群馬テレビ

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群馬テレビのデータ
英名 Gunma Television Co.,Ltd.
放送対象地域 群馬県
ニュース系列 -
番組供給系列 全国独立UHF放送協議会
略称 GTV
愛称 群馬テレビ、群テレ
呼出符号 JOML-(D)TV
呼出名称 ぐんまテレビ
(デジタルテレビジョン)
開局日 1971年4月16日
本社 〒371-0037
群馬県前橋市上小出町三丁目38番地の2
演奏所 本社と同じ
アナログ親局 前橋 48ch
ガイドチャンネル 48ch
リモコンキーID 3
デジタル親局 前橋 19ch
主なアナログ中継局 桐生 41ch
公式サイト 公式サイト
  

ファイル:GTV.JPG 群馬テレビ株式会社ぐんまテレビ)は、群馬県放送対象地域とする放送局である。略称はGTV。愛称は群テレ

コールサインはJOML-DTV(デジタル)・JOML-TV(アナログ)。独立局である。

現在のキャッチフレーズは"ポチっと群テレ"。

同局のマスコットの名前は『ポチット君』。名前の由来は『ポチッ・・・と群馬テレビをつけてほしい』。

群馬県内が主な視聴エリアだが、埼玉県北部の深谷市本庄市付近や栃木県西部の足利市付近ではNHKと東京キー局を群テレの送信所と同じ位置にある榛名の前橋中継局(足利市は茶臼山の桐生中継局にも)にUHFアンテナを向けて見ている世帯が多いので、それらの世帯でも群馬テレビが視聴可能である(エリア図)。

なお、東京都北部や千葉県北西部の一部でも大型の高性能アンテナと増幅器(受信ブースター)を設置する事によって、遠距離受信が可能であるとされる。

かつて地元紙の上毛新聞と共に読売新聞の文字ニュースを流したり、開局25周年記念自主制作ドラマに読売巨人軍長嶋茂雄監督(当時)が参加したりと、何かと読売新聞社との関係が深い。ちなみに、高校サッカー中継への参加は関東など他の独立U局でも行われている(いた)ことであり、昭和天皇崩御に際してのNNNネット受けについては、当時の関東エリア独立局がNNSへオブザーバー加盟していたことがその理由となっている。

目次

[編集] 沿革

[編集] ネットワークの移り変わり

[編集] 会社概要

群馬テレビ株式会社
種類 株式会社
略称 GTV
本社所在地 〒371-8548 
群馬県前橋市上小出町三丁目38番地の2
設立 1970年(昭和45年)2月16日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に定める一般放送事業
放送番組の制作・販売
コンピュートサインによる広告放映業
イベントの企画・制作・実施・運営
代表者 新井 啓允(代表取締役社長)
資本金 9億6,864万1千円(2008年3月31日現在)
売上高 23億6,250万1千円(2008年3月期)
総資産 32億7,878万9千円
(2008年3月31日現在)
従業員数 78人(2008年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 群馬県 15.06%
群馬土地(株) 8.18%
前橋市 5.38%
(2008年3月31日現在)
外部リンク http://www.gtv.co.jp/
  
  • 所在地 群馬県前橋市上小出町3丁目38番地の2
  • 郵便番号 〒371-8548

[編集] 放送チャンネル

  • 榛名送信所
  1. デジタル放送19ch[JOML-DTV、509.142857MHz、出力112W]
  2. アナログ放送48ch[JOML-TV、映像681.26MHz 1kW、音声685.76MHz 250W]

※2005年11月1日より地上デジタル放送の試験電波が発射されていた。

[編集] 中継局

[編集] アナログ放送の中継局

“ch番号+V”は垂直偏波

中継局 ch 中継局 ch 中継局 ch 中継局 ch
前橋 48
沼田 47 下仁田 47V 利根 47V 片品 46
万場 47 吾妻 38 桐生 41 桐生梅田 47V
草津 41V 嬬恋 47 嬬恋田代 48 沼田沼須 41
白沢 15 川場 31 倉渕 41 横川 41
妙義 34 沼田発知 34 嬬恋千俣 47V 三波川 32
川浦 34V 昭和永井 33V 片品東小川 45 安中遠丸 48V
松井田上増田 31 子持伊熊 31 子持小川原 30 利根大原 30V
渋川金井 47V 行幸田 47V 吾妻萩生 25V 上野 45
神流中里 62 上野乙父 62 上野楢原 47 高山 31
太田 31 太田金山 41 桐生川内 27 大間々 31V
黒保根 31

