第七二一海軍航空隊
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第七二一海軍航空隊(だい721かいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊の一つ。特攻ロケット桜花による唯一の実施部隊として、太平洋戦争終盤に沖縄戦線の対艦突入攻撃に従事した。通称「神雷部隊」。
なお、桜花訓練部隊として編成され、実戦を経験しなかった第七二二海軍航空隊・第七二五海軍航空隊も本稿で述べる。
目次 |
[編集] 沿革
特攻兵器として開発された桜花の部隊運用を図るために、百里原飛行場を基地として編制された唯一の特攻専門実施部隊である。鈍重な桜花を搬送するために母機として一式陸上攻撃機を採用し、護衛戦闘機を伴う戦爆連合隊として編成されたが、戦闘機隊の技量低下も著しく、戦闘機隊も爆装のうえで特攻攻撃に投入された。本拠地を谷田部飛行場に移して練成を進めたものの、練成は新編の第七二二海軍航空隊に譲り、鹿屋飛行場・喜界島飛行場に進出したうえで特攻攻撃に専念した。
- 昭和19年(1944年)
- 10月1日 百里原飛行場を原隊として編制、横須賀鎮守府直卒。陸上攻撃機48・艦上戦闘機24
- 11月7日 神ノ池飛行場に移転。
- 11月18日 連合艦隊直轄に転籍。
- 11月25日 桜花隊編成。
- 11月28日 信濃沈没に伴い、搭載して呉へ搬送中の桜花50機喪失。12月1日、桜花は呉に陸送。
- 12月6日 桜花整備隊、フィリピンに出発。
- 12月19日 新編成の第十一航空戦隊に編入。
-
- 雲龍沈没に伴い、フィリピンへ搬送中の桜花30機喪失。
- 昭和20年(1945年)
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- 桜花隊のフィリピン進出を断念し、沖縄に変更。20日、鹿屋飛行場に進出。
- 2月10日 第五航空艦隊新編。十一航戦を編入。
- 3月18日 九州沖航空戦勃発。3日にわたり九州に敵機動部隊艦載機襲来。戦闘機隊が迎撃、50機喪失。
- 3月21日 四国沖の機動部隊に向け第一神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻18・桜花15・戦闘機32)。母機ごと桜花全機撃墜・護衛戦闘機1喪失。戦果なし。
- 3月25日 爆装零戦隊(建武隊)を編成。
- 4月1日 沖縄上陸部隊に向け第二神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻6・桜花6)。LST1隻大破・輸送艦1隻小破。突入2を含め陸攻・桜花各4喪失。
- 4月2日 第一建武隊出撃(爆装零戦30)、揚陸艦1隻大破 突入機を含め4機喪失。
- 4月3日 第二建武隊出撃(爆装零戦22)、護衛空母ウェーク・アイランド大破。突入を含め6機喪失。
- 4月6日 第三建武隊出撃(爆装零戦19)、戦果なし・18機喪失。
- 4月7日 第四建武隊出撃(爆装零戦12)、正規空母ハンコック大破・突入1を含む9機喪失。
- 4月11日 第五建武隊出撃(爆装零戦16)、戦果なし・13機喪失。
- 4月12日 第三神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻8・桜花8)。駆逐艦マンナート・L・エイブル撃沈。同スタンレー大破。陸攻2機帰還。
- 4月14日 第四神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻7・桜花7)。全機喪失。
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- 第六建武隊出撃(機数不明)、戦果なし・6機喪失。
- 4月16日 第五神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻6・桜花6)。戦果なし・陸攻2・桜花1帰還。
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- 第七建武隊出撃(爆装零戦12)、戦果なし・9機喪失。
- 第八建武隊出撃(爆装零戦12)、戦果なし・5機喪失。
- 4月25日 谷田部海軍航空隊昭和隊・大村海軍航空隊神剣隊・元山海軍航空隊七生隊を編入。
- 4月28日 第六神風桜花特別攻撃隊攻撃隊出撃(陸攻4・桜花4)。戦果なし・陸攻2・桜花3帰還。
- 4月29日 第九建武隊出撃(爆装零戦12)、戦果なし・10機喪失。
- 5月4日 第七神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻7・桜花7)。駆逐艦シェイ撃破・陸攻2・桜花1帰還。
- 5月11日 第十建武隊出撃(爆装零戦4)、戦果なし・全機喪失。
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- 第八神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻4・桜花4)。駆逐艦ヒュー・W・ハッドリー撃破・陸攻1・桜花1帰還。
- 5月14日 第十一建武隊出撃(爆装零戦5)、戦果なし・全機喪失。
- 6月22日 第一神雷爆戦隊出撃(爆装零戦8)、戦果なし・7機喪失。
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- 第十神風桜花特別攻撃隊出撃(陸攻6・桜花6)。掃海駆逐艦エリソン・揚陸艦2籍撃破。陸攻2・桜花2帰還。
- 8月11日 第二神雷爆戦隊(爆装零戦5)、戦果なし・2機喪失。
終戦ぎりぎりまで特攻攻撃を継続したが、戦果には結びつかなかった。終戦とともに部隊は解散した。
[編集] 主力機種
[編集] 歴代司令
- 岡村基春(昭和19年10月1日-武装解除・解隊)
[編集] 第七二二海軍航空隊
練成部隊として1945年(昭和20年)2月15日に開かれた。七二一空が1月から鹿屋に転出したため、七二一空が使用していた谷田部飛行場の諸施設を継承して訓練に従事した。通称は「竜巻部隊」。沖縄地上戦で南九州防空を担った雷電戦闘機隊とまったく同じ通称であるが、こちらは谷田部飛行場敷地内の「竜巻山」を由来とする。神雷隊の要員補充のために訓練を継続していたが、最終的には銀河を母機とする特攻実戦部隊への成長を期待されていたと言われる。部隊として実戦の機会を得ずに終戦を迎え、解散した。
司令は2代。開隊した1945年(昭和20年)2月15日、初代司令鈴木正一が着任。3月8日、2代司令渡辺薫雄に交代し、解隊まで指揮を執った。
[編集] 第七二五海軍航空隊
母機を必要としないカタパルト射出式の桜花43型の要員を養成するため、比叡山東斜面に特設した射出台を使用した訓練部隊。訓練用桜花は休止中の比叡山鉄道坂本ケーブルによって搬入し、滑空着地機は近隣の大津海軍航空隊が収容することとなっていた。編成されたのは1945年(昭和20年)7月1日とかなり遅く、実戦の機会がないまま終戦を迎えた。なお、実機の桜花43型はコロネット作戦に備えて房総半島への配備を予定していた。
司令は竜巻部隊を指導した鈴木正一1代限りである。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年4月19日 (日) 12:15 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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