老子道徳経
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老子道徳経(ろうしどうとくきょう) [ 中国語] は、中国の春秋時代の思想家老子が書いたと伝えられる書。本来の名称は老子道德經(漢字制限(当用漢字、常用漢字、教育漢字)で現表記)。単に『老子』とも『道徳経』とも表記される。『荘子』と並ぶ道家の代表的書物。道教では『道徳真経』ともいう。
目次 |
[編集] 成立・伝来
[編集] 伝説上の老子道徳経
老子は楚の人。隠君子として周の図書館の司書をつとめていた。孔子は洛陽に出向いて彼の教えを受けている。あるとき周の国勢が衰えるのを感じ、牛の背に乗って西方に向かった。函谷関を過ぎるとき、関守の尹喜(いんき)の求めに応じて上下二巻の書を書き上げた。それが現在に伝わる『道徳経』である。その後老子は関を出で、その終わりを知るものはいない。
[編集] 文献学上の老子道徳経
しかし、現在の文献学では、伝説的な老子像と『道徳経』の成立過程は、少なくとも疑問視されている。
まず、老子が孔子の先輩だったという証拠はない。伝説では老子の年は数百歳だったというが、あくまで伝説である。前述の、孔子が老子に教えを受けたという話は『荘子』に記されている。しかし『荘子』の記述は寓話が多く、これもそのうちの一つである可能性が非常に高い。
『荘子』にたびたび登場している点から見て、老子の名は、当時(紀元前300年前後)すでに伝説的な賢者として知られていたと推測される。ただし、荘子以前に書物としての『老子道徳経』が存在したかは疑わしい。『道徳経』の文体や用語は比較的新しいとの指摘がある。たとえば有名な「大道廃れて仁義あり」の一文があるが、「仁義」の語が使われるのは孟子以降である。
一方で『韓非子』(紀元前250年前後)には、『道徳経』からの引用がある(ただしその部分については偽作説もある)。
現在有力な説では、『荘子』で言及されている伝説的な賢者の老子は『老子道徳経』の作者ではなく、『道徳経』はのちの道家学派によって執筆・編纂されたものであろうということである。
[編集] 伝来
- テキストとしては、郭店一号楚墓から出土したものが最古である。それに次ぐものとして馬王堆漢墓からの出土(『老子帛書』)がある。王弼と河上公とは本文に違いがあり、唐代初めの傅奕(ふえき)による編集とされる老子古文も言及されることが多い。
- 注釈書としては、魏の王弼(おうひつ)による『老子注』と、漢の河上公(かじょうこう)によるものとされる(実際にはおそらく六朝時代のもの)『老子河上公注』が代表的なもの。また、唐の玄宗皇帝による『開元御注道徳経』というのもある。部分的に残存しているものとしては漢代の厳遵によるとされる『老子指帰』がある。その他にも中国で歴史上多数の注釈書が作られ、近代以前に作られて名前だけでも伝わっている典籍が数百ある。近代、世界的に古典と認識されてからは更に多く作られている。
[編集] 内容
[編集] 形式
『老子道徳経』は5千数百字(伝本によって若干の違いがある)からなる。全体は上下2篇に分かれ、上篇は「道の道とすべきは常の道に非ず(道可道、非常道)」、下篇は「上徳は徳とせず、是を以て徳有り(上徳不徳、是以有徳)」で始まる。『道徳経』の書名は上下最初の字をとったもの。
上篇37章、下篇44章、合計81章からなる。それぞれの章は比較的短い。章分けはのちの注釈者によるもの。68章に分けた注釈もある。一方で、81章より多く分けた方が文意が取りやすいとの意見もある。
『道徳経』には、固有名詞は一つも使われていないことが指摘されている。短文でなっていること、固有名詞がないことから、道家の俚諺(ことわざ)を集めたものではないかという説がある。
[編集] 思想
老子の根幹の思想である無為自然とは、自然との融合を目指すという意味は持たず、「あるがままに暮らすべきだ」のような曖昧で中途半端な思想ではない。これは政治思想であり、以下に述べるように、「人民は無知のまま生かしておくのが最も幸せである」とする思想である。
- 不尚賢 使民不爭 (賢者を尊びさえしなければ、民を争いあわせることもない。)
- 不貴難得之貨 使民不爲盜 (得がたい財貨に価値を与えなければ、民に盗みをさせることもない。)
- 不見可欲 使心不亂 (欲しくなるかもしれない物も、見なければ心は乱れない。)
- 是以聖人之治 (だから聖人の政治の下では、)
- 虚其心 實其腹 (民は、空虚な意識しかなくとも腹は満腹で、)
- 弱其志 強其骨 (心は弱くとも骨肉は頑強である。)
- 常使民無知無欲 (常に民には何も知らせず、そして何も欲させるな。)
- 使夫知者不敢爲也 (知識人は、政治に活用するのではなく、何もさせるな。)
- 爲無爲 則無不治 (『何もしないこと』をすれば、必ず天は治まる。)(道徳経3章)
