群馬県立桐生高等学校
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群馬県立桐生高等学校(ぐんまけんりつきりゅうこうとうがっこう)は、群馬県桐生市美原町にある県内有数の公立進学校。通称「桐高(きりたか)」。大正6年の設立から卒業生は2万名を越えている。文部科学省によるスーパーサイエンスハイスクール(SSH) 指定校。
目次 |
[編集] 歴史
明治から大正にかけて、県内他市において前橋中学の分校が設立される中、織物の街桐生においては中学ではなく桐生高等染織学校(現・群馬大学工学部)が設立された。従って、桐生の学生達は近隣の太田や佐野、前橋の中学に通うことになり、下宿生活を余儀なくされていた。これを憂えた桐生町民が有志を集めて中学設立に奔走。1917年(大正6年)3月12日に町立桐生中学校として創立された。旧制中学として「町立」の形式をとる学校は、全国においても数えるほどしかない。設立4年目の1921年(大正10年)には県立中学に移管し、1948年(昭和23年)に現在の名称である群馬県立桐生高等学校となった。
設立当初から『東毛の雄』として、進学面・スポーツ面で大きな結果を残してきた。(硬式野球部の甲子園大会での戦績については下記を見よ)
開校以来男子校であったが、1998年から男女共学の理数科を設置した。しかし普通科の方は依然として男子のみであり、男子生徒の方が圧倒的に人数が多い。
[編集] 校訓
「独立自尊」「文武両道」
[編集] 教育目標
[編集] 校歌
- 作詞:篠崎与十郎(元・国語教諭)
- 作曲:岡野貞一
- 編曲:高橋龍右(元・音楽教諭)
戦前は、校歌は3番までの編成であったが、2番の内容が軍国主義的であるとの理由から削除された。「幻の2番」である。
[編集] 学校生活
JR・わたらせ渓谷鐵道桐生駅から徒歩5分、上毛電鉄西桐生駅から徒歩10分の立地にあり、通学に不便はない。東武鉄道新桐生駅・相老駅からは、市内循環バスである「おりひめバス」を利用することになる。みどり市笠懸町・大間々町、旧薮塚本町からは、自転車通学をする生徒も多い。
周辺には桐生市立図書館や新川公園があり、閑静な環境である。
ほぼ100%の学生が4年制大学進学を希望する進学校である。少子化の影響から入学志願者が減少し、一時は0.99倍(募集人員を志願者数が1名下回った)にまで落ち込んだ。しかし、共学化改革と市内中学への積極的な働きかけや学区制の廃止により人気が高まり、特に理数科の入試は県内でも屈指の競争率となっている。
現在、生徒一人一人の進路をかなえるため、夏期休業中の補習や土曜日に希望制の補習、進路指導の強化や大学見学・講義なども行っている。また、修学旅行の日程の中に現地の大学・企業見学が内容として組み込まれている。こういった改革や積極的な受験指導により、大学合格実績は国公立大学合格者数・難関私大合格者数とも増加している。
平成10年に新たに設けられた理数科は、「物づくり」の伝統を持つ桐生という土地柄と地元に群馬大学工学部があるという好条件を活かし、他にはない教育を目指している。特に4月には「理数科オリエンテーション」が行われ、自然科学への興味を深める講義、 コンピュータの基礎を学ぶ学習などが行われるほか、サイエンス合宿などのカリキュラムが組まれている。ロケット製作・実験の分野での活動が近年評価され、第5回種子島ロケットコンテストに唯一の高校生チームとして出場した。
行事は、体育祭と文化祭が一年交代で交互に行われるほか、修学旅行やマラソン大会などがある。
[編集] 硬式野球部の戦績
同校は戦前から戦後にかけて、北関東の高校野球界を牽引する存在であった。以下において甲子園大会での戦績のみ記載する。
| 西暦 | 大会名称 | 勝敗 | 回戦 | スコア | 対戦校 | 備考・関連項目 |
| 1927 | 第13回全国中等学校優勝野球大会 | ● | 1回戦 | 1-2 | 福岡中(岩手) | 阿部精一 |
| 1930 | 第16回全国中等学校優勝野球大会 | ● | 1回戦 | 1-2 | 平安中(京都) | |
| 1931 | 第17回全国中等学校優勝野球大会 | ○ | 1回戦 | 2-1 | 福岡中(岩手) | |
| ● | 2回戦 | 0-3 | 松山商(愛媛) | |||
| 1933 | 第10回選抜中等学校野球大会 | ● | 1回戦 | 0-3 | 海草中(和歌山) | |
| 1934 | 第20回全国中等学校優勝野球大会 | ○ | 1回戦 | 4-3 | 早稲田実(東京) | |
| ● | 2回戦 | 0-8 | 呉港中(広島) | |||
| 1935 | 第21回全国中等学校優勝野球大会 | ● | 1回戦 | 0-4 | 秋田商(秋田) | |
