優として円熟味が増してきた矢先、友人の松山英太郎食道癌で死去したショックと二枚目を演じるストレスなどにより49歳ごろからうつ病を患う。自殺の衝動を酒で抑え、テレビドラマや舞台に立ち続けるが、セリフが全く頭に入らなくなり、声をテープに吹き替えなければならないほどに悪化した。その後糖尿病を併発、入院を余儀なくされる。入院が元となり、娘からのサポートや森繁久彌と加藤剛からの手紙を見て心の励みとなりうつ病の治療に専念できるようになった。

8年間の闘病生活の末に復帰し、闘病体験を語れるまでになった。現在は、テレビドラマや舞台などで活躍している。

[編集] 出演作

[編集] 映画

  • しかも彼等は行く(1960年)- 井上梅吉 役
  • めぐり逢う日まで(1961年)- 横山晃 役
  • 京子の初恋 八十八夜の月(1962年)- 三島明 役
  • 千客万来(1962年)- 前川孝一 役
  • パラキン九ちゃん 申し訳ない野郎たち(1962年)- 工藤 役
  • 晴子の応援団長(1962年)- 岡部一郎 役
  • 「可否道」より なんじゃもんじゃ(1963年)- 高畑 役
  • 男の影(1964年)- 長谷川義夫 役
  • 乾いた花(1964年)- 歌手 役
  • 忍法破り 必殺(1964年)- 栗田兵七郎 役
  • 暗殺(1964年)- 宮川進吾 役
  • 恋人よ(1964年)- 川村 役
  • アンコ椿は恋の花(1965年)- 南修一 役
  • 青雲やくざ(1965年)-  小牧信次 役
  • おゝ猛妻(1965年)- 山川賢 役
  • 馬鹿っちょ出船(1965年)- 島田良介 役
  • 続青雲やくざ 怒りの男(1965年)- 小牧信次 役
  • サラリーマンの勲章(1965年)- 北中寿夫 役
  • 呼んでるぜあの風が(1965年)- 川北小六 役
  • 火の太鼓(1966年)- 与之吉 役
  • 天下の快男児(1966年)- 小野浜次郎 役
  • 望郷と掟(1966年)- 留次 役
  • フォークで行こう 銀嶺は恋してる(1966年)- 亘軍平 役
  • 日本ゼロ地帯 夜を狙え(1966年)- 衆木直也 役
  • かあちゃんと11人の子ども(1966年)- 善作 役
  • 汐風の中の二人(1966年)- 浅海健太 役
  • 熱い血の男(1966年)- 榊拓次 役
  • 男の魂(1966年)- 仙波三郎 役
  • 神火101 殺しの用心棒(1966年
  • 九ちゃんのでっかい夢(1967年)- 平清彦 役
  • また逢う日まで 恋人の泉(1967年)- 竹田正敏 役
  • 若社長大奮戦(1967年)- 丹下次郎 役
  • 大番頭小番頭(1967年)- 原野正二郎 役
  • 女の一生1967年)- 芳吉 役
  • 若社長レインボー作戦(1967年)- 丹下次郎 役
  • 爽春(1968年)- 小林一人 役
  • 虹の中のレモン(1968年)- 前田健 役
  • 夜明けの二人(1968年)- 沢本明 役
  • ケメ子の唄(1968年)- 桂次郎 役
  • 結婚します(1969年)- 北川浩太郎 役
  • わが恋わが歌(1970年)- 次男健次 役
  • 夕陽が呼んだ男(1970年)- 相良優一 役
  • 姿三四郎(1970年)- 姿三四郎 役
  • 青春大全集(1970年)- 阿部吾郎 役
  • 人生劇場1972年) - 青成瓢吉役
  • 花と竜(1973年)- 玉井勝則 役
  • 流れの譜(1974年)- 菅原忠淳 役
  • 球形の荒野(1975年)- 添田彰一 役
  • 水戸黄門(1978年)- 加賀藩士石川隼人役
  • 小説吉田学校1983年)- 佐藤栄作
  • 化粧(1984年)- 椎名 役
  • 姉妹坂(1985年)- 岩城 役
  • 植村直己物語(1986年)- 石山 役
  • おれは男だ!完結編(1987年)
  • 五重塔(2007年)- 熊谷常光寺 老円上人 役
  • 次郎長三国志2008年

[編集] テレビドラマ

[編集] その他のテレビ番組

[編集] CM

[編集] 著書

  • 上島国利監修『凄絶な生還 - うつ病になってよかった』(マキノ出版、2003年)

[編集] その他

  • 2001年3月1日放映の『笑っていいとも!』出演時、「うちの事務所の井澤健イザワオフィス社長)って人は凄い人でね、あの人だけは尊敬できるんですよ」語り、また、「自分の名前を若い人が半分くらいしか分からない」で落ち込み、終盤の方では「これで、また名前を覚えてもらえる」とテンション高く語っていた。
  • 1995年、当時新日本プロレス所属(現、無我ワールド・プロレスリング所属)の藤波辰爾は「プロレスの原点回帰」の理想を掲げ、「無我」という興行を立ち上げた。翌年、みちのくプロレスザ・グレート・サスケはこれに対抗し、10月、両国国技館で「竹脇」なる興行を行った。当時のサスケはそれらしい説明をしていたが、当然、竹脇無我に由来する興行名である。
  • アグネス・チャンは日本デビュー以前は竹脇のファンであったと公言している。日本に来て吹き替えドラマではない生の竹脇の声を聞き、感動したという。
  • 神田正輝ら後輩からは無我爺と呼ばれ、慕われている。
  • サタデースクランブルでコメンテイターとして登場していたが降板している。
  • ためしてガッテンに出演した際、魚の切り方について持論を強く語っていた。

[編集] 関連項目

最終更新 2009年11月18日 (水) 10:26 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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