第1空挺団 (陸上自衛隊)
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| 第1空挺団 | |
|---|---|
| 創設 | 1958年(昭和33年)6月25日 |
| 所属政体 | |
| 所属組織 | |
| 部隊編制単位 | 団 |
| 兵種/任務/特性 | 空挺 |
| 人員 | 約1,900名 |
| 所在地 | 千葉県 船橋市 |
| 編成地 | 習志野 |
| 標語 | 精鋭無比 |
| 上級部隊 | 防衛庁長官直轄 - 東部方面隊 - 中央即応集団 |
| 担当地域 | 日本全国 |
第1空挺団(だいいちくうていだん、JGSDF 1st Airborne Brigade)は、陸上自衛隊の団のひとつで、陸上自衛隊唯一の空挺部隊。中央即応集団隷下で、千葉県船橋市の習志野駐屯地に団本部を置く。
近年の対テロ・ゲリラ等周辺事態対処の必要性が高まってきたことに伴い2007年3月、東部方面隊隷下から中央即応集団隷下に編成替えとなった。輸送機から落下傘等による降下を行い、空からの制圧を主な任務とする。
目次 |
[編集] 所在地
習志野駐屯地にあるため、習志野空挺と呼ばれる事が多い。駐屯地の住所は千葉県船橋市薬円台であり、船橋市習志野台や習志野市ではなく、駐屯地の名とその住所は一致しない。駐屯地の名は、かつて付近一帯が習志野と呼ばれていたことに由来する(明治天皇が1873年(明治6年)4月の陸軍演習行幸後、指揮官の篠原國幹少将を皇居に呼び、演習した土地を「習志野原」(「篠原に習え」の意味。正しくは「倣え」)と命名した。
駐屯地は国道296号(成田街道)沿いの船橋市と習志野市に隣接する住宅地の真ん中にあり、演習場の半分以上は八千代市高津となっている。また演習場の南側の境界はそのまま習志野市と八千代市との境界になっている。最寄駅は新京成線習志野駅、または東葉高速鉄道東葉高速線八千代緑が丘駅。
[編集] 沿革
- 10月:カーチス C-46で20名が初降下する。
- 1955年(昭和30年)1月:臨時空挺練習隊が創設される。
- 4月:臨時空挺練習隊習志野駐屯地に移駐。
- 8月:第1期生教育開始。
- 1956年(昭和31年)1月:第101空挺大隊編成完結。
- 8月:55式式傘(分離式)使用開始。
- 10月8日:島松演習場において第7混成団統裁で陸上自衛隊初の対空挺演習に対抗部隊として参加(~10月10日まで)。
- 1958年(昭和33年)1月:レンジャー集合訓練を開始。6月:第1空挺団の編成が完了。初代団長は、後に統合幕僚会議議長となった衣笠駿雄(陸士48期卒)である。
- 1961年(昭和36年)4月:60式主傘(分離式)使用開始。11月:自由降下の研究開始。
- 1962年(昭和37年)4月:第1期レンジャー課程教育が開始。
- 1969年(昭和44年)4月:第1期自由降下課程訓練を開始。
- 1972年(昭和47年)6月: C-1試験降下開始。
- 1973年(昭和48年)3月:空挺装甲輸送隊の編成が完了。
- 1982年(昭和57年)1月:空挺普通科群に第4中隊が新編される。
- 1984年(昭和59年)6月:C-130H ハーキュリーズ試験降下開始。
- 1994年(平成6年)7月:50万回無事故降下達成。
- 1995年(平成7年)7月:新自由降下傘(MC-4)使用開始。
- 2000年(平成12年)7月:12傘(空挺傘M696M1。フランス製。(藤倉航装でライセンス生産))
- 2002年(平成14年)3月:管理中隊や落下傘整備中隊、衛生隊および輸送小隊と統合し、後方支援隊が編成完結。
- 2004年(平成16年)3月:空挺普通科群を廃止し3個普通科大隊を新編。団本部中隊隷下の施設隊・通信小隊が独立中隊として編成完結。
- 2007年(平成19年)3月28日:東部方面隊隷下から中央即応集団隷下に編成替え。