| 1936 | 第13回選抜中等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 9-7 | 熊本工(熊本) | |
| ○ | 2回戦 | 2-1 | 小倉工(福岡) | |||
| ○ | 3回戦 | 1-0 | 東邦商(愛知) | |||
| ○ | 準決勝 | 5-4 | 育英商(兵庫) | |||
| ● | 決勝 | 1-2 | 愛知商(愛知) | 青木正一 | ||
| 1936 | 第22回全国中等学校優勝野球大会 | ○ | 1回戦 | 4-0 | 呉港中(広島) | |
| ○ | 2回戦 | 3-1 | 京阪商(大阪) | |||
| ● | 3回戦 | 5-6 | 平安中(京都) | |||
| 1939 | 第16回選抜中等学校野球大会 | ● | 1回戦 | 0-5 | 熊本工(熊本) | |
| 1939 | 第25回全国中等学校優勝野球大会 | ● | 1回戦 | 2-3 | 福岡工(福岡) | |
| 1940 | 第17回選抜中等学校野球大会 | ● | 1回戦 | 0-1 | 愛知商(愛知) | |
| 1941 | 第18回選抜中等学校野球大会 | ● | 1回戦 | 0-6 | 滝川中(兵庫) | |
| 1947 | 第19回選抜中等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 6-3 | 今宮中(大阪) | |
| ○ | 2回戦 | 10-2 | 海草中(和歌山) | |||
| ○ | 3回戦 | 3-2 | 津島中(愛知) | |||
| ● | 4回戦 | 3-4 | 徳島商(徳島) | 常見忠 | ||
| 1947 | 第29回全国中等学校優勝野球大会 | ● | 1回戦 | 0-3 | 小倉中(福岡) | |
| 1950 | 第22回選抜高等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 9-3 | 洛陽高(京都) | |
| ● | 2回戦 | 2-3 | 長良高(岐阜) | |||
| 1951 | 第33回全国高等学校野球選手権大会 | ● | 1回戦 | 1-3 | 県立和歌山商(和歌山) | |
| 1955 | 第27回選抜高等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 1-0 | 天理高(奈良) | |
| ○ | 2回戦 | 12-0 | 明星高(大阪) | |||
| ○ | 準決勝 | 6-3 | 高田高(奈良) | |||
| ● | 決勝 | 3-4 | 浪華商(大阪) | |||
| 1955 | 第37回全国高等学校野球選手権大会 | ○ | 1回戦 | 3-1 | 玉島高(岡山) | |
| ● | 2回戦 | 4-10 | 日大三(東京) | |||
| 1958 | 第28回選抜高等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 2-0 | 西条高(愛媛) | |
| ● | 2回戦 | 2-3 | 中京商(愛知) | |||
| 1958 | 第40回全国高等学校野球選手権大会 | ○ | 1回戦 | 3-1 | 御所工(奈良) | |
| ● | 2回戦 | 0-3 | 魚津高(富山) | |||
| 1963 | 第45回全国高等学校野球選手権大会 | ○ | 1回戦 | 1-0 | 米子南(鳥取) | |
| ○ | 2回戦 | 5-0 | 新潟商(新潟) | |||
| ○ | 3回戦 | 9-4 | 南部高(和歌山) | |||
| ● | 準々決勝 | 1-2 | 下関商(山口) | |||
| 1964 | 第36回選抜高等学校野球大会 | ● | 1回戦 | 3-6 | 平安高(京都) | |
| 1966 | 第48回全国高等学校野球選手権大会 | ○ | 1回戦 | 3-1 | 広島商(広島) | |
| ○ | 2回戦 | 10-1 | 北陽高(大阪) | |||
| ● | 3回戦 | 2-4 | 中京商(愛知) | |||
| 1967 | 第39回選抜高等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 4-3 | 松山商(愛媛) | |
| ● | 2回戦 | 2-3 | 高知高(高知) | |||
| 1978 | 第50回選抜高等学校野球大会 | ○ | 1回戦 | 3-1 | 豊見城(沖縄) | |
| ○ | 2回戦 | 7-0 | 岐阜高(岐阜) | |||
| ○ | 準々決勝 | 4-0 | 郡山高(福島) | |||
| ● | 準決勝 | 2-3 | 浜松商(静岡) | |||
| 1978 | 第60回全国高等学校野球選手権大会 | ○ | 1回戦 | 18-0 | 膳所高(滋賀) | |
