網走刑務所

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網走刑務所正門
バス停から建物方向を望む

網走刑務所(あばしりけいむしょ)は、法務省矯正局札幌矯正管区に属する刑務所

北海道網走市に所在、再犯者の短期処遇を目的とする。定員759人(2009年現在)。国内最北端の刑務所である。

目次

[編集] 概要

かつては日本で一番脱獄が困難な刑務所だと言われ、明治の脱獄王「西川寅吉」(模範囚として過ごし釈放)や昭和の脱獄王「白鳥由栄」(脱獄に成功 吉村昭の『破獄』で取り上げられた天才脱獄囚)らが収監された。また、施設の劣悪さと凶悪犯が多いというイメージから、映画『網走番外地』シリーズの舞台ともなっている。さらに、終戦前後の時期までは、治安維持法違反などの政治犯(主に、徳田球一宮本顕治をはじめとする日本共産党の党員など)も収監されていたことがある(ただし、宮本顕治が実際に収監されていたのは、終戦の日である8月15日をはさんだ1945年6月~10月までの約4ヶ月間であり、その後、GHQの指令で治安維持法が廃止されたことにより釈放されている)。

1984年に現在の建物が建設された頃から環境の改善が進み、比較的刑期の短い者の収容が増えている。 木造時代の施設は移築され、天都山で博物館網走監獄として公開されている(観光目的の施設は同所になるので注意)。

なお、映画「網走番外地」シリーズでは、所在地は網走市番外地となっているが、刑務所の所在地は、正しくは網走市三眺地区であり、住居表示では、網走市字三眺官有無番地となっている。

[編集] 歴史

  • 1890年 釧路集治監網走分監、網走囚徒外役所として開設
  • 1891年 北見道路(網走市上川町間)の道路建設に従事
  • 1903年 網走監獄に改名
  • 1922年 網走刑務所に改名
  • 1984年 現在の鉄筋コンクリート建ての舎房(暖房完備)が建設される
  • 2006年 新舎房が完成(定員400人)

[編集] 所内の労働

  • 設立当初の集治監の当時は、刑務所というより凶悪犯と政治犯が同居する強制収容所といった趣が強く、収容者は情け容赦ない労働を強いられた。特に、160km以上に及ぶ中央道路(現在の国道333号道道103号国道39号道道104号の一部)を8ヶ月で突貫工事で完成させた際には、分かっているだけで200名前後の収容者が死亡。1000名以上の囚人が道路建設に関わりながら、その後行方不明になっている。道路沿いの畑から、手鎖、足鎖を付けた状態で白骨化された遺体が出土したり、荼毘に付されることもなく道ばたに埋められ土饅頭として残る墓など、厳しい労働条件を示す痕跡が現在も残る(鎖塚)。
  • 集治監が廃止され監獄となる頃には、死亡者が続出するような強制労働が無くなり、土木工事への就労は続くものの、農場の開墾と営農が行われるようになった。この際にできた農場からは第二次世界大戦後の食糧難の時代にも、大量のが生産・供出された。
  • 第二次世界大戦後の混乱期には、選抜された収容者が道内各地で道路、河川工事などに加わった。脱走などのトラブルは発生しなかったという。
  • 現在、刑務作業では農作業のほか、ニポポ人形などの小物工芸品づくりも行われ、観光客に好評を博している。窯業工場では,オリジナル製品(三眺焼)として食器,花瓶等の小物製品を中心に生産し高い人気を得ている。

[編集] アクセス

網走バス「刑務所前」停留所

  • 網走バスターミナルおよび網走駅より「大曲行」「常呂行」「佐呂間行」「中湧別行」「美幌行」「女満別空港行」「天都山行」に乗車。網走バスターミナルより所要約8分、網走駅より所要約4分。
  • 女満別空港より網走行に乗車。所要約24分。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年11月2日 (月) 05:55 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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