第一〇三号型輸送艦
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| 第一〇三号型輸送艦 | |
|---|---|
![]() 第151号輸送艦 |
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| 艦級概観 | |
| 艦種 | 輸送艦 |
| 艦名 | 番号名 |
| 前級 | |
| 次級 | |
| 要目 | |
| 排水量 | 基準:870トン |
| 全長 | 垂線間長:72.00m |
| 全幅 | 9.10m |
| 吃水 | 2.94m |
| 機関 | ホ号艦本式缶[1] 2基 艦本式甲二五型 オール・ギヤードタービン1基1軸 2,500馬力 |
| 速力 | 16ノット |
| 航続距離 | 16ノットで1,000海里(往路) 14ノットで1,700海里(復路) |
| 燃料 | 重油:208トン[1] |
| 乗員 | 100名(計画) |
| 兵装 | 3年式8cm単装高角砲1門 96式25mm3連装機銃2基[2] 爆雷12個(推定) |
| その他 | 搭載能力:220トン |
第一〇三号型輸送艦(だいひゃくさんごうがたゆそうかん)は、大日本帝国海軍の輸送艦の艦級のひとつ。二等輸送艦に類別される。砂浜に接岸して船首の渡し板から部隊を上陸させる、戦車揚陸艦の一種にあたる。一部は陸軍にも供給された。なお、二等輸送艦には、第103号型とは搭載機関の異なる第一〇一号型輸送艦が存在するが、機関関係以外は共通の仕様のため、第101号型についても本項で取り扱うこととする。両型を区別せず二等輸送艦やSB艇とだけ呼ばれることも多い。
目次 |
[編集] 概要
日本海軍は、従来、揚陸艦のような輸送艦艇をほとんど保有していなかった。しかし、太平洋戦争勃発後、ガダルカナル島の戦いなどで前線への輸送任務の困難を感じた日本海軍は、敵の制空権下を高速で突破できる専用輸送艦の開発に着手した。その中で、戦車などの車両を急速に揚陸させられる輸送艦として開発されたのが、本型を含む二等輸送艦である。連合国軍側の揚陸艦艇では中型揚陸艦(LSM、en:Landing Ship Medium)に近い規模である。
基本設計のみ艦政本部が行い、詳細設計は呉海軍工廠に一任する異例の方式がとられた。設計にあたっては、ドイツから1943年に提供された、イギリス軍の戦車揚陸艇LCT-Mk.5の図面が参考とされた。1943年9月に建造が正式決定された。
外見は、広い前部甲板と艦後部の艦橋という米国の戦車揚陸艦(LST)に類似した姿であるが、艦首の構造はLSTのような観音開き式ではなく、LCTや大発動艇などの上陸用舟艇と同じような平面形状であった。揚陸の際には艦首の平面が前方に倒れて渡し板となり、艦内の格納庫の車両が発進できる構造になっている。格納庫のほか上甲板にも車両が搭載でき、上扉と称する上甲板の一部が斜めに降りてスロープとなり、揚陸出来るようになっていた。一応の単独航行能力を持つ設計ではあったが、平らな艦首の箱型船型のためあまり航洋性は高くなかった。波の穏やかな南方の島嶼地帯での運用を想定したためで、波の荒い日本近海などを航行するときには晴天時を選ぶ計画であった。
敵の制空権下に突入しての強行輸送を想定したため、武装は充実したものとされている。さらに高速を発揮できるタービン機関を主機に採用し、2500馬力で公試速力17ノットを記録した。後述のディーゼル主機装備の第101号型と区別するため、タービン主機装備のSB艇の意味でSB(T)と呼ばれる。
直接接岸しての揚陸を目的とした艦であるが、上陸用舟艇である10m特型運貨船(小発)も装載艇として搭載していた。これは、接岸地点掩護のための先遣要員揚陸や、前路警戒の目的で搭載されたものである。
建造には戦標船などに導入されつつあったブロック工法がとられ、かなり短期間で竣工させることができた。そのため、1943年秋から終戦までの間で63隻もの多数を完成させることに成功している(他に未成9隻)。
なお、計画の途中から陸軍との交渉が行われた結果、陸軍の類似船であるSS艇との共用化が図られ、陸軍が資材提供を行う代わりに陸軍向けにも供給されることが決定した。これにより、後述のように22隻が陸軍へと移管されている。
搭載量は、九七式中戦車なら9台、九五式軽戦車なら14台、特二式内火艇なら7台が搭載できた。
