第一機動艦隊

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第一機動艦隊(だいいちきどうかんたい)とは、日本海軍1944年(昭和19年)3月1日に編成した艦隊である。

目次

[編集] 概要

水上打撃部隊である第二艦隊と機動部隊である第三艦隊を統括指揮した。 第一機動艦隊司令長官は第三艦隊司令長官を兼任している。

[編集] 用兵

強力な砲撃力と防御力を持つ第二艦隊が前衛部隊として先頭に立ち、その後方に大規模航空兵力を持つ第三艦隊が本隊配置された。

  • 敵艦隊を発見次第、第三艦隊から攻撃隊が発進してこれを叩き、弱った敵艦隊に第二艦隊が突撃して止めを刺す
  • 敵艦隊に発見された際は、前衛の第二艦隊が敵の攻撃を引き付け、第三艦隊への被害を最小限にとどめる

というソロモンの戦いから導入された水上部隊の運用方針がそのまま導入された。

[編集] 歴史

海軍において根強かった艦隊決戦主義や大艦巨砲主義に基づく編成の方針転換もあり、昭和19年2月に戦鑑中心の第一艦隊が解散されたこともあり、空母等の機動力を主力にすべく、第一航空艦隊の後継で空母主力だった第三艦隊を中心に翌3月に創設された。

第一機動艦隊としての初陣は同年6月19日から20日のマリアナ沖海戦であるが、この戦いで300機以上の航空機を失ってしまい、機動部隊としての体をなさなくなってしまう。また、第三艦隊から発進した攻撃隊が第二艦隊の上空を通過して敵艦隊に向かう際、第二艦隊から誤射を受け被害を出すなど用兵が裏目に出てしまう。

マリアナ沖での敗北後艦隊は本土に戻るが、捷号作戦準備のため第二艦隊は南方に移動、第三艦隊は本土待機となる。同年10月23日から25日のレイテ沖海戦に両艦隊が参加するも、第三艦隊はエンガノ岬沖海戦で出撃した空母4隻全てが撃沈され、第二艦隊も艦艇の多くを失ってしまう。

第三艦隊は出撃した空母全てを失ったことで機動部隊としての作戦が取れなくなったことから解隊となり、機動部隊を失った第一機動艦隊も同日解隊された。

残された第二艦隊は聯合艦隊の隷下に移され、沖縄戦における坊ノ岬沖海戦で壊滅した。

[編集] 歴代司令長官

  1. 小沢治三郎中将 昭和19年3月1日~昭和19年11月15日(解隊)

[編集] 歴代参謀長

  1. 古村啓蔵少将 昭和19年3月1日~
  2. 大林末雄少将 昭和19年10月1日~昭和19年11月15日(解隊)

[編集] 主要隷下部隊

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最終更新 2009年5月26日 (火) 13:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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