[編集] デジタル放送の中継局

“ch番号+V”は垂直偏波

中継局 ch 中継局 ch 中継局 ch 中継局 ch
前橋 19
沼田 19 下仁田 19V 利根 29V 片品 44
吾妻 18 草津 30V 倉渕 44 桐生 19
沼田沼須 16 沼田発知 16 川場 51 藤岡鬼石 19
桐生梅田 27V

[編集] デジタル放送の開局予定局

中継局 ch 開局日
嬬恋田代 31 2009年12月7日開局予定
嬬恋干俣 31 2009年12月7日開局予定
太田 34 2009年12月開局予定
太田金山 19 2009年12月開局予定
白沢 16 2009年12月開局予定
利根大原 27 2009年12月開局予定
妙義 20 2009年12月開局予定
横川 28 2009年12月開局予定
片品東小川 29 2009年12月開局予定

[編集] オープニング・クロージング

オープニング
  • 1991年3月までは、青地の静止画数枚程で、電波発射のアニメ静止画(青地に白色で電波鉄塔をシンボル化したオブジェと、鉄塔から電波が発射される様を表現する数個の直径が異なる円を描画した、2色刷り)表示、BGMはヨハン・シュトラウスの「皇帝円舞曲」のサビ部分が流れる→島崎浩アナウンサーの声で神妙に「JOML-TV,JOML-TV」ナレーション→前述のアニメ画にもうひとつ別の円が追加されたアニメ静止画に切り替わる→同じ男性アナで「こちらは、群馬テレビです」→チャンネル・周波数・出力紹介→中継局一覧。
  • 1991年4月からは、前橋市内の一望→群馬テレビの社屋、「JOML-TV 群馬テレビ」の表示→前橋市内、中継局(縦スクロール表示)
  • 2006年からは、榛名山に有る群馬テレビの中継所の空撮映像をバックに群馬テレビのコールサイン『JOML-TV』から『映像周波数・音声周波数・映像出力・音声出力』という順でテロップを表記しナレーション読みをしている。
  • コールサインのナレーションのみ1回繰り返して読む、ナレーターは同局の根岸麻衣子アナウンサーが担当している。
クロージング
  • 1991年3月までは、静止画で『本日も群馬テレビを御覧いただき、ありがとうございました。これで本日の放送は全て終了したします』のナレーション(静止画に使用された写真は日替わりで五月人形電灯等)。その後、文字のみによるチャンネル・周波数・出力紹介→中継局一覧。BGMはエレクトーンで演奏された、ショパンの「別れの曲」。
  • 2006年からは、榛名山に有る群馬テレビの中継所の空撮映像をバックに群馬テレビのコールサイン『JOML-TV』から『映像周波数・音声周波数・映像出力・音声出力』という順でテロップを表記しナレーション読みをしている。
  • 以上の事を終えた後に画面の左上に『おやすみなさい。』とテロップが出される、オープニングでの『おはようございます。』のテロップ表示はされていない。
  • コールサインのナレーションのみ1回繰り返して読む、ナレーターは同局の根岸麻衣子アナウンサーが担当している。
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[編集] 地上デジタル放送

[編集] 主な自主制作番組

群馬テレビが、HDTVの指定をしたもの以外、標準画質のSDTVである。

[編集] 過去の番組

  • ぼくらの放送局(群馬県内の小中学校を毎週1校紹介する番組、主なコーナーは学校紹介(学校の概要と各学年の最近行った主な行事紹介など)や校長先生のインタビュー(その学校の教育目標やその学校に纏わる事など)番組の進行はその学校の生徒会(児童会)の委員が担当。)
  • JAみどりの風
  • クイズ○×△やっぱりぐんま
  • ぐんま・雷・からっ風(群馬県内のローカル線に乗ってその地域の風土や食べ物などを紹介する。司会は小倉智昭
  • 夏の高校野球全国大会中継(2000年から2008年まで、群馬県代表校の試合を故郷応援実況と題して甲子園球場から生中継。大阪・ABCテレビの技術協力で、実況は群馬テレビのアナウンサーが担当する)