[編集] 編成
2008年4月現在の空挺団の編成は団本部及び団本部中隊(自由降下課程を修了した隊員を中心とする降下誘導小隊、偵察小隊で編成され、先遣降下を任務とする)を中心とし、3個普通科大隊、特科大隊、通信中隊、施設中隊、後方支援隊(隊本部、整備隊、輸送小隊、衛生小隊、落下傘整備中隊)といった編成となっている。定員は1900人。
1999年、海外における邦人保護を目的とした50人規模の「誘導隊」が第1空挺団内にローテーション編成された。ほかに空挺教育隊があり、空挺隊員の育成はそこで行っている。
なお、昭和50年当時の隊員数は1350人で、団本部、普通科群、特科大隊等から成っていた(秦豊参議院議員質問主意書に対する昭和50年11月21日の三木武夫内閣総理大臣の答弁書)。
[編集] 部隊編成
※各大隊内本部中隊には情報小隊及び対戦車小隊が配置されている。
- 空挺特科大隊(本部中隊と2個射撃中隊からなる)120mm迫撃砲 RT配備
- 空挺後方支援隊(整備中隊、落下傘整備中隊、衛生小隊および輸送小隊)
- 空挺通信中隊
- 空挺施設中隊
- 空挺教育隊
[編集] 高級幹部
| 職名 | 氏名 | 階級 | 就任日 | 出身校・期 | 前職 |
|---|---|---|---|---|---|
| 団長(兼習志野駐屯地司令) | 永井昌弘 | 陸将補 | 2008年8月1日 | 防大25期 | 東北方面総監部幕僚副長 |
| 副団長 | 澤畠博 | 1等陸佐 | 2008年12月1日 | 防大22期 | 第35普通科連隊長 |
| 高級幕僚 | 大元宏朗 | 1等陸佐 | 2008年12月1日 | 防大26期 | 第11旅団司令部第1部長 |
[編集] 歴代団長
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校 期 |
前職 | 後職 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 衣笠駿雄 | 1958.6.25 1958.7.31 |
陸士48期 陸大55期 |
空挺教育隊長 | 陸上幕僚監部第3部研究班長 | 1等陸佐 |
| 2 | 渡邊利亥 | 1958.8.1 1963.3.15 |
陸士45期 陸大53期 |
陸上幕僚監部 第3部業務計画班長 |
東部方面総監部幕僚長 | 就任時1等陸佐 1961.1.1陸将補 |
| 3 | 片木良平 | 1963.3.16 1966.3.15 |
富士学校普通科教育部長 | 第1教育団長 | 就任時1等陸佐 196?.?.?陸将補 |
|
| 4 | 花見侃 | 1966.3.16 1968.3.15 |
陸士47期 陸大57期 |
第3師団副師団長 | 陸上幕僚監部付 | 1968.10.31陸将・退職 |
| 5 | 倉重翼 | 1968.3.16 1970.6.30 |
陸士52期 | 陸上幕僚監部第1部副部長 | 北部方面総監部幕僚長 | |
| 6 | 越智誠一 | 1970.7.1 1971.8.19 |
第1空挺団副団長 | 東部方面総監部幕僚長 | ||
| 7 | 八木正忠 | 1971.8.20 1973.3.15 |
富士教導団副団長 | 自衛隊体育学校長 | 就任時1等陸佐 1972.7.1陸将補 |
|
| 8 | 那須明 | 1973.3.16 1976.7.1 |
陸士54期 | 陸上幕僚監部監察官 | 退職 | 1975.7.1陸将 |
| 9 | 小林正信 | 1976.7.1 1980.3.16 |
陸士59期 関西大 |
第1空挺団副団長 | 第1師団長 戦略研究センター理事兼事務局長 |
1979.7.10陸将 |
| 10 | 若月勲 | 1980.3.17 1982.6.30 |
第10師団司令部幕僚長 | 北部方面総監部幕僚長 | 就任時1等陸佐 1980.7.1陸将補 |
|
