船岡山
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| 船岡山 | |
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船岡山(2008年8月)
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| 標高 | 111.7m |
| 位置 | 北緯35度02分20.4秒 東経135度44分30.2秒 |
| 所在地 | |
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目次 |
[編集] 概要
京都市北区紫野北舟岡町に位置する、標高111.7m、面積2万5千坪の小山である。船岡山城の遺構が建勲神社および船岡山公園として整備されている。
山頂には三等三角点が設置されている。五山の送り火の見晴らしが良く、当日は混雑する。山名の由来は『都名所図会』によると舟の形に似るところによるという。
[編集] 歴史
平安京の造都に際して船岡山は都の北の基点となったとされる。古来、船岡山は景勝の地であった。その美観が尊ばれ、清少納言も『枕草子』231段にて「岡は船岡」と、思い浮かぶ岡の中では一番手として名前を挙げている。一方では都を代表する葬送地でもあり、吉田兼好も『徒然草』137段にて「(都の死者を)鳥部野、舟岡、さらぬ野山にも、送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし」と述べている。1467年(応仁元年)、応仁の乱の際に西軍を率いる備前国守護の山名教之や丹後国守護の一色義直らが船岡山に山城(船岡山城)を建設し立てこもった(西軍の陣地となった船岡山を含む一帯はそれ以来「西陣」の名で呼ばれるようになる)。織田信長の死後豊臣秀吉が正親町天皇の勅許を受け、船岡山に織田信長の廟を建設する。1869年(明治2年)明治天皇の宣下により、改めて船岡山に信長を祭る神社が作られることとなり、1875年(明治8年)建勲神社が創設される。1931年(昭和6年)には山全域が風致地区に指定され、「船岡山公園」として市民の憩いの場となるように整備される。しかし戦前まで田園風景が広がっていた一帯も戦後は開発の波に晒され、2000年代には船岡山を削って高層マンションを建設する計画が持ち上がるなどしている。
[編集] ギャラリー
[編集] 文化財等指定
船岡山の全体が国の史跡に指定されている(昭和43年2月15日指定)。
また、京都の自然200選(平成7年3月27日京都府指定)、風致地区(昭和6年7月14日京都市指定)にも指定され、地形や現状の変更が行われないように保護が計られている。