[編集] ネット番組

基本的に、放送番組センターなどの番組や過去のキー局発の番組をする事が多い。また通販番組が特に深夜に多いことがある。平日11時台は大阪発のバラエティ番組が放送されている。その一方で中央競馬などのギャンブル、スポーツ中継を除き、これまでマイクロ回線受け同時ネットはなかったが、2009年4月改編で、初めてレギュラー番組に於ける同時ネット番組「5時に夢中!」の放送が開始された。

かつて群馬テレビのホームページにはBBSがあり、局や番組への意見が書き込めた。同掲示板において、キー局が放送していない番組のネット、特にバラエティ番組や独立U局で放送しているアニメ番組のネット要請が見受けられた。そのため、2004年4月より人気が高かった「どうでしょうリターンズ」や同年10月より『アニメ魂』のネットを開始した。なお、その他のUHFアニメの放映は、もっぱら放送局の拡大があった時のみである(『プレイボール』『BLACK LAGOON』『Mission-E』。また1クール強遅れだが『スケアクロウマン』)。

どうでしょうリターンズ」放送の際、大泉洋拉致事件の関係で他局では放送見送りになった「十勝二十番勝負」が放送され、予告にチラッと大泉洋拉致事件が入った「サイコロ5」が放送見送られ、3週連続の総集編も2週目だけカットするなど、不可解な編成をする事が少なからずある。

この他、東海テレビ制作の昼ドラマ枠(フジテレビ系列で平日13:30-14:00に放送)で2-3年前に制作された作品を平日の13:00-13:30に放送している。

※太字はマイクロ受け同時ネット番組

[編集] 日本テレビ系

[編集] TBS系

[編集] フジテレビ系

[編集] テレビ朝日

[編集] テレビ東京系

[編集] 独立UHF局

[編集] その他

[編集] 放送終了したネット番組

(◆は番組自体は現在も放送中)

日本テレビ系
TBS系
フジテレビ系

(関西テレビ)

(東海テレビ)

沖縄テレビ

  • BOOM BOOM(群馬テレビでの番組名は「沖縄発!BOOM BOOM」)
テレビ朝日系

(ABC)

名古屋テレビ=現・メ~テレ

  • Let'sドン・キホーテ
  • サラリーマンバラエティー 平成のオキテ
独立U局

以下はUHFアニメ

その他

[編集] アナウンサー

[編集] 男性

[編集] 女性

[編集] 元群馬テレビアナウンサー

男性アナ
女性アナ
  • 新井留美
  • 安藤桂子(現在は福島放送のアナウンサー)
  • 石川敦子
  • 高橋恵子
  • 春日美奈子
  • 木暮昌子
  • 田村法子
  • 田代はるか
  • 中里貴子
  • 筑井美和
  • 新井聖子
  • 高橋しげみ
  • 一色令子
  • 栗原優子
  • 林きみ代
  • 小林留美子
  • 織田恵子
  • 蛭間真由美
  • 佐藤麗子
  • 小林真理子(現在は楽天市場のWebディレクター[1]
  • 杉本恵子
  • 仲田奈々
  • 吉田恵子
  • 大澤真弓
  • 武藤乃子

[編集] 関連団体

  • 群馬テレビエンタープライズ(結婚退社した女性アナウンサーがこの会社と契約を結び、時々群馬テレビの単発番組に出演することがある)

