米谷達也

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米谷 達也(よねたに たつや、1963年 - )。元代々木ゼミナール講師数学担当)、辰已法律研究所講師。大学受験予備校プリパス代表取締役社長。大宮法科大学院大学(夜間主3年制コース)を2007年3月に修了した。法務博士。歴史学者の米谷匡史は実弟である。

目次

[編集] 人物

筑波大学附属駒場中学校・高等学校を経て、東京大学工学部卒業。最終学歴は2007年3月大宮法科大学院大学ロースクール)修了。第二回新司法試験を受験したが、択一足切りによる不合格(2008年09月14日付米谷の「知恵の館」blog校)。現在はいろいろな学校で数学の教諭として勤務している。 大学予備校講師でもあり、法科大学院適性試験対策予備校講師でもある。自身のブログで法科大学院適性試験実施団体の問題作成ミスの批判をしている他様々な意見を述べている。

[編集] 蛇足判決理論

2006年9月1日より自身のブログ2008年09月14日付米谷の「知恵の館」blog校において毎日1回ずつ掲載されている記事。「司法のしゃべりすぎ」で時の人となった井上薫(元判事)による『でたらめ判決が日本をつぶす』にインスピレーションを得て連載を継続している。

[編集] 2007年3月提言

法科大学院(ロースクール)の入学定員を全国・全大学院一律に3割削減するべきであるとの提言を宮澤節生(現・青山学院大学法科大学院)とともに行っている( 法学セミナー2007年4月号)。

[編集] 新司法試験撤退宣言

2008年09月14日付米谷の「知恵の館」blog校において新司法試験撤退宣言をなした。2007年8月3日の法務省発表(第二回新司法試験のいわゆる漏洩問題について)に絶望し、法務省に正義はないと感じたため。今後は、法務博士の立場から世直し活動をしていくとみられている。 もっとも、彼の言行録(後述)から、単に法学の実力不足ゆえに、司法試験に対し、敵前逃亡を図ったと見る向きもある。なぜならば、仮に、2007年8月3日に発覚した漏洩問題に絶望したならば、その時点で、新司法試験撤退宣言をするのが自然である。2008年09月14日に撤退宣言をすることは、第三回新司法試験の合格発表の直後であるので、2007年8月3日に発覚した漏洩問題が原因ではないと思われる。

[編集] チャンピオンベルト理論

2005年08月05日付のブログ米谷の「知恵の館」blog校に詳細な解説がある。 高校生向けと一般向けがあるようである(高校生向けは以下の第一のパートの部分のみ)。

「学歴社会の終焉」の、予備校講師の立場からの宣言 法曹資格そのものは目的ではなく手段であることの言明 弁護士という職業の源流を踏まえた比喩 以上3つのメッセージからなり、法科大学院入学の動機となったらしい。(以上、米谷の「知恵の館」blog校より引用)

また、週刊朝日記者のインタビューに対して以下のような回答をしたとのことであるが、米谷自身はこの要約には納得されていないようである。

僕はこれまで『東大卒』というチャンピオンベルトを締めてきたけれど、 そろそろ耐用年数が過ぎ、すり切れてきた。 だから今度は『司法』という新しいベルトを手に入れたかったんです (以上、『週刊朝日』2004年4月23日号『「法科大学院あなたも狙える」社会人入学約2000人の「履歴」主要20校調査』より引用)

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月29日 (木) 13:23 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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