箕島対星稜 (第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦)
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箕島対星稜(第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦)(みのしまたいせいりょう(だい61かいぜんこくこうとうがっこうやきゅうせんしゅけんたいかい3かいせん))は、1979年8月16日に阪神甲子園球場で行われた和歌山県代表・和歌山県立箕島高等学校(以下、箕島高校、箕島)対石川県代表・星稜高等学校(以下、星陵高校、星陵)の試合。
延長18回、試合時間は3時間50分。テレビ中継における視聴率の高さや関連する書籍の多さなど、約30年が経過した2009年現在に至るまでこの試合を高校野球史上最高の試合と考えるファンが多い(理由および詳細は後述)[要出典]。
目次 |
[編集] 概要
箕島はこの年春の第51回選抜高等学校野球大会で優勝しており史上3校目、公立高校としては初の春夏連覇がかかっていた。戦力も石井毅-嶋田宗彦のバッテリーに箕島自慢の機動力を生かした打線が充実。対する星稜も、エースの堅田外司昭[1]に音重鎮らの打線が充実していた。この試合に勝利した箕島はそのまま同大会を制覇。その箕島を最も苦しめた星稜はその健闘ぶりが逆照射的に認識されることとなった。
[編集] 試合
先攻星稜、後攻箕島で16時06分試合開始。
| イニング | 両軍得点 | 内容 |
|---|---|---|
| 1回表 | 箕 0-0 星 | 先頭の加藤が安打で出て送るが後続が凡退で無得点。 |
| 1回裏 | 箕 0-0 星 | 二死から上野山の二塁打が出るが無得点。 |
| 2回表 | 箕 0-0 星 | 三者凡退。 |
| 2回裏 | 箕 0-0 星 | 三者凡退。 |
| 3回表 | 箕 0-0 星 | 三者凡退。 |
| 3回裏 | 箕 0-0 星 | 二死から嶋田が安打で出て盗塁で二塁まで進むが無得点。 |
| 4回表 | 箕 0-1 星 | 一死後、北安博が安打で出て、続く川井のヒットエンドランで一塁走者・北が三塁へ。川井も盗塁で二塁へ。堅田の適時打で星稜が1点を先制。後続は凡退。 |
| 4回裏 | 箕 1-1 星 | 先頭の上野山が安打で出塁。北野の送りバントが失敗するが、上野敬三のヒットエンドランで一塁走者・北野が三塁へ。森川の適時打で箕島が1-1の同点に追いつく。さらに遊撃ゴロの間に上野、森川が進塁し、四球で満塁とするが逆転はならず。 |
| 5回表 | 箕 1-1 星 | 三者凡退。 |
| 5回裏 | 箕 1-1 星 | 一死後、四球で出塁するも無得点。 |
| 6回表 | 箕 1-1 星 | 三者凡退。 |
| 6回裏 | 箕 1-1 星 | 先頭から連続四死球で走者を貯めるが、送りバント失敗、その後中堅手への飛球の間に二塁走者・森川がタッチアップで三塁へ、一塁走者・久保も盗塁で二塁に進むが無得点。 |
| 7回表 | 箕 1-1 星 | 一死後、音、山下の連打でつなぐが、二塁走者・音が牽制で刺され、一塁走者・山下は盗塁で二塁に進むが三塁への盗塁失敗で結局三人で攻撃を終える。 |
| 7回裏 | 箕 1-1 星 | 一番からの好打順も三者凡退。 |
| 8回表 | 箕 1-1 星 | 三者凡退。 |
| 8回裏 | 箕 1-1 星 | 三者凡退。 |
| 9回表 | 箕 1-1 星 | 二死から川井が安打で出塁するが盗塁失敗。 |
| 9回裏 | 箕 1-1 星 | 先頭が遊撃手の失策で出塁するが盗塁失敗。続く浦野が安打で出て投手ゴロの間に二塁に進むが無得点。 |
| 10回表 | 箕 1-1 星 | 二死から山下が安打で出塁するも無得点。 |