対空火器は艦尾に8cm高角砲1門、機銃は艦橋両舷に25mm3連装機銃が各1基搭載されているだけだったが、マリアナ沖海戦後に他の軍艦と同様、機銃増備がなされた。装備状況は艦によって違いがあるが、25mm連装機銃が艦橋前に新設された機銃台と艦尾甲板上に各1台装備され、また艦上の空いたスペースに単装機銃が11挺前後装備された。
[編集] 運用と戦歴
海軍では、一等輸送艦とあわせて輸送専門部隊である輸送戦隊を2個編成した。レイテ島の戦いをはじめフィリピン方面などでの輸送任務に投入され、その特徴を生かして戦車部隊の輸送も行っている。当初の計画では想定されなかった波の荒い日本近海でも、補強工事の上で使用され、硫黄島への輸送を行うなどしている。危険な任務に多用されたため、多数が戦没した。
陸軍へは22隻が引き渡され、船舶兵用の機動艇として使用された。陸軍にとっては不慣れなタービン機関を主機としていたため、運用は難航したと言われる。
終戦時に航行可能な艦は特別輸送艦となり復員輸送に従事した後、賠償艦として引き渡されるか、解体された。
[編集] 第一〇一号型輸送艦
第103号型の主機を、タービン機関からディーゼル機関に変更した略同型である。二等輸送艦の初期生産分6隻について、本来のタービン機関の生産が間に合わなかったため、駆潜特務艇用などに生産されたディーゼル機関を装備した。400馬力と低出力の機関であったため主機を3機装備し、スクリュー3基の3軸推進艦となった。ディーゼル主機装備のSB艇の意味で、SB(D)と称した。機関変更した略同型という意味では、海防艦の丙型(ディーゼル主機)と丁型(タービン主機)の関係と類似している。
基本設計は第103号型と同じであるが、機関出力低下により最高速力が2.6ノット低下しているほか、両舷にスクリューがあるために離岸時の操艦が困難であったといわれる。ただし、燃費は大きく向上している。また、缶室が不要になったので、その分だけ物資搭載能力は103号型の220トンから250トンに増加した。
[編集] 要目(計画時)
- 基準排水量:950トン
- 垂線間長:第103号型に同じ
- 吃水:2.89m
- 主機:中速400馬力ディーゼル×3
- 出力:1200馬力
- 速力:13.4ノット
- 燃料搭載量:重油 68トン
- 航続力:3000海里(13.4ノット)
- 搭載能力:250トン
- 兵装:第103号型に同じ
- 乗員:90名
[編集] 同型艦
- 艦番号 - 竣工日(造船所)。喪失日、原因(場所)。またはその後の様子。
造船所は大阪=大阪造船所、川南浦崎=川南工業浦崎造船所、佐世保=佐世保海軍工廠、日立向島=日立造船向島工場、佐野安=佐野安船渠。
艦番号に**の付いた艦は101号型(ディーゼル主機艦)、無印は第103号型(タービン主機艦)。また括弧付きの艦は陸軍機動艇。
- 第101号** - 1944年3月8日竣工(大阪)。1944年10月28日喪失、航空機(11 03N 123 05E、オルモック)。
- 第102号** - 1944年3月15日竣工(大阪)。1944年10月26日喪失、航空機(ネグロス島西方)。
- 第103号 - 1944年4月30日[3]竣工(大阪)。1944年7月4日喪失、航空機(27 05N 142 09E、硫黄島)。
- 第104号 - 1944年5月25日竣工(大阪)。1944年12月15日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- 第105号 - 1944年6月15日竣工(大阪)。1944年10月11日喪失、米潜「トレパン」(静岡県南方)。
- 第106号 - 1944年6月30日竣工(大阪)。陸軍機動艇として竣工、1944年9月5日海軍に移管。1944年12月15日喪失、航空機(ルソン島リンガエン湾)。
- 第107号 - 1944年7月20日竣工(大阪)。陸軍機動艇として竣工、1944年9月5日海軍に移管。1945年1月5日喪失、交戦(母島西岸)。
- 第108号 - 1944年7月31日竣工(大阪)。陸軍機動艇として竣工、1944年9月5日海軍に移管。終戦時香港で小破状態。
- (第109号) - 1944年6月1日、陸軍に移管。8月15日竣工(大阪)。
