肥後克広
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| 肥後克広 | |
|---|---|
| 本名 | 同じ |
| 生年月日 | 1963年3月15日(46歳) |
| 出身地 | |
| 血液型 | AB |
| 身長 | 179cm |
| 方言 | 標準語 |
| 最終学歴 | 沖縄県立那覇工業高等学校 |
| 師匠 | 杉兵助 |
| 出身 | 渋谷道頓堀劇場 |
| トリオ名 | ダチョウ倶楽部 |
| 相方 | 寺門ジモン・上島竜兵 |
| 芸風 | ものまね など |
| 立ち位置 | 中央 |
| 事務所 | 太田プロダクション |
| 活動時期 | 1985年-現在 |
| 同期 | ウッチャンナンチャン 中山秀征 など |
| 現在の代表番組 | 志村屋です。 徳光&史朗の暴走おやじアナ |
| 過去の代表番組 | 志村塾 志村けんのだいじょうぶだぁII 朝はビタミン! など |
| 配偶者 | 既婚 |
肥後 克広(ひご かつひろ、1963年[[3月15日 - )は日本のお笑いトリオ·ダチョウ倶楽部のリーダー、ツッコミ(昔はボケ)。沖縄県那覇市出身。血液型はAB型。星座はうお座。愛称は「肥後ちゃん」。志村けんからは「かっちゃん」とも呼ばれる。所属事務所は太田プロダクション。沖縄県立那覇工業高等学校卒業。喫煙者でもある。長男も太田プロ所属の「ジュモンれもん」ボケ担当の肥後DNA博暁(ひごでぃーえぬえーひろあき)。
目次 |
[編集] 来歴
那覇市に三人兄弟の末子(上は姉2人)として出生。肥後自身はお笑いタレントとしての立場上多くは語らないが生家は経済的に苦しかった上、肥後の実父が病気で早世するなど少年時代は母と二人の姉ともども苦労が多かった。子供の頃にセミを取って焼いて食べたエピソードは有名。両親は奄美大島出身。
商業デザイナーとして就職・活動するもお笑い修行のため辞職、ダチョウ倶楽部結成以前からコント赤信号の活動に参加したり、映画にチョイ役で出演していた。南部虎弾の脱退でメンバー最年少にもかかわらずリーダーとなったが、ネタやものまねを最終的にまとめるのは彼の役目であり、彼らのギャグのように「背の高さだけでリーダーをやっている」わけではない。
DREAMS COME TRUEの中村正人に容姿が似ており、肥後と中村はお互いこれをネタにしている。DREAMS COME TRUEの原案・主演映画「アマレット」では肥後が「ドリカムの中村正人」を演じているが、これは中村の希望によるものだった。
私生活では元コメディアンだった夫人とブレイク前に結婚、上島竜兵の婚約直前に妻と一男一女があることを発表し話題となった。その後もう一人女児を授かり現在は三児の父である。また沖縄で健在の実母(一般人)もたびたびバラエティー番組に登場し話題をまいた。
[編集] 天然ボケ伝説
- グループのリーダーということで見過ごされがちだが、実はダチョウ倶楽部屈指の天然ボケで、数々の迷言を残している。
- このような発言があるため、『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』の第5回プレゼン大会で有吉弘行が「肥後という男」をプレゼンし、そこで上記の迷言を暴露した。そして、2008年7月3日の『アメトーーク』でついに実現し、今まで見せたことのない肥後の天然ぶりが暴露された。
- オフェンスの反対はショート(オフェンスも「守る人」と勘違いしていた)。
- イチローを知らず、初対面にして「大きくなったね」と発言した(たまたま会った場所が居酒屋で、その店の店長の息子かと思った)。ちなみにイチローは「お陰様で」と大人の対応をしたとされる。
- 松井秀喜のポジションは「ガヤ」(正確には本人は「外野」と言いたかった。しかも、レギュラーではない)。
- KY(空気が読めない)をTK。また、それについて説明している最中には「チーケー」といった。
- フィギュアスケートをフィギーヤー。
- 竜兵会での飲み会でじゃれ合いにも関わらず上島を本気で殴ってしまう。
- 土田からおみやげとして頼まれたブラジルのサッカーのユニホームに何故か格闘家のノゲイラのサインがしてあった。
- 「ジーコは現役時代、何の選手だ」と本気で後輩に聞いた。
- 「子供の頃、マッカーサーに抱っこしてもらった!写真もある!」と言い張っていたが、マッカーサーが連合国軍最高司令官として来日したのは1945年8月30日であり、肥後の年齢とは計算が全く合わない。よくよく聞いてみると、「マッカーサーに抱っこしてもらった」のは母親から教えられており、母親当人も「マッカーサー」ではなく「松岡さん」(肥後の近所のおばさん)と言ったつもりだった。
- 源頼朝を「げん ていちょう」と読んだ(「むしろ読みづらい!」上島竜兵談)
- 懐かしのヨーヨーの話で盛り上がっていた時に、土田に突然「犬の世話できるか?」と聞いた。前後の文脈を全く無視したこの唐突な質問に思わず土田が「できません!」と言った後でよくよく考えた結果「犬の散歩」を言おうとしていた。
[編集] エピソード
- 『所印の車はえらい』という番組で、アメ車のビュイック・パークアベニューを150万円で購入するが、TBS系『王道バラエティ つかみはOK!』初回において肥後が知らない間に唐草模様のオープンカーに改造された挙句、スタントカーに突っ込まれ爆破された。その後シボレー・カマロ、ホンダ・ステップワゴンを購入。
