舞阪町
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舞阪町(まいさかちょう)は、旧静岡県浜名郡の町。2005年(平成17年)7月1日に浜松市(旧)などの周辺市町村と合併した。
2005年(平成17年)7月1日に地方自治法第202条の4に基づく「舞阪地域自治区」が設置された[1][2]。同地域自治区は2012年3月31日をもって廃止される予定である[3]。
2007年(平成19年)4月1日に浜松市が政令指定都市へ移行したことに伴い、西区の一部となった。
目次 |
[編集] 地理
静岡県の遠州西部に位置する。浜名湖が遠州灘とつながる「今切口」の東側に位置している。浜名湖と遠州灘の境界上に位置するため、漁業・水産業が盛ん。また明治期に再興した観光業でも、弁天島温泉を有する。
[編集] 河川・湖沼
[編集] 歴史
舞阪町については、他の自治体と異なり、1村=>1町=>1地域(浜松市役所総務課文書行政課では地区という表現)の変遷をしていて、他の東海道宿場町とはいささか異なる成長をした。このことから、町制以前の記述もあわせて、記録する。 まず、人が現れはじめたのは、縄文中期頃、浜名湖弁天島海底遺跡より弥生時代には、住み着いたとされる。この後4 - 7世紀にかけ長い営みがあり、このあと10世紀ごろの地名として、象島(さきしま)説があるが、弘法大師全集の柴江ではないかとの説のほうが信憑性がある。その後927年の延喜式には岐佐神社の名称がでて、さらに海道記1223年に廻澤(まえさわ)の文字、吾妻鏡では舞沢松原、承久記には舞沢との文字が書かれている。 弁天島については弁天島 (浜松市)参照。
- 約5000年前 縄文中期 舞阪弁天島、新居、村櫛付近に集団が暮らしていた。
- 舞阪町史 上巻 P33 1行目より(この文章の村は現存ではなくあくまで推定、それは村櫛で発見された石器と新居で発見された石器、舞阪渚園の石器は海底土砂の埋めてにて発見されたもので、その出先は不明、またこの3点を1.5kmの円で囲んだ生活圏の中にはいっており、新居村と特定は不可能である。
- また、その地点は新居村ではなく、郷北、中之郷の沖合いになり、現在その地名はない。しいて言えば中之郷である。新居村の存在はなく、古くは新居郷である。以上地名が語る新居より。)
- 弥生中期中ごろ - 後期後半 連続的な生活が確認 弁天島海底遺跡
- 4 - 7世紀 井戸枠を確認=居住の跡 弁天島海底遺跡
- 862年 浜名橋架橋(新居)=東海道は今切
- 927年 岐佐神社の記録(延喜式)舞阪の神社
- 1498年 地震と津波により今切出現
弁天島舞阪から切りはなされ出現(伝承では1498年、舞阪町史では1498年 - 1510年の間)
- 1601年 正月 東海道舞阪宿の指定を受ける。
- 1709年 弁天社の勧請(武蔵国川越在仙波村より)
- 1824年7月 新居との間で、大水尾を境とする。弁天島は舞阪
- 1889年(明治22年)
- 3月1日 町制施行。役場は仲町養泉寺
- 7月1日東海道本線開通[4]
- 1899年(明治32年)8月 舞阪小学校が現在の位置に来る。
- 1903年(明治36年)5月4日 舞阪町漁業組合の設立
- 1904年(明治37年)8月1日 東海道本線、浜松⇔鷲津間複線
- 1906年(明治39年)7月1日 弁天島仮停車場開設
- 1909年(明治42年)3月20日 舞阪町役場、仲町養泉寺より西町旧脇本陣へ、舞阪郵便局、電話交換開始
- 1911年(明治44年)4月 浜浦銀行(現静岡銀行)舞阪支店開業
- 1916年(大正5年)9月1日 弁天島駅常設化
- 1918年(大正7年)8月1日 役場西町角に移転
- 1921年(大正10年) 弁天島西野島浦に塩水プールを作る。(個人所有)
- 1923年(大正12年)9月 関東大震災の救援のため、舞阪の漁船が弁天橋より東京芝浦港へ物資輸送
- 1932年(昭和7年)
- 7月 松葉座(映画芝居舘)完成
- 8月19日 弁天島(千鳥園、観月園、乙女園)埋立編入
- 8月22日 中浜名橋、西浜名橋開通
- 1933年(昭和8年)
- 8月 弁天島地区都市計画法による風致地区指定
- 11月22日 仲町、砂町地先埋立編入
- 1936年(昭和11年)7月4日 弁天島(日之出島)埋立編入
- 1937年(昭和12年)1月13日 舞阪町全域 都市計画区域に指定
- 1940年(昭和15年)4月11日 浜表船揚場埋立編入
- 1942年(昭和17年)9月1日 これまで新居町地先の弁天島が舞阪町へ編入(現在の区分となる=三番鉄橋新幹線北より二番鉄橋新幹線南、中浜名橋西側から1本目の橋脚の間)が新居町との境界。
- 1943年(昭和18年)11月 現国道1号線開通(弁天大橋‐稲荷山地先)
- 1944年(昭和19年)12月7日 東南海地震震度5、弁天橋沈下
- 1945年(昭和20年)
- 4月21日 B24が漁船を襲撃、死者4名、重傷5名
- 6月18日 浜松市大空襲 死者1157名