[編集] 備考

  • なにわ人情コメディ 横丁へよ~こちょ!の群馬テレビ用オリジナル番宣CMがあり、出演している石田靖が「群馬テレビをご覧の皆さん!」と挨拶する。なお、番組は一時期ニューカラオケ大賞が開始されたため休止されていたが、2006年5月より毎週土曜20:00~20:55の枠にて再開された。
  • 1989年昭和天皇崩御の際は群馬テレビとして予定されていた放送をCM含めすべて休止し、オブザーバー加盟していた日本テレビ系列(NNS)が制作した崩御特番を同年1月7日午前から1月8日(正確には9日未明)まで同時ネットした(テレビ神奈川テレビ埼玉千葉テレビも同様)。
  • 東京都北多摩地区をエリアとするJCOM西東京局が、開局から2001年まで再送信していた。ノイズが多かったものの、当時同局では千葉テレビも再送信しており(こちらも2001年に中止)、とちぎテレビを除く関東地方のすべてのUHF局が視聴可能であった。なお、現在はいちかわケーブルネットワークがアナログ放送で再送信を行っているほか、豊島ケーブルネットワークでは地上デジタル放送のみ再送信されており、こちらもとちぎテレビを除く関東地方のすべてのUHF局が視聴可能になっている。
  • 番組ソフト不足などもあって開局から1980年代中ごろまでは主として夕方から夜間のみの放送であった。(朝~夕まではテストパターン映像と音楽放送を実施)その後文字ニュース読売新聞上毛新聞記事提供)を開始し放送時間を段階的に拡大したが、1994年3月まで長らく平日の放送開始は朝10時からであった。(独立UHFが発足した当初はこのような短時間の放送を行うテレビ局は珍しくなかった)。
  • 独立UHF局としては唯一、高校野球選手権大会群馬県代表の地元校応援実況を実施している。
  • 開局は1971年4月で、関東圏の独立UHF局で最も早い。これは、60年代に民放AMラジオの開局を断念した経緯から、テレビ周波数割当て及び免許申請の一本化に際して県政財界が一丸となって働きかけを行ったことが影響している。資金面では群馬銀行の果たした役割が大きく、会社設立後まもなくの増資(第1回1億4,100万円・第2回2億5,900万円)は会社設立~開局まで初代社長を務めた諸田幸一(第8代群馬銀行頭取・第6代全国地方銀行協会会長)の功績によるところが大きい。
  • 開局当初は埼玉県北部の視聴促進も行っており、テレビ埼玉開局までは「本庄市政ガイド」の制作、「本庄まつり」の録画中継も行っていた。
  • 埼玉県北部から群馬県東部へ延びる超高圧送電線(新岡部線など)の敷設工事が1978~79年ごろ始まる関係で、FM波やVHF(特に1ch〜3ch)の影響が出るため本庄、上里、岡部地域などでVHF(東京タワー)からUHF(榛名山の前橋中継局=群馬県)へ切り替える大規模なアンテナ切り替え工事(費用は東京電力負担)が1978年にあり、同地域のほとんどの世帯に榛名向けUHFアンテナが敷設された。このため同地域では結果的に群馬テレビの視聴の促進がなされたことになり、当該工事終了後「テレビ埼玉は映りが悪いが群馬テレビはきれいに映る」世帯がほとんどとなった。当時は陣見山の児玉中継局にはテレビ埼玉のみ中継局が予定され、在京局の中継局設置予定がなかったことが災いし、このときテレビ埼玉受信は考慮されなかった。このことが2009年現在でも同地域で群馬テレビを見る世帯が多い原因でもある(ちなみにテレビ埼玉の開局が1979年と遅かった事もあるだろう。また、地上波デジタル放送の関係によるエリア是正が行われる可能性もあったが、デジタル放送では在京局の前橋中継局も群馬テレビとほぼ同じ出力になっていることもあり行われていない)。
  • 逆に群馬県太田市の一部地域では埼玉の児玉中継局のみにアンテナを向けて群馬テレビを見ていない(見られない)世帯もある。前橋中継局(榛名山)や桐生中継局(茶臼山)が太田金山や唐沢山に阻まれ受信できないため。
  • 2007年10月31日公式サイトが全面リニューアルされた。

[編集] 群馬の放送局

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年10月10日 (土) 16:43 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【群馬テレビ】変更履歴

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