- 母親には可愛がられており、学生服の背中を当時いじめられていた生徒にタバコの火で焦がされた時も優しく諭した。しかし、高校の進路相談で自動車学校への進学を薦め教師を呆れさせたこともある(上京後は、心配をかけさせないためテレビ番組に出演するようになるまであまり連絡を取っていなかった)。
- 娘がアンジャッシュのファンで「いつも計算されたコントに感心しています。それに比べてうちの父は同じコメディアンなのに、熱いお風呂にはいったりしてばかりで情けないです。」とファンレターを送り、名字が「肥後」だったことから「娘さんですか?」と確認され、「俺はいつも計算されたリアクションをやってるんだ!」と娘を諭す(『とんねるずのみなさんのおかげでした』内食わず嫌い王決定戦内で語る)。
- 自衛隊パブが出店し始めた頃から、よく店に出入りしていたことをメンバーの上島と寺門にバラエティ番組で暴露され、苦りきった肥後の表情が画面に映し出されたことがある。
- 森本レオのものまねで本人と一緒にCMに出演した際、ものまねの癖がありすぎて、監督が森本レオ本人に対し「(肥後さんみたいに)もっとレオさんらしくしてください」と発言したという逸話がある。
- 温厚そうな外見とは裏腹に意外と短気な部分がある。
- その怒り方は土田晃之曰く「インテリヤクザのキレ方」で、相手の目をじっと見つめ声のトーンを落とし怒るというもので、相方である上島を幾度となく泣かせている。
- 『スーパージョッキー』の「THEガンバルマン」コーナーで氷上プロレスをした際、滑って氷に頭をぶつけて頭部を切る大怪我を負った。だが病院に寺門は来ず、上島が付き添ったことに不信感を持つが、後日その時のVTRを確認すると、実は上島が滑って転んだ際に肥後の足を払って転んだという事実を知り、上島が付き添った理由を悟った。
- おでんで家が建ったことから、自宅は「おでん御殿」と言われている(2009年4月5日『中居正広のブラックバラエティ』より)。
- 縄跳びが苦手であり、一番初歩的な前跳びさえもぎこちない。土田晃之曰く「オランウータンのような縄跳び」(2009年7月2日『アメトーーク』)。
- 全日本プロレスのイベントに出演する際、社長の武藤敬司への挨拶と打ち合わせの際、全日本プロレスのライバル団体、新日本プロレスのTシャツを着用して参加したことがある。
- 阪神タイガースファンのダンカンと、巨人対阪神戦を観戦した際、バックネット裏で試合前の練習をダンカンと一緒に観察していると、巨人監督・原辰徳から「お?阪神を応援してるな??」と声をかけられ「そうなんですよ。原さんは、どっち応援してるんですか?」と答えた(デンジャラス安田談)。
[編集] ものまねレパートリー
- 森本レオ - 中学時代からの持ちネタ。ものまね番組で本人の前で披露して以来、十八番となる。のち森本とはコマーシャルでも共演している。
- 森本レオの声には1/fゆらぎが現れているのだが、森本の真似をしている時の肥後にも/fゆらぎが現れている。
- 名古屋章 - 決め台詞は「なななな、おい!」。最後は頭をぶたれ脳卒中を起こして倒れる仕草をするのが御約束だった。のち本人死去で封印となった。
- 久米宏 - 決め台詞は「すいません、真中瞳が気になって何も聞いてませんでした。ヒッヒッヒッヒッ」。2001年にはニュースステーションに久米の物まねで出演し、本人との共演を果たしたこともある。
- 高田明(ジャパネットたかた代表取締役社長) - ソニーから発売されているテレビ「ベガ」の紹介の真似。
- ジャンボ鶴田 - 名古屋章と同様、本人死去で封印。しかし2007年6月10日の全日本プロレス『武藤祭』で久々に披露した。
- 福井敏雄 - やはり本人死去で封印。
- 具志堅用高
- 中村正人 - 外見も似ているが、中村からは「(物まねが)似すぎていて洒落にならない」と述べるなど公認されている。先述のようにドリカムの自主製作映画『アマレット』では肥後が中村を演じている。
…など。
[編集] 出演
- 志村屋です。 (フジテレビ系列)
- 志村けんのバカ殿様(フジテレビ系列 ダチョウ倶楽部として)
- 徳光&史朗の暴走おやじアナ(テレビ朝日系列)
- オトコの料理道(テレビ朝日系列)
- 東京地下鉄(東京メトロ)CMナレーション
[編集] 過去
- 遠山金志郎美容室(1994年、日本テレビ系列)
- 世にも奇妙な物語 『そこに扉があった』(1990年、フジテレビ系列)
- 新・警視庁女性捜査班(2006年6月10日)
- 朝はビタミン!(テレビ東京系列 司会 2006年10月2日 - 2007年9月28日)
- はぐれ刑事純情派(テレビ朝日系列)
- 志村塾(フジテレビ系列)
- 志村通(フジテレビ系列)
- 志村けんのだいじょうぶだぁII(フジテレビ系列)
[編集] 書籍
- 「なんくるないサー!オッカーと僕とアメリカだった沖縄と」(晋遊舎発行)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月11日 (水) 10:27 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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