紀陽銀行

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紀陽銀行のデータ
英名 The Kiyo Bank, Ltd.
統一金融機関コード 0163
代表者氏名 片山博臣 (頭取
店舗数 102
2007年5月31日現在、
ネット支店等は除く)
従業員数 1,993名(2007年3月末)
※出向者を除く
資本金 800億9,600万円
総資産 3兆3,262億円
貸出金残高 2兆1,114億円
預金残高 3兆0,935億円
設立日 1895年(明治28年)5月2日
所在地
〒640-8656
和歌山県和歌山市本町一丁目35番地
電話番号 073-423-9111(代表)
外部リンク www.kiyobank.co.jp
特記事項:
経営指標はいずれも2007年3月期決算・連結
  
堺支店(安藤忠雄の設計)

株式会社紀陽銀行(きようぎんこう、The Kiyo Bank, Ltd.)は、和歌山県和歌山市本町に本店を置く地方銀行。金融グループ「紀陽フィナンシャルグループ」の金融持株会社である紀陽ホールディングスの完全子会社である。和歌山県の指定金融機関である。

目次

[編集] 概要

2006年10月10日、和歌山県に本店を置いていた同じく紀陽ホールディングスの完全子会社で第二地方銀行だった和歌山銀行を吸収合併した。これ以前に阪和銀行が経営破綻していたことから、紀陽銀行は和歌山県に本拠を置く唯一の銀行となった。

本店のある和歌山県を中心とし、大阪府奈良県および東京都に支店・出張所を出店している。かつては海外や名古屋にも拠点を置いていた。大阪市内に店舗を数店構えているが、大阪府内の拠点は堺支店(堺市)である。堺市のメインストリートである大小路大道筋の交差点に立地しており、界隈のランドマーク的役割を担っている(設計は安藤忠雄)。

合併後、和歌山県内の貸出金残高シェアでは46%を占めており、和歌山県内では圧倒的なシェアとなった。また、個人貯蓄が全国的に多い和歌山県において、預金残高38%と高いシェアとなっている。

大阪府内には比較的早くから進出しており、在阪地銀ではないが大阪府中南部に34もの支店を構えている。また、大阪府内では預金残高の24%、貸出金残高の43%を占めている。和歌山銀行との合併を契機とし、今後も更に堺市以北の地域を強化していく方針である。具体的には、大阪市内を中心に5店舗支店を新設する計画を打ち出しており、既に一部支店では営業を始めている。

[編集] 来歴[要出典]

明治以降、和歌山県内最大の地方銀行で県の金庫は四十三銀行であったが、昭和金融恐慌を経て三和銀行の前身である三十四銀行に吸収合併された。明治期以来、県内に30数行あった地方銀行は紀陽を含めて6行だけに激減した。和歌山県の指定金融機関は三和銀行が継続していたが、1960年4月、紀陽銀行に交代した。その名残で大株主に名前を連ねてはいる。

1997年には、経営不安の風評被害により一部支店にて取り付け騒ぎが起こり、数日で3,000億円の預金が流出した。これにより、新築の堺支店に本店営業部の一部機能を移転して広域地銀へ脱皮する野望が完全に潰えた。

[編集] 沿革

[編集] コンビニATM

2007年1月時点ではローソンATMとのみ提携していたが、同年7月23日セブン銀行と提携を開始し、和歌山県内のセブン-イレブンにATMが設置された。

同じく、同年7月23日より、和歌山県内の一部ファミリーマートイーネットが設置されているが、こちらとは正式に提携していないため、MICS扱いでの利用となる。なお、和歌山県内のイーネットはみずほ銀行三菱東京UFJ銀行三井住友銀行のいずれかが管理している。

[編集] 傘下企業

[編集] 過去に在籍した著名人

かつては体操を支援し、日本トップレベルの強豪として多数の名選手を輩出したが、バブル崩壊と共に廃部した。紀陽銀行体操部は徳洲会体操部に受け継がれている。

  • 岡村輝一 - 1972年ミュンヘン五輪男子団体金メダル
  • 森末慎二 - 1984年ロス五輪男子鉄棒個人金メダル
  • 梶谷信之 - 1984年ロス五輪男子平行棒銀メダル
  • 外村康二 - 1988年ソウル五輪男子団体銅メダル
  • 小西裕之 - 1988年ソウル五輪男子団体銅メダル
  • 畠田好章 - 1992年バルセロナ五輪男子団体銅メダル
  • 田中光 - 1996年アトランタ五輪出場

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月2日 (月) 09:36 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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