| 10回裏 | 箕 1-1 星 | 先頭の宮本が安打で出塁するも連続フライで二死、宮本の盗塁失敗で三者凡退。 |
| 11回表 | 箕 1-1 星 | 一死後加藤の安打、一死後北の安打も無得点。 |
| 11回裏 | 箕 1-1 星 | 三者凡退。 |
| 12回表 | 箕 1-2 星 | 一死後、音の安打と四球で走者を貯めると、続く石黒の二塁ゴロを二塁手・上野山がトンネル、その間に走者が還り星稜が勝ち越し。尚も一死一・三塁でスクイズを仕掛けるが失敗し三塁走者・山下がタッチアウト、打者・若狭徹も三振でチェンジ。 |
| 12回裏 | 箕 2-2 星 | 簡単に二死。続く嶋田は打席に入る前、尾藤公監督に「ホームランを打っていいですか」と言い、カウント1‐0から左翼ラッキーゾーンへの同点本塁打。箕島が土壇場で同点に追いつく。 |
| 13回表 | 箕 2-2 星 | 二死から北、川井の連打でつなぐが、続く堅田の打球を二塁手・上野山の好送球で無得点。 |
| 13回裏 | 箕 2-2 星 | 三者凡退。 |
| 14回表 | 箕 2-2 星 | 三者凡退。 |
| 14回裏 | 箕 2-2 星 | 先頭の森川が安打で出て送り、森川がディレイドスチールで三塁へ。絶好のサヨナラのチャンスとなったが、三塁手・若狭の隠し球で刺され無得点。 |
| 15回表 | 箕 2-2 星 | 先頭の若狭が安打で出塁するが、送りバント失敗と遊撃ゴロ併殺打で無得点。 |
| 15回裏 | 箕 2-2 星 | 先頭の石井が安打で出塁し、一死後犠打で二塁に進めるが無得点。 |
| 16回表 | 箕 2-3 星 | 一死後、死球と堅田の安打で走者を貯め、その後投手ゴロで一塁走者・堅田がアウトとなるが、山下の適時打で星稜が勝ち越し。 |
| 16回裏 | 箕 3-3 星 | 簡単に二死。続く森川が一塁手へのファウルフライを打ち上げ誰もが試合終了と思った瞬間、一塁手・加藤がファウルグラウンドにこの年から設置された人工芝につまずき転倒。命拾いした森川はカウント2‐1から左中間スタンドへ起死回生の同点本塁打。実況を担当していた朝日放送の植草貞夫アナウンサーはこの時、「甲子園球場に奇跡は生きています!」という名言を残した。 |
| 17回表 | 箕 3-3 星 | 三者凡退。 |
| 17回裏 | 箕 3-3 星 | 三者凡退。 |
| 18回表 | 箕 3-3 星 | 一死後川井、堅田の連打でつなぎ、その後も山下の安打で満塁とするが無得点。この時点で星稜の勝ちはなくなり、負けるか引き分けるかのどちらかになった。(ちなみに引き分け再試合は3試合日だった翌日の第1試合に組み込まれる予定だった。) |
| 18回裏 | 箕 4x-3 星 | 先頭の辻内が四球で出塁し、一死後北野も四球で出塁。続く上野の適時打で二塁走者・辻内がヘッドスライディングで生還。箕島がサヨナラ勝ち。試合時間3時間50分、19時56分試合終了。 |
[編集] スコア
| チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | R |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 星稜 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 |
| 箕島 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1x | 4 |
- [審判](球)永野 (塁)小林・木嶋・達摩 (外)片岡・橋本
[編集] 試合の評価と選手らのその後