- 第110号 - 1944年9月5日竣工(大阪)。横須賀で終戦。復員輸送艦。1947年10月17日シンガポールで英国へ引き渡し。同地で解体と言われる。
- 第111号 - 1944年9月15日竣工(大阪)。1944年11月24日喪失、航空機(フィリピン・マスバテ島)。
- 第112号 - 1944年10月5日竣工(大阪)。1945年1月7日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- 第113号 - 1944年10月15日竣工(大阪)。1944年11月25日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- 第114号 - 1944年10月30日竣工(大阪)。1945年2月17日喪失、航空機(台湾沖)。
- 第115号 - 1944年11月13日竣工(大阪)。1945年2月17日、カミング島で座礁。
- (第116号から第124号) - 陸軍機動艇として竣工(大阪)。
- (第125号) - 陸軍機動艇、未成(大阪→佐野安)。
- (第126号) - 陸軍機動艇、未成(大阪)。
- 第127号** - 1944年2月24日[4]竣工(川南浦崎)。1944年9月25日喪失、航空機(ルソン島付近)。
- 第128号** - 1944年3月18日竣工(川南浦崎)。1944年6月4日喪失、航空機(モロタイ島付近)。
- 第129号 - 1944年5月12日竣工(川南浦崎)。1944年8月14日喪失、米潜「コッド」(バンダ海)。
- 第130号 - 1944年6月3日竣工(川南浦崎)。1944年7月4日喪失、航空機(硫黄島付近)。
- 第131号 - 1944年6月24日竣工(川南浦崎)。1945年1月12日、航空機(サイゴン付近)?。1945年2月10日除籍、雑役船第一黒潮になる。
- 第132号 - 1944年7月10日[5]竣工(川南浦崎)。1944年12月27日喪失、交戦(硫黄島)。
- 第133号 - 1944年7月4日竣工(佐世保)。1944年8月4日喪失、航空機(硫黄島)。
- 第134号 - 1944年7月15日竣工(川南浦崎)。1944年10月4日、擱座(硫黄島)。
- 第135号 - 1944年7月25日竣工(川南浦崎)。1944年10月18日喪失、航空機(フィリピン・ラボック湾)。
- 第136号 - 1944年8月20日竣工(川南浦崎)。1944年10月18日喪失、航空機(フィリピン・ラボック湾)。
- 第137号 - 1944年8月28日竣工(川南浦崎)。佐世保で終戦。復員輸送艦。1947年10月3日ソ連に引き渡し。
- 第138号 - 1944年9月4日竣工(川南浦崎)。1944年10月26日喪失、米潜「キングフィッシュ」(硫黄島付近)。
- 第139号 - 1944年9月25日竣工(川南浦崎)。1944年11月12日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- 第140号 - 1944年10月14日竣工(佐世保)。1945年1月12日喪失、航空機(サイゴン)。
- 第141号 - 1944年10月19日竣工(佐世保)。1944年11月24日喪失、航空機(フィリピン・マスバテ)。
- 第142号 - 1944年11月2日竣工(川南浦崎)。1944年11月25日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- 第143号 - 1944年11月25日竣工(川南浦崎)。1945年2月8日、座礁(澎湖島)。1945年3月22日座礁中に敵機が墜落、炎上大破。
- 第144号 - 1944年12月1日竣工(川南浦崎)。上海で終戦。
- 第145号 - 1945年1月25日竣工(川南浦崎)。当初は陸軍機動艇、1945年1月25日に海軍移管。1945年4月4日、奄美大島で座礁大破。
- 第146号 - 1944年12月30日竣工(川南浦崎)。当初は陸軍機動艇、1945年1月25日に海軍移管。1945年4月28日喪失、米潜「トレパン」(五島列島南方)。
- 第147号 - 1945年1月25日竣工(川南浦崎)。当初は陸軍機動艇、1945年1月25日に海軍移管。横須賀で終戦。復員輸送艦。1947年11月13日、米国に引き渡し、1948年2月から3月に因島で解体。
- 第148号 - 1945年1月31日竣工(川南浦崎)[6]。