また、老子に於いては儒教的価値の批判ないし客観化をこころみている。たとえば、以下にあげるように、仁義や善や智慧、孝行や慈悲、忠誠や素直さは、現実にはそれらがあまりに少ないからもてはやされるのであって、大道の存在する理想的な世界おいては必要のない概念であると述べる。
- 大道廢 有仁義 (偉大な「道」が廃れてはじめて仁義が現れる。)
- 智慧出 有大僞 (智慧がとりたざされるときには大いなる欺瞞がある。)
- 六親不和 有孝慈 (父、母、叔父、伯父、叔母、伯母の六親の仲が悪いときに限って孝行や慈悲がもてはやされる。)
- 國家昏亂 有貞臣 (国家が混乱し(皇帝の意見に雷同する臣下がはびこっ)ているときに限って、率直に皇帝を諫める貞臣が認識されるようになる。)(道徳経18章)
「飢饉というものは年のめぐり合わせによる異常気象で発生する自然の現象である。しかし民衆の生活を破壊する飢饉は、君主が自分の消費のために税収の目減りを我慢できず、飢饉でみんなが困っている時に、税をさらに重くして、なお余計に奪い取ろうとする《食税》から発生するのである。これが民の飢饉の惨害の本当の原因なのだ(人之饑也、以其取食税之多、是以饑)」(帛書『老子・乙本』第七十七章)
「天の振る舞いに於いては、何か不足すれば、余っているところから補われて全体のバランスが保たれる。ところが人間の制度はそうではない。欠乏している人民から高い税を取り上げて、すでにあり余って満ち足りている君主に差し上げる。どこかの君主がそのあり余る財力で、天下万民のために何かをしてくれるとしたら、それこそ有道の君主と評価できるのにねえ(天之道、損有餘而益不足、人之道則不然、損不足以奉有餘、孰能有餘以取奉於天者、唯有道者乎)」(第七十九章)
「強大な覇権国家の君主は自分の言いなりに搾取できる家畜のような人間の数を増やしたいから、他国を侵略するのだ。弱小国家の君主は、せめて我が身、我が国を尊重してくれるならばと、超大国に屈従して、身売りの算段をしているだけだ。結局、戦争とか平和というものは君主たちの意地の張り合いだけで、民衆のことなんか何も思ってやしないんだから、まあ勝手にしたらよかろう(大國者不過欲并畜人、小國者不過欲人事人、夫皆得其欲)」(第六十一章)
「道義によって君主を補佐するならば、軍事力の強大さによって天下の人々を従わせようとはしないことだ。そうすれば天下の人々はきっと道義をもって応じてくれよう。軍事的な圧力をかけると周囲に茨が生えたように反抗する勢力も起きてくるようになり、戦争は結局、進めば進むほど自分も傷ついていく、茨の道だということがわかるようになる(以道佐人主、不以兵強於天下、其事好還、師之所處、荊棘生之)」(第三十章)
「戦争がうまい将軍は感情に左右されない。兵法がうまくて、いつも最善の勝利を確実にできる将軍は、戦争そのものをしない。人を使うことに巧みな人は、何ごとも謙遜してへりくだった姿勢をとる。これが何事も争わない《不争之徳》というものであり、人々の力を用いるコツであり、天道に配慮した方策で、聖人君子の政治理念である(善戰者不怒、善勝敵者弗與、善用人者爲之下、是謂不爭之徳、是謂用人、是謂配天、古之極也)」(第七十章)
「聖人はいつも私心を持つことがなく、民全体の心を自らの心と(して、政治の決断を)する。(聖人恒無心、以百姓之心為心)」(第四十九章)ここでは、聖人は民のことを考えて政治をするとは書いてあるが、その手段が民主的投票や選挙であるとは書いていない。あくまで聖人が自らの主観的判断に基づいて決断を下すのである。
「災禍の原因は、仮想敵国となるライバルがなくなって、油断しきってしまうことが最も大きい。強力なライバルがいなくなったら、本来活用すべき人材、提案、発明、万物を生かす知恵など、君主が宝とすべきものが時代にそぐわない無用の長物として排斥されて、回復できなくなってしまう(禍莫大於無敵、無敵斤亡吾寳矣)」(第七十一章)
「知らないことを知ることは進歩であり、その積み重ねは立派なことだ。反対に、何も知らないくせに知ったかぶりしているというのは虚栄であり、精神の病理に由来する(知不知、尚矣、不知知、病矣)」(第七十三章)
「魚介類をたくさん水揚げしたからといって、集めておいても長く保存できるものではない。すぐ腐ってしまう。宮殿の部屋いっぱいに金器・玉器の宝物が並んでいても、それが代々にわたって受け継がれたという例はない。他の諸侯や盗賊が宝物を目当てに奪い取りに来るからだ。すでに地位も高く、十分に財産もできたというのに、驕りたかぶって、さらに欲望のかたまりになる、そんなことでは自分から墓穴を掘って、晩節を汚すことになろう。世の中で十分にやりたい仕事をしたと思ったら、その後は引退して世の人々の邪魔にならないように、恩返しのために生きるのが、天の定めた人生の道というものだ。(湍而群之、不可長保也、金玉盈室、莫能守也、貴富而驕、自遺咎也、功遂身退、天之道也)」(荊門郭店楚簡『老子・甲書』)