- 後述の「関連試合」の通り、第51回大会決勝の「松山商vs三沢高」引き分け再試合や18回を上回る延長戦が存在するが、この試合を高校野球史上最高の試合と考えるファンが多い[要出典]。その理由は、箕島が失点した回の裏(12回、16回)、共に二死の絶体絶命状況(特に16回裏は星稜の一塁手の落球後)から同点本塁打を放ったこと、引き分け寸前の延長18回にサヨナラゲームで決着がついたこと(この試合以外の延長18回は全て引き分け再試合が適用されている)、さらに星稜も12回表の攻撃でスクイズを失敗した若狭が14回裏の守備で借りを返す隠し球を成功させるなど、試合展開があまりに劇的であったためである。作詞家で作家の阿久悠はこの試合に感銘を受け、「最高試合」という詩をスポーツ紙に投稿した。同じく作家の山際淳司は、「八月のカクテル光線」という短篇(『スローカーブを、もう一球』に収録)を書き上げている。他にも、『一生分の夏 いつも胸に甲子園があった』(作家・山岡淳一郎の短編「黄金のスコアブック」を収録)、松下茂典(星稜高校出身)『神様が創った試合―山下・星稜VS尾藤・箕島延長18回の真実』など、この伝説の試合に関する書籍がある。
- 両校は1994年、和歌山県営紀三井寺野球場で「再試合」と銘打って交流戦を始めた。その後10年ごとに再試合が行われ、2004年には石川県立野球場で開催された。結果は18対11で星稜が勝ち、対戦成績を1勝1敗とした。なお当時のベンチ入り選手・監督のうち、箕島の控え投手だった江川博[2]が1986年に肝臓ガンで死去している。2004年の試合では病気療養中の尾藤監督、当時プロ野球コーチであった嶋田(箕島)と音(星陵)が欠席した。当時甲子園で両校のプラカードを持っていた女性2人も参加した。将来、再々々試合を阪神甲子園球場で行おうという声も出ている。尾藤監督と山下監督、そして共に戦った両校選手同士の交流は今なお続いている。むしろ、高校時代のチームメイトより、元相手チームの選手と会う機会の方が多い選手もいるという。なお2007年11月18日には、箕島高校創立100周年記念事業の一環として、現役部員同士による箕島-星稜戦が、マツゲン有田球場で行われ、19対6で星稜高校が勝利した。
- 箕島高校は宮崎国体でも優勝候補に挙がっていたが、接近してきた台風の影響で競技が中止となり、春夏甲子園制覇と国体制覇の3冠達成が潰えた。後にこの偉業は1998年に松坂大輔らを擁する横浜高等学校が達成する。
- 箕島高校は、この1979年の春夏連覇後に100人もの新入部員を迎えた。これに驚いた尾藤監督は、大阪府・北陽高等学校野球部、松岡英孝監督に練習方法を尋ねた。その甲斐もあってかその年の第62回全国高等学校野球選手権大会にも出場。ベスト8まで進出するも愛甲猛擁する横浜高校に敗退した。[3]
- この試合に星稜高校の控え選手でベンチ入りしていた高桑充裕は、根上町(現・能美市)の教育委員会職員となり、のちに母校の後輩となる松井秀喜を厳しく鍛え上げ、松井に対し、大リーガーに成長する基礎を植え付けた。
[編集] プロまたは社会人野球に進んだ主な選手
[編集] 箕島高校
- 石井毅-嶋田宗彦のバッテリーは揃って住友金属に進み、第53回都市対抗野球大会で優勝を経験した。嶋田はその後ロサンゼルス五輪で優勝、阪神タイガースでも日本シリーズ優勝を経験し、2009年現在は阪神のコーチを務めている。石井は住友金属のあと西武ライオンズに入団、6年間プレーした。
- 上野敬三は、この1979年秋に行われたプロ野球ドラフト会議で読売ジャイアンツ(巨人)に4位指名され入団したが、2年後に退団している。
[編集] 星稜高校
- 音重鎮は名古屋商科大学、新日鐵名古屋を経て1987年に中日ドラゴンズに入団、中日と広島東洋カープで長く主力として活躍した。引退後、中日のコーチを経て2009年現在は同球団のスカウト。
- 堅田外司昭は社会人野球の松下電器に入り、現役引退後は野球部マネージャー、高校野球審判員。2003年からは甲子園でも審判を務めている。