| 11 | 水野智之 | 1982.7.1 1984.6.30 |
防大1期 | 第5師団司令部幕僚長 | 富士学校普通科部長 | |
| 12 | 小林英雄 | 1984.7.1 1986.7.31 |
中部方面総監部人事部長 | 第10師団副師団長 | 就任時1等陸佐 1985.3.16陸将補 |
|
| 13 | 楠元惇之 | 1986.8.1 1989.3.16 |
自衛隊愛知地方連絡部長 | 退職 | ||
| 14 | 木家勝 | 1989.3.16 1991.3.15 |
防大6期 | 北部方面総監部防衛部長 | 幹部候補生学校長 | |
| 15 | 土井義彦 | 1991.3.16 1993.6.30 |
防大7期 | 第9師団副師団長 | 東北地区補給処長 | |
| 16 | 山本勝 | 1993.7.1 1996.3.24 |
防大9期 | 自衛隊沖縄地方連絡部長 | 富士学校副校長 | |
| 17 | 高橋佳嗣 | 1996.3.25 1998.6.30 |
防大11期 | 幹部候補生学校学生隊長 | 体育学校長 | |
| 18 | 衣笠陽雄 | 1998.7.1 2001.1.10 |
防大13期 | 第6師団司令部幕僚長 | 関西補給処長 | |
| 19 | 直海康寛 | 2001.1.11 2002.3.21 |
防大16期 | 富士学校特科部長 | 幹部候補生学校長 | |
| 20 | 火箱芳文 | 2002.3.22 2003.3.26 |
防大18期 | 中部方面総監部幕僚副長 | 北部方面総監部幕僚長 | |
| 21 | 寺崎芳治 | 2003.3.27 2005.1.11 |
防大20期 | 陸上幕僚監部監理部 総務課庶務室長 |
東北方面総監部幕僚副長 | |
| 22 | 木野村謙一 | 2005.1.12 2006.8.3 |
防大23期 | 陸上幕僚監部人事部 人事計画課長 |
陸上幕僚監部 運用支援・情報部長 |
|
| 23 | 岡部俊哉 | 2006.8.4 2008.7.31 |
防大25期 | 陸上幕僚監部運用支援・情報部 運用支援課長 |
西部方面総監部幕僚副長 | |
| 24 | 永井昌弘 | 2008.8.1 |
防大25期 | 東北方面総監部幕僚副長 |
[編集] 空挺訓練生
- 空挺訓練生になるためにはいくつかの条件がある。
[編集] スポーツ
第1空挺団は、様々な大会に出場し、上位入賞の好成績を挙げている。実際に、富士山で行われる富士登山駅伝では、滝ヶ原自衛隊(富士教導団普通科教導連隊など)と毎年優勝争いをし、また自衛隊内での交流試合や大会などにおいても常に優勝している。またラグビーチームである習志野自衛隊は関東社会人リーグ1部に所属している。
[編集] モットー
- 風林火山。それぞれ各種の競技会に掛けている
- 降下の心構え
- 1 確実
- 2 機敏
- 3 細心
- 4 大胆
- 5 協同
- 前動続行
- いかなる犠牲があろうとも、任務遂行のため命令どおりに指示を続行すること。不屈の精神を現す。
- 空挺精神
空挺隊員は、強靭な意志と追随を許さない創意と挺身不難の気概とを堅持し、剛胆にして沈着、機に応じ自主積極的に行動し、たとえ最後の一員となっても任務の達成に邁進(まいしん)しなければならない。
[編集] 第1空挺団が登場する映画・ドラマ・小説作品
- 宣戦布告(映画)
- ミッドナイト・イーグル(映画)
- 右向け左!自衛隊へ行こう(映画)
- 第八空挺部隊 壮烈鬼隊長(映画)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月1日 (日) 02:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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