「世の中の肩書きと人生はどっちが大切か。自分の生命を犠牲にするほどのお金や品物があるものか。物欲を満たすこと、人生に挫折すること、どちらが大問題なのか。人や物事を非常に愛すると、必ず無理をして、たくさんの費用をかけることになる。多くの富を集めすぎると、必ずその富を奪い取られた人々の怨恨と憎悪も集中する。したがって物事は、ある程度で満足して、変な欲を出さないでおけば、めったに恥辱をうけることはないし、ある程度で見切りをつけて、あえて危険に踏み込まなければ、何も心配することはない。だから長く安定を維持できるのである(名與身孰親、身與貨孰多、得與亡孰病、甚愛必大費、多藏必厚亡、故知足不辱、知止不殆、可以長久)」(荊門郭店竹簡『老子・甲書』・帛書『老子・乙本』第四十四章)
[編集] 影響
『道徳経』が荘子に影響を与えたかどうかは疑わしい。しかし、後の荘子学派(『荘子』外篇・雑篇)や、道家(『淮南子』など)には影響を与え、荘子と老子の思想は「老荘思想」として統合されることになった。
無為による治世の思想は、漢代の張良・陳平・曹参などに実践された。
老荘思想は文化面で大きな影響を中国や日本に及ぼした。俳諧の分野では荘子に想を得る表現が多用された。
19世紀以来『道徳経』はヨーロッパ各国語に相次いで訳されて、世界的な古典としての定評が生まれた。
寺田寅彦のエッセイにドイツ語で『老子』を読んでの親しみやすさについて記載がある[1]ので、確かに戦前からインテリ層の間で欧文訳が認知されていた。
戦後特に英語圏の著作を通してタオブームが日本へも伝わり、中国古典への新たな視点として広く受け入れられた。加島祥造の多数の著述活動が著名である。
2001年に慶應義塾大学出版会で、井筒俊彦英訳『老子 Lao-Tzu The way and its virtue』が刊行された。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 『老子』 武内義雄訳注、岩波書店〈岩波文庫〉、1943年。 - 絶版。
- 『老子』 木村英一訳・野村茂夫補、講談社〈講談社文庫〉、1984年10月。ISBN 4-06-183221-2。 - 絶版。
- 『老子』 阿部吉雄訳著・山本敏夫訳著・渡辺雅之編、明治書院〈新版 新書漢文大系2〉、2002年7月。ISBN 4-625-66311-3。
- 『老子』 福永光司訳注、朝日新聞出版〈朝日選書 1009 中国古典選〉、1997年1月。ISBN 4-4-02-259009-2。
- 『老子 荘子』 福永光司訳注、筑摩書房〈世界古典文学全集17〉、2004年7月。ISBN 4-480-20317-6。
- 『老子』 小川環樹訳注、中央公論社〈中公文庫〉、1997年3月。ISBN 4-12-202814-0。
- 『老子』 小川環樹訳注、中央公論新社〈中公クラシックス E11〉、2005年4月。ISBN 4-12-160077-0。
- 『老子』 蜂屋邦夫訳注、岩波書店〈岩波文庫 33-205-1〉、2008年12月。ISBN 978-4-00-332051-8。 - 2008年に新訳。研究著書もある。
- 『老子・荘子 中国の古典』 野村茂夫訳注、角川書店〈角川ソフィア文庫〉、2004年12月。ISBN 4-04-367503-8。
- 『タオ』 加島祥造訳著、筑摩書房〈ちくま文庫 か49-1〉、2006年10月。ISBN 4-480-42267-6。 - 自由訳。多数の関係著書がある。
- 『老子 無知無欲のすすめ』 金谷治訳著、講談社〈講談社学術文庫 1278〉、1997年4月。ISBN 4-06-159278-5。
- 『老子・荘子』 森三樹三郎著、講談社〈講談社学術文庫 1157〉、1994年12月。ISBN 4-06-159157-6。
- 『老子入門』 楠山春樹著、講談社〈講談社学術文庫 1574〉、2002年12月。ISBN 4-06-159574-1。
- 張鐘元 『老子の思想 タオ・新しい思惟への道』 上野浩道訳、講談社〈講談社学術文庫 789〉、1987年7月。ISBN 4-06-158789-7。 - 英訳版が元。
[編集] 外部リンク
- 平成浮世奇譚 老子論と随筆のHP
- 老子道徳經解題 秋山 陽一郎
- 老子道德經 唐易州龍興觀道德經碑本
- 老子道徳眞經
- UTF-8版 諸本対校道徳眞經
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最終更新 2009年10月30日 (金) 16:10 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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