- 北安博はこの1979年のプロ野球ドラフト会議で大洋ホエールズに4位で指名され入団、プロ野球で9年間プレーした。
- 若狭徹は1980年にドラフト外で中日に入団、3年後に退団している。
[編集] テレビ中継について
| テレビ局 | 実況アナウンサー | 解説 |
|---|---|---|
| NHK | 内藤勝人 | 篠原一豊 |
| 朝日放送 | 植草貞夫 | 渡辺元 |
この試合は第4試合ということもあってNHKが試合開始から18時(JST、以下同じ)まで総合テレビ、18時から試合終了まで教育テレビ、というリレー中継を実施したが、教育テレビ放映時間における視聴率は白熱した試合だったことも手伝って29.4%(ビデオリサーチ関東)を記録、この数字はNHK教育テレビ歴代最高記録として30年近く経過した2009年現在も破られていない。このNHKの中継のVTRテープは、1989年時点では現存していたようで、NHK衛星第1テレビジョンで1989年に昭和のスポーツ名勝負特集を組んだ際に、この箕島 - 星稜戦を完全再放送した。
一方、並列中継した朝日放送(ABC)は18時台にニュース[4]を、19時台にネット番組[5]を放送しなければならないため、ローカルニュース枠を利用して延長をしたものの生中継を打ち切らざるを得なかったが、実況担当の植草は深夜の『高校野球ハイライト』(『熱闘甲子園』の前身)用に試合終了まで実況を続けた。
なお箕島の地元・和歌山県のテレビ和歌山(WTV)でもABCの中継をネットしていたが、17時45分からの『生活メモ』および18時からの『ニュース』を放送するために生中継は打ち切られた。その後の番組(18:00より『超人バロム・1』の再放送、19時以降はテレビ東京の各番組)の中で中継を再開したかは不明(ただし上記の『高校野球ハイライト』を翌日早朝に時差放映)。
星稜の地元・石川県では当時ANN加盟局が存在しなかったため[6]、ABCの中継がネットされたかどうかは不明である(当時の石川県での放送形態は決勝戦を北陸放送(MRO)[7]がネットしていたことのみ判明している)。
[編集] 脚注
- ^ 「かただ としあき」と読む。
- ^ 背番号11。左眼が生まれつき見えなかった。箕島卒業後は東京経済大学→明治生命で投手として活躍。
- ^ 当時2年生だった、後の大相撲の強豪関脇・栃乃和歌清隆(現・春日野親方)も、箕島高校入学時に野球部入部を志望していたが、志望者の多さゆえに、尾藤監督から「お前、相撲部へ行け!」と言われたそうである。
- ^ ローカルニュースの『6時です たいむ6』→全国ニュース『ANNニュースレーダー』。
- ^ この日は木曜日だったので19:00から『クイズタイムショック』、19:30から『三枝の国盗りゲーム』。
- ^ 北陸朝日放送(HAB)は1991年開局。
- ^ JNN加盟局。
[編集] 関連試合
- 中京商対明石中延長25回
- 魚津対徳島商延長18回引き分け再試合
- 掛川西対八代東延長18回引き分け再試合
- 第51回全国高等学校野球選手権大会決勝
- 高松商業対仙台育英延長17回
- PL学園対横浜延長17回
- 花咲徳栄対東洋大姫路延長15回引き分け再試合
- 関西対早稲田実業延長15回引き分け再試合
- 第88回全国高等学校野球選手権大会決勝
- 豊田大谷対宇部商業延長15回
- 北陽対新田延長17回
- 宇治山田商業対佐賀北延長15回引き分け再試合
[編集] 関連項目
最終更新 2009年10月29日 (木) 12:54 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【箕島対星稜 (第61回全国高等学校野球選手権大会3回戦)】変更履歴


