紀伊中ノ島駅
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| 紀伊中ノ島駅* | |
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駅舎(2005年5月3日)
後方上部に阪和線の架線柱が見える |
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| きいなかのしま - Kii-Nakanoshima | |
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◄六十谷 (3.0km)
(1.1km) 和歌山►
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| 所在地 | 和歌山県和歌山市中之島391-4 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | ■阪和線** |
| キロ程 | 60.2km(天王寺起点) |
| 電報略号 | ナシ |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
285人/日(降車客含まず) -2004年- |
| 開業年月日 | 1932年(昭和7年)1月1日 |
| 備考 | 無人駅(自動券売機 有) |
紀伊中ノ島駅(きいなかのしまえき)は、和歌山県和歌山市中之島にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)阪和線の駅。
阪和電気鉄道時代には特急電車(一時期は超特急さえも)が、そして国有化し国鉄阪和線になった後も快速列車が停車した駅であるが、現在では無人駅となっている(一時期は阪和線唯一の無人駅であったが、現在は山中渓駅も無人)。
1993年までは一部の快速が停車していた(93年以降は六十谷駅に停車で当駅通過となる)。
目次 |
[編集] 駅構造
相対式2面2線のホームを持つ高架駅で、開業時からの古い駅舎が現在も残っている。簡易型自動改札機設置。ICOCA利用可(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。
かつては、和歌山線が田井ノ瀬駅から当駅を通って紀和駅(旧和歌山駅)まで通じていたが1974年に廃止された。かつてこの駅が和歌山線との乗り換え駅であった名残で、駅舎から和歌山線ホームを通って阪和線ホームへ達する構造であるため、今でも和歌山線ホームの痕跡が残っている。
なお、駅舎は現在となっては単なる待合スペースとなっており、その先にあるホームへの階段付近に、簡易型自動改札機(ICOCA等ICカード対応)、自動券売機が置かれている。Jスルーカード読取機は以前は設置されていたが、Jスルーカード廃止に伴い撤去された。
[編集] のりば
| 1 | ■阪和線(上り) | 関西空港・日根野・天王寺方面 |
|---|---|---|
| 2 | ■阪和線(下り) | 和歌山方面 |
[編集] 利用状況
1日平均285人(乗車人員、2004年度)
[編集] 駅周辺
- 和歌山市立紀之川中学校
- 和歌山バス那賀 阪和駅前停留所
- 和歌山天王郵便局
[編集] 歴史
大阪と和歌山を高速に結ぶことを目的として建設された阪和電気鉄道の中間駅として1932年(昭和7年)1月1日に開業した。当初から築堤上にある駅で、この駅のすぐそばで既存の鉄道省(国有鉄道)和歌山線の線路を乗り越えていた。この当時、国鉄和歌山線は東側の田井ノ瀬駅からまっすぐ西へ向かい和歌山駅(現在の紀和駅)へと通じていた。
その後、双方の連絡を行うために1935年(昭和10年)1月1日に両者の交点付近に国鉄が紀伊中ノ島駅を開業させ、同時に阪和電気鉄道の駅は102 m南の交点付近へ移転した。この時に国鉄が建設した駅舎が現存する駅舎で、またこの時に阪和電気鉄道が建設したホームが現存するホームである。この時から阪和電気鉄道側では特急も止まるようになった。国鉄・阪和電気鉄道がそれぞれ駅舎を設けていたが、1936年(昭和11年)9月25日に阪和電気鉄道の駅名を国鉄に合わせて紀伊中ノ島と改称するとともに、阪和電気鉄道側の駅舎は撤去され、駅を共同使用するようになった。その後阪和電気鉄道は南海電鉄を経て国鉄に買収され、国鉄阪和線となり阪和線と和歌山線の乗換駅となった。
阪和電気鉄道が東和歌山駅として開業させた現在の和歌山駅が重要になるにつれて、和歌山線の田井ノ瀬駅から東和歌山駅へ乗り入れる線路が1961年(昭和36年)に完成し、1968年(昭和43年)には従来の和歌山駅を紀和駅へ、従来の東和歌山駅を和歌山駅へ改称した。こうして和歌山線の列車も新しい和歌山駅へ直通するようになると、田井ノ瀬から当駅を経由して紀和へ向かう元からの和歌山線は支線へ転落し、1974年(昭和49年)9月30日限りで廃止となった。これにより、当駅は阪和線単独の中間駅となり、乗換駅としての機能を失った。
2008年(平成20年)8月に、この駅のホーム(阪和電気鉄道が建設したもの)の屋根を支える鉄骨が、八幡製鉄所が操業を開始した当初に製造したレールを転用したものであることが発見された。レールを転用したホーム屋根骨組みは各地に存在するものであるが、八幡製鉄所の創業当時のレールは珍しく、日本の重工業・鉄鋼史の面から貴重な産業遺産と評価され、2009年(平成21年)に産業考古学会の「推薦産業遺産」として認定された。
[編集] 年表
- 1932年(昭和7年)
- 1935年(昭和10年)1月1日 - 102 m南側の国鉄線との交点へ阪和電気鉄道の駅を移転。国有鉄道和歌山線の紀伊中ノ島駅開業、超特急停車駅となる。(その後、当駅停車列車は「特急」に格下げとなる。)
- 1936年(昭和11年)
- 1940年(昭和15年)12月1日 - 阪和電気鉄道が南海鉄道に吸収合併され、南海山手線と国有鉄道和歌山線の駅となる。
- 1944年(昭和19年)5月1日 - 南海山手線が戦時買収私鉄指定され国有鉄道阪和線となり、国有鉄道単独駅となる。
- 1974年(昭和49年)10月1日 - 和歌山線の田井ノ瀬 - 紀伊中ノ島 - 紀和間が廃止。阪和線のみの駅となる。
- 1985年(昭和60年)3月14日 - 無人駅化。[1]
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
- 1993年(平成5年)3月18日 - ラッシュ時の快速停車が廃止される。
- 2003年(平成15年)11月1日 - ICカードICOCA供用開始。
- 2009年(平成21年) - 「JR紀伊中ノ島駅のレール構築物」が推薦産業遺産に認定される。
[編集] 隣の駅
- 西日本旅客鉄道(JR西日本)
- ■阪和線
[編集] かつて存在した路線
[編集] 参考文献
- 小山 徹・大島 一郎「産業考古学会 2009年度推薦産業遺産にJR紀伊中ノ島駅の初期官営製鉄所製レール構築物を認定」『鉄道ピクトリアル』No.824(2009年10月) pp.112 - 113 電気車研究会
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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最終更新 2009年11月28日 (土) 07:47 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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