- 6月26日 B29一機が舞阪監視哨北70m付近に爆弾4個を投下、死者2名、重傷1名、軽症1名
- 1947年(昭和22年)4月24日 弁天島千鳥園の浜松市健民舘を仮校舎に舞阪中学校開校
- 1948年(昭和23年)4月1日 農協法により、舞阪町農業会が舞阪町農業共同組合に。
- 1949年(昭和24年)
- 1月 舞阪中学校が現在地に移転
- 8月 浜名湖養魚漁業協同組合、舞阪町に設立(現事務所は馬郡町)
- 1953年(昭和28年)
- 8月 弁天島乙女園に浜名湖競艇場を開設
- 9月25日 台風13号による高潮、弁天島全域で床上浸水、砂町の一部も水につかる。災害救助法の適応を受ける。
- 1954年(昭和29年)9月1日 県営水族館乙女園に開設
- 1956年(昭和31年)
- 4月1日 町水道給水開始
- 11月1日 千鳥園地先、蓬莱園東側埋立編入
- 1958年(昭和33年)
- 11月1日 西野島浦、保育園地先埋立編入
- 11月22日 浜表に防潮提完成
- 1959年(昭和34年)9月24日 伊勢湾台風により二弁地区で浸水、災害救助法の適応を受ける。
- 1960年(昭和35年)10月10日 弁天島温泉誕生
- 2005年(平成17年)7月1日 浜松市に編入した。
- 編入後の町名は以下の通り
- 浜松市西区舞阪町舞阪
- 浜松市西区舞阪町長十新田
- 浜松市西区舞阪町浜田
- 浜松市西区舞阪町弁天島
- 編入後の町名は以下の通り
人口、平成21年3月1日現在 12097人
なお平成21年の3月1日 - 同年、7月1日までの人口増加率は舞阪0.37%(市内9位)ちなみに1位は浜名地区の0.98%、2位中央地区0.93%、3位県居地区の0.8% (町字別世帯数人口一覧表、(住民登録及び外国人登録による)浜松市役所総務部文章行政課 より)
ちなみに平成17年度の人口国政調査にて、11736人。平成12年度と比べ(11787人)-51人であった。
- 年表資料は舞阪町史(上、中、下巻)、夕景を使用。
[編集] 隣接していた自治体
旧舞阪町に隣接していた自治体
- 浜松市
- 浜名郡:新居町、雄踏町
- 舞阪町がいつも独立した形を取ってきたわけは、江戸時代舞阪、新居は天領=幕府直轄であったため(他は神ヶ谷、笠井、木船、三ヶ日、佐久米、都田、本坂、白須賀)。また志郡呂から宇布見、小人見、伊佐地、村櫛、鷲津にかけては、旗本知行地、その他は大名領、寺島などは寺社領であった。(地図抜粋)1)また、東海辺(別)(ひがしかいべつ)=舞阪、と西海辺(にしかいべつ)=新居、に分けられていた。また浜松地区は敷知郡とされており、その対応にも村、町の名称を分けて使われていた。そのため町が独立したかのようになる。その歴史上にあるのが、舞阪町(地域)である。
1)注、は元禄高帳より作成図を分析、別途資料では宇布見村などは、幕府領、吉田藩領(豊橋)、浜松藩領の記載があり、複雑ではある。
[編集] 産業
- 養鰻業 ほか水産業
- ウォータースポーツ、レジャー産業
- 製造品出荷額 - 12,838百万円(静岡県統計室「平成13年工業統計調査報告書(従業者4人以上を集計)」)
- 農業産出額 - 11千万円(静岡統計情報事務所「平成13年生産農業所得統計」)
農業人口と漁業人口(1次産業者)の合計は浜松市の他の地区の農業人口の10%に等しい、また2次産業は約40%を占め、サービス業などの3次産業は50%である[5]。この産業分布からして、ミニ浜松の特色が強い
また、昭和60年度就業人口のうち51.6%は町内に就職48.4%は町外に就職、町外のうち49.8%が旧浜松市、(可美村=当時を除く)新居町16.9%、湖西市6.9%、可美村6.9%(当時)、雄踏3.6%である[6]。
[編集] 行政
[編集] 教育
[編集] 小学校
- 浜松市立舞阪小学校(舞阪町立舞阪小学校)
[編集] 中学校
- 浜松市立舞阪中学校(舞阪町立舞阪中学校)
[編集] 大学
- 東京大学農学部水産実験場
[編集] 交通
交通に関しては弁天島駅を参照のこと
[編集] 鉄道
[編集] 道路
- 一般国道
- 国道1号
- 県道323号(二番鉄橋下 - 中ノ島大橋)
- その他
- 市道路
[編集] 出身有名人
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 浜松市地域自治区の設置等に関する条例 (平成17年浜松市条例第40号) 2005年6月1日公布
- ^ 浜松市区及び地域自治区の設置等に関する条例 (平成18年浜松市条例第78号) 2006年12月1日公布
- ^ 浜松市区及び地域自治区の設置等に関する条例の一部を改正する条例 (平成21年浜松市条例第48号) 2009年9月4日公布
- ^ 舞阪町史、上中下巻及び夕景には、舞阪駅の記述はない。
- ^ 舞阪町夕景閉庁記念誌〜舞阪町116年のあゆみ〜平成12年度のデータを分析
- ^ 舞阪町史 上巻 序章 P4より 平成元年九月三十日発行




