細島港
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細島港(ほそしまこう)は、宮崎県日向市細島周辺に広がる港湾である。港湾管理者は宮崎県。港湾法上の重要港湾、港則法上の特定港に指定されている。古くから利用されてきた細島商業港(漁港)と、その北方約1キロメートルの位置に増設された細島工業港からなる。商業港は東へと開けた入り江の奥にあり、港を囲むようにして南北に半島が突出している。細島港は宮崎県で唯一税関支署が設置されている港湾であり、海外(韓国の釜山港や台湾の基隆港、高雄港など)と国際定期コンテナ船が就航している。
目次 |
[編集] 主な施設
[編集] 日向フェリーターミナル
現在運航休止中
[編集] 国際コンテナターミナル
- 韓国航路
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- 釜山 - 馬山 - 下関 - 大分 - 細島 - 釜山
- 釜山 - 博多 - 釜山 - 志布志 - 油津 - 細島 - 釜山
- 釜山 - 門司 - 那覇 - 志布志 - 細島 - 大分 - 釜山
- 台湾航路
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- 基隆 - マニラ - 高雄 - 基隆 - 那覇 - 志布志 - 門司 - 中関 - 松山 - 広島 - 細島 - 基隆
[編集] 歴史
日向市にある鉾島神社の縁起書には神武天皇が東征の途中ここに立ち寄り鉾を祀ったとの記述がある。細島の名称は港を囲む細長い半島に由来するという説に加えて鉾島が転訛したという説がある。1587年(天正15年)に足利義昭の使者がこの港を利用したという記録があり、1600年11月4日(慶長5年9月29日)には関ヶ原の戦いから薩摩国へ撤退する島津義弘が寄港している。
江戸時代初期は延岡藩の管理下に置かれたが、藩内で起きた山陰・坪谷村一揆の処分によって1692年(元禄5年)から江戸幕府の直轄領(天領)となった。日向国、大隅国、薩摩国の諸大名は参勤交代においてこの港から海路を取り大阪へ向かうことが多く、大名が宿泊する本陣は領国の名を受けて「飫肥屋」「薩摩屋」「高鍋屋」などと呼ばれていた。港の入口には船舶を検分するための番所が設けられており、高さ約3.6メートルの灯台が設置されていた。
1891年(明治24年)7月にこの港を視察したヨハニス・デ・レーケの整備方針に従って1894年(明治27年)から近代化工事が始まった。同年に験潮場が設置され、1910年(明治43年)5月には西洋式の灯台が完成している。明治時代後期から昭和時代初期にかけて捕鯨基地として利用された。1921年(大正10年)10月11日には日豊本線とともに支線の細島線が開通し東九州における主要な輸送拠点の一つとなった。1951年(昭和26年)には全国で最初に重要港湾の指定を受けている。1975年(昭和40年)頃に港の北側に新たに細島工業港が増設され、国際貨物港としての機能を移管している。現在、旅客フェリーの運航は休止されているものの、コンテナ船を中心に貿易拠点としての重要性は一層高まりつつある。
[編集] 参考文献
- 児玉洋 『詳細 細島伝承 その歴史と風俗』 文芸社、2005年、ISBN 4-286-00179-2。
- 日向市史編さん委員会編 『日向 光満ちるくにの生活誌 日向市史民俗編』 日向市、2005年。