| ● | 2回戦 | 0-3 | 県岐阜商(岐阜) |
[編集] 主な出身者
- 学術・研究
- 森喜作(きのこ博士 小学校六年の国語の教科書に掲載される 京都大学農学部卒)
- 村野宣忠(法華経を初めて英訳 立正大学教授)
- 松島弥太郎(群馬大学教授 同大教育学部長 上武大学学長)
- 松井弘次(群馬大学教授 同大工学部長)
- 神山恵三(気象学者 著書;「気象と人間」「森の不思議」他)
- 飯野理一(早稲田大学名誉教授)
- 笠木 求(東京大学教授)
- 石川正幸(東京医科歯科大学名誉教授)
- 稲田献一(大阪大学教授 経済学)
- 伊沢計介(東京工業大学教授)
- 伊沢康司(名大応化会会長)
- 高瀬嘉平(東北大学教授)
- 小暮智一(京都大学名誉教授・天文学者)
- 松島皓三(筑波大学名誉教授)
- 庭山英雄(法学者・弁護士・元伊藤塾講師)
- 石川義和(東北大学教授)
- 石川信義(精神科医 著書;「心病める人たち」他 東京大学医学部卒)
- 吉田孝人(浜松医科大学名誉教授)
- 小野延雄(南極観測隊員 北海道大学低温科学研究所教授)
- 堀越勇(富山医科薬科大学名誉教授)
- 須藤壬章(慶應義塾大学経済学部教授)
- 寺尾日出男(北海道大学大学院農学研究科教授)
- 岡部平八郎(東京工業大学教授 同大副学長)
- 青柳武彦(国際大学グローコム教授)
- 田渕俊雄(東京大学教授・日本学術会議会員)
- 佐々木弘(神戸大学教授・経済学者)
- 海老根東雄(東邦大学医学部名誉教授)
- 石川信克(結核予防会結核研究所長 東京大学医学部卒)
- 中込良廣(京都大学原子炉実験所教授)
- 長谷川昭(東北大学理学部教授)
- 保嶋実(弘前大学医学部教授)
- 安田一彦(東北大学教授)
- 村上正巳(群馬大学大学院医学系研究科教授)
- 亀田貴雄(氷雪学者)
- 板橋英之(群馬大学大学院工学研究科長兼工学部長)
※その他研究者多数
- 芸術・文化
- オノサト・トシノブ(画家)
- 山口晃(画家)
- 星野富弘(詩人・画家 中学校の国語・道徳の教科書に随筆が掲載される)
- 塩谷太郎(著述業)
- 木村菊太郎(著述業・演劇評論・邦楽研究)
- 大野明男(著述業)
- 田村竜騎兵((朝日新聞で将棋・囲碁の「名物観戦記者」として知られる)
- 岡部英二(アニメーションディレクター)
- 大屋研一(著述業)
- 鶴岡憲一(読売新聞記者・著述業)
- 都丸修一(朝日新聞東京本社外報部デスク)
- 羽塚由(NHKアナウンサー)
- 政治
- 杉野曻(群馬県議会議員 医師 東京大学医学部卒)
- 腰塚治男(群馬県議会議長)
- 金子清(新潟県知事 東京大学法学部卒)
- 大澤善隆(前桐生市長)
- 亀山豊文(桐生市長)
- 石原条(みどり市長)
- 田村確也(旧笠懸町長)
- 近藤昭次(旧大間々町長)
- 経済
- 法曹
- スポーツ
- 稲川東一郎(桐高野球部監督)
- 皆川定之(阪神タイガース選手)
- 青木正一(阪神タイガース選手)
- 稲川豪一(元プロ野球選手)
- 大塚鶴雄(元プロ野球選手)
- 木暮力三(読売ジャイアンツ選手)
- 常見茂(元プロ野球選手)
- 三輪裕章(阪神タイガース選手)
- 中村栄(元プロ野球選手)
- 深沢督(元プロ野球選手)
- 池田力(元プロ野球選手)
- 木暮英路(元プロ野球選手)
- 常見昇(元プロ野球選手)
- 斎藤宏(元プロ野球選手)
- 神山栄作(元プロ野球選手)
- 後藤順治郎(元プロ野球選手)
- 毒島章一(東映フライヤーズ選手)
- 中静唯八(元プロ野球選手)
- 浦田直治(西鉄ライオンズ選手・西武ライオンズスカウト・球団社長)
- 今泉喜一郎(大洋ホエールズ選手)
- 田辺義三(西鉄ライオンズ選手)
- 間所宏全(元プロ野球選手)
- 山口慶一(元プロ野球選手)
- 高田重信(元プロ野球選手)
- 黒崎武(元プロ野球選手)
- 川島勝司(アトランタオリンピック野球日本代表監督)
- 河原井正雄(青山学院大学硬式野球部監督)
- 相場勤(慶應義塾大学硬式野球部監督)
- 木暮洋(甲子園のアイドル・六大学通産17勝)
- 阿久沢毅(王貞治の再来と評されたスラッガー)
- 鏑木毅(トレイルランニングの選手)
- 芸能
- その他
- 町田一郎(陸士56期卒 陸軍中佐 第三独立飛行隊(特別攻撃隊・義烈空挺隊輸送任務)正操縦士)
- 高草木博(原水爆禁止日本協議会事務局長)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年12月7日 (月) 16:33 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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