粕谷一希

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粕谷 一希かすや かずき 1930年2月4日 - )は東京府出身の評論家編集者、出版事業家。都市出版株式会社相談役

東京雑司が谷に生まれる。東京府立第五中学校一高を経て、東京大学法学部卒業

1955年中央公論社に入社。「中央公論」編集部を振り出しに社内を転々と移る。その保守的思想を嶋中鵬二に見込まれ、1961年嶋中事件発生により「中央公論」編集部次長に抜擢される。

1967年から「中央公論」編集長。永井陽之助山崎正和塩野七生庄司薫高橋英夫白川静などを世に送り出す。

思想の科学天皇制特集号廃棄事件で執筆者陣や労働組合の抗議を受け、「中央公論」編集長を解任されて月刊誌「歴史と人物」編集長に就任。しかし3年で「中央公論」編集長に返り咲く。しかし1976年、山口昌男の連載時評(のち『知の遠近法』岩波書店に所収)の最後の二回で、天皇制を文化人類学的に論じ、部下がこれを掲載差し止めする事件が起き、編集長を解任される。粕谷は、読んでいないが、自分が読んでも書き直しをお願いしたかもしれないと言っている(『中央公論社と私』より)。

1978年、労働争議に関連して辞表を提出。フリーとなり、1980年、最初の著書『二十歳にして心朽ちたり』を上梓。1982年、江藤淳は「ユダの季節」を書いて、粕谷、中嶋嶺雄、山崎正和が徒党を組んで仲間褒めをしていると批判した(『批評と私』所収)。1986年、「東京人」誌を創刊。1987年、都市出版株式会社を創業し、同社の代表取締役社長を長く務めた(そのときの部下が坪内祐三)。現在は、相談役。

[編集] 著書

最終更新 2009年11月22日 (日) 06:03 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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