緑 (墨田区)

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(みどり)は東京都墨田区地名で、本所地域内である。

郵便番号 130-0021

目次

[編集] 地域

墨田区の南西部に位置する町。墨田区役所の南方約1.5kmにある。 隣接する地域は北は亀沢、東は大横川を挟んで対岸に江東橋、南は竪川を挟んで対岸に立川、西は両国

町域の北辺をJR鉄道路線、南辺を竪川と接し、同川の上空を首都高速道路の高架橋が走る。また町域東辺を都道、西辺を大横川と接し、地区中央を国道が東西に走る。

丁目は町域の西側から緑一丁目、同二丁目、同三丁目、三ツ目通りの東に同四丁目が並ぶ。

[編集] 歴史

現在の緑地区に町の始まりは、江戸時代の明暦年間にさかのぼる。明暦の大火により本所地域の開拓整地が行われた。その後、1689年(元禄元年)に緑町という町名が付けられた。当時は、緑町一丁目から五丁目まであり、道路が碁盤目上に走り、町屋や武家屋敷が広がる地域であった。

明治にはいると、南割下水(現在で言う北斎通り)まで緑町として扱われることとなった。その名残として、北斎通りの亀沢二丁目付近にある公園は緑町公園と現在でも名付けられている。なお、この緑町公園は、総武線の高架線を挟んで南北に分かれている。

昭和にはいると、今度は南割下水から国鉄総武線のガード部分について亀沢に分割され、代わりに三ツ目通り以東を編入し、この時点でほぼ現在の形が整った。なお、このときに、前述した通り緑町は一丁目から五丁目までに分かれていたのを変更し、ほぼ現在の形に町名変更が行われた。

第二次世界大戦中の東京大空襲時には火災によりほぼ町内すべてを焼失しており、鉄筋コンクリート造の緑国民学校などの建物が残るのみであった。

戦後は、緑町から町名をに変更したが、町域等の変更はなかった。緑町内は町工場が多く見られ、工業を中心として発展していたが、近年の規制なども相まって、町工場の閉鎖が多くなり、人口が減少傾向にあった。しかし、これら町工場の撤退に併せて、マンション建設等が進められ、人口も少しずつ回復を見せるようになった。

[編集] 交通

当地区内には、緑一丁目、緑二丁目、緑三丁目の停留所がある。 以下の路線があり、東京都交通局により運行されている。

道路
橋梁
  • 大横川に架かる橋
    • 江東橋(国道14号 <京葉道路> )
    • 撞本橋
  • 竪川に架かる橋
    • 二之橋(都道463号線 <清澄通り> )
    • 西竪川橋
    • 竪川橋
    • 新竪川橋
    • 三之橋(都道319号線 <三ツ目通り> )
    • 菊花橋

[編集] 施設

行政
教育
  • 区立小学校
  • 中学校
    • 中学校は緑地区になく、横網にある墨田区立両国中学校(緑一丁目から三丁目)と亀沢にある墨田区立竪川中学校(緑四丁目)の校区となっている。
  • 図書館
    • 墨田区立緑図書館

[編集] 史跡

町内にある主な史跡は以下の通りである。

  • 小林一茶旧居跡(緑一丁目)
  • 寿座跡(緑二丁目)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年7月17日 (金) 08:12 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【緑 (墨田区)】変更履歴

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