脱線トリオ
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脱線トリオ(だっせんトリオ)は昭和期のお笑いタレント。1956年結成、1961年解散。
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[編集] メンバー
由利徹(ゆり とおる、1921年5月13日 - 1999年5月20日)
南利明(みなみ としあき、1924年3月14日 - 1995年1月13日)
八波むと志(はっぱ むとし、1926年12月1日 - 1964年1月9日)
[編集] 概要
1956年に結成。リーダー格は南利明であるが、厳密なリーダーではない。トリオコントのはしりではあるが、正式なお笑いグループではなくユニットである。所属事務所は全員異なっていた。
「売れない喜劇役者」だった3人は、この脱線トリオをきっかけにブレイク。テレビへも数多く出演し、タレントとして着々と実力をつけていったが、僅か5年で解散となった。この理由は、由利が八波の芸に嫉妬したためとされる。
正式なグループではなかったものの、一応新宿コマ劇場の「脱線物語」で正式に解散公演を行っている。
解散後はそれぞれが単独で俳優として活動した。また、八波の死後に、南と由利の2人でシングルを発表したこともあった。この楽曲はカラオケに収録されている。
お笑いタレントとして活動していたことから、彼らを芸人・タレントと見る人も多いが、彼らの本業はタレントではなく、喜劇俳優である。しかし、トリオ結成当時は俳優としては全く売れていなかった。
[編集] テレビ出演
- ソロで出演したものは、個人の項参照のこと。
- お昼の演芸 (日本テレビ)毎週水曜日の午後0時15分から放送されたお笑い番組。東京・有楽町の読売会館内「よみうりホール」での公開録画。前半は演芸人による演芸で、後半が脱線トリオのコント「たそがれシリーズ」であった。脱線トリオはこの番組で売れに売れたが、既述の通り正式なグループではなかったため八波が抜ける事がしばしばあった。代役として佐山俊二を立てるも、このため由利がボケ役からツッコミに回り、本来の脱線トリオの面白さ(=由利のボケと八波のツッコミの掛け合いの妙)を出す事は出来なかった。
[編集] 関連項目
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最終更新 2008年11月28日 (金) 13:04 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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