- 第149号** - 1944年2月20日竣工(日立向島)。1945年1月12日、航空機(サンジャック)。1945年2月10日除籍、雑役船第二黒潮になる。
- 第150号** - 1944年3月10日竣工(日立向島)。1944年7月27日喪失、航空機(パラオ近海)。
- 第151号 - 1944年4月23日竣工(日立向島)。1944年12月23日喪失、米潜「ベスゴ」(パラワン島北方)。
- 第152号 - 1944年5月25日竣工(日立向島)。1944年8月4日喪失、航空機(硫黄島)。
- 第153号 - 1944年6月15日竣工(日立向島)。呉で終戦、触雷で航行不能状態。
- 第154号 - 1944年7月5日竣工(日立向島)。1945年1月5日喪失、交戦(硫黄島)。
- 第155号 - 1944年7月19日竣工(日立向島)。1944年9月5日、陸軍機動艇に変更。
- 第156号 - 1944年8月5日竣工(日立向島)。1944年9月5日、陸軍機動艇に変更。
- 第157号 - 1944年8月19日竣工(日立向島)。1944年12月24日喪失、交戦(硫黄島)。
- 第158号 - 1944年9月4日竣工(日立向島)。1944年10月10日喪失、航空機(那覇)。
- 第159号 - 1944年9月16日竣工(日立向島)。1944年12月11日喪失、陸上からの砲撃(オルモック)。
- 第160号 - 1944年9月30日竣工(日立向島)。1944年11月24日喪失、航空機(フィリピン・マスバテ)。
- 第161号 - 1944年10月14日竣工(日立向島)。1944年11月25日喪失、航空機(ルソン島西岸)。
- (第162号) - 1944年10月23日、陸軍機動艇として竣工(日立向島)。
- (第163号) - 1944年10月31日、陸軍機動艇として竣工(日立向島)。
- 第164号 - 未成(大阪)。
- 第165号 - 未成(大阪)。
- 第172号 - 1945年3月10日竣工(川南浦崎)。佐世保で終戦、復員輸送艦。1947年10月3日中国に引き渡し。
- 第173号 - 1945年4月1日竣工(川南浦崎)。1945年5月22日喪失、航空機(南西諸島)。
- 第174号 - 1945年7月14日竣工(川南浦崎)。佐世保で終戦。復員輸送艦。主機損傷のため1948年解体。
- 第175号 - 未成(川南浦崎)。戦後解体。
- 第176号 - 未成(川南浦崎)。
- (第184号から第188号) - 陸軍機動艇として竣工(日立向島)。
[編集] 脚注
- ^ い ろ 1945年(昭和20年)1月以降の建造艦は石炭専焼とする。
- ^ 1944年6月以降は機銃を増備。
- ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年5月1日竣工。
- ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年2月28日竣工。
- ^ 『写真 日本の軍艦 第13巻』による。『昭和造船史』によると1944年6月28日竣工。
- ^ 『昭和造船史』による。『写真 日本の軍艦 第13巻』に記載なし。
[編集] 参考文献
- 歴史群像 太平洋戦史シリーズ62『帝国の艦船』学習研究社。162-165p。
- 『世界の艦船 増刊第47集 日本海軍特務艦船史』海人社、1997年3月号増刊、第522集。
- 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第13巻 小艦艇I』光人社、1990年。 ISBN 4-7698-0463-6
- 福井静夫『福井静夫著作集第10巻 日本補助艦艇物語』光人社、1993年。 ISBN 4-7698-0658-2
- 日本造船学会『昭和造船史 第1巻』第3刷、原書房、1981年。 ISBN 4-562-00302-2
[編集] 関連項目
- 第一号型輸送艦(一等輸送艦)
- 機動艇
- 戦車揚陸艦
- 大日本帝国海軍艦艇一覧
[編集] ギャラリー
最終更新 2009年11月25日 (水) 18:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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