船橋新京成バス

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船橋新京成バス株式会社
Funabashi Shin-Keisei Bus Co., Ltd.
一般路線車両(独自塗装車)
船橋新京成バス独自塗装車(中型)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 船橋新京成、船橋SKバス、船橋SK
本社所在地 〒273-0105
千葉県鎌ケ谷市鎌ケ谷1丁目8番2号
電話番号 047-389-1162
設立 2003年平成15年)4月28日
業種 陸運業
事業内容 旅客自動車運送事業
代表者 代表取締役社長 飯島建一
資本金 5,000万円(2007年3月31日現在)
従業員数 199人
(2007年3月31日現在)
主要株主 新京成電鉄 100.0%
外部リンク www.shinkeisei.co.jp/bus/
(新京成バス各社公式)
特記事項:新京成電鉄自動車部鎌ヶ谷営業所管内の乗合バス事業を継承。
2007年平成19年)10月1日に新京成グループ内の船橋バスが親会社の新京成電鉄に吸収合併された。これに伴い路線・車両を引き継いだ。
  
一般路線車両(在来塗装車)

船橋新京成バス株式会社(ふなばししんけいせいバス)は千葉県船橋市および鎌ケ谷市千葉ニュータウン西部などを営業エリアにもつ、新京成電鉄京成グループ)系列のバス事業者である。

目次

[編集] 概要

従来新京成電鉄が行っていたバス事業を独立分社化することで、2003年4月28日に設立され同年10月1日に営業開始した。分社化の形態は事業エリア毎に3つの事業者としたもので、旧鎌ヶ谷営業所がここで触れる船橋新京成バスとなり、旧習志野車庫は習志野新京成バス、旧松戸営業所は松戸新京成バスとなった。船橋新京成バスの営業エリアは分社化前の鎌ヶ谷営業所及び旧船橋バスのエリアをほぼ踏襲し、主に、船橋駅北口北習志野駅鎌ヶ谷大仏駅(停留所名は鎌ヶ谷大仏)の3駅を主ターミナルとした船橋市北西部となっている。バス3社の本社はいずれも千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山にあるが、同社の営業所は鎌ケ谷市鎌ケ谷にある。また、2007年10月1日に新京成電鉄に吸収合併された船橋バスの路線と車両を引き継いだ[1]

2008年9月27日には、習志野新京成バスとともにPASMOが導入された(ただし同社が受託運行している白井市循環バス『ナッシー号』:外回りについては2009年3月21日より利用が開始された。[2]なお鎌ケ谷市コミュニティバス『ききょう号』:ききょう南線については2008年度末に導入される予定)[3]

[編集] 本社・営業所

同社の登記上の本店所在地は当初、新京成電鉄、習志野新京成バス、松戸新京成バスとともに千葉県鎌ケ谷市くぬぎ山になっており、新京成線くぬぎ山駅に隣接していたが、営業所および車庫がある同市鎌ケ谷に変更された。新京成線鎌ヶ谷大仏駅に隣接している。なお、「鎌ヶ谷大仏」停留所は名称に「駅」が付かないが、ちばレインボーバスの停留所は「鎌ヶ谷大仏駅」と「駅」を付けるという違いがある。

なお、鎌ヶ谷大仏の車庫から離れた地域のために、古和釜十字路・飯山満駅・船橋グリーンハイツ入口に操車場が、夏見台団地・金杉台団地・三咲駅・ニュータウン七次台に折返場・乗務員休憩所が設けられている。

[編集] 利用方法

通常、区間設定運賃のバスは後払い後乗りだが、船橋新京成バスは混雑緩和のためか乗降システムが特徴的で、方面によって前の乗りと後乗りの両方がある。

また、同社では2008年9月にICカードPASMOのサービスを開始している。

  • 前乗り前払いの場合
  1. 前ドアから乗車。
  2. 行き先を運転士に告げ、そこまでの運賃を運賃箱に入れる、ICカードはタッチし、バス共通カードはカード差し込み口に通す。なおICカードバス共通カードで支払う場合。運転士が運賃箱の行き先設定が終わってからタッチ通すこと。
  3. 降りる停留所が近づいたら降車ボタンを押す
  4. 中ドアから下車する。なお、ICタッチも、カードを通すことも必要ない。
  • 後乗り後払いの場合
  1. 中ドアから乗車。
  2. 整理券をとり、ICカードはタッチし、バス共通カードはカードリーダーに通す。
  3. 降りる停留所が近づいたら降車ボタンを押す
  4. 運賃箱に整理券と運賃・回数券を入れる、ICカードはタッチする、バス共通カードはカードリーダーに通す。
  5. 前ドアから下車する。

※主要ターミナルなどを中心とする100円区間運賃は現金のみ。バス共通カード、回数券での利用はできない。

[編集] 現行路線

[編集] 鎌ヶ谷線

  • 船01:船橋駅北口~夏見台団地~二和道~鎌ヶ谷大仏~西白井駅~富塚(廃止)
  • 船02:船橋駅北口~夏見台団地~二和道~鎌ヶ谷大仏~西白井駅(廃止)
  • 船03:船橋駅北口~夏見台団地~二和道~鎌ヶ谷大仏
  • 船05:船橋駅北口~丸山道~初富~学校前~鎌ヶ谷大仏(廃止)
    • 1953年8月1日:船橋駅北口~夏見営団(現・夏見)~二和道~鎌ヶ谷大仏が開通。船橋駅北口~夏見営団間の区間便が大多数。
    • 1954年:船橋駅北口~丸山道~学校前~椚山駅前~自衛隊~五香駅が五香南線として開通。学校前折返便および鎌ヶ谷大仏出入庫便もあった。
    • 昭和30年代:夏見営団経由便が富塚まで延長(のち夏見非経由に変更)。
    • 1964年:夏見折返便がワンマンとなり、夏見線として別線扱いとなる(さらに夏見台線となる。夏見台線の項を参照)。なお、のちに鎌ヶ谷方面の便もワンマンとなった。
    • 昭和:五香南線が船橋駅北口~丸山道~初富~学校前~鎌ヶ谷大仏に変更。鎌ヶ谷線の支線となる。
    • 1981年8月22日:富塚発着便が西白井駅を経由するようになる。
    • 1995年6月16日:深夜バス運行開始(船橋~二和道~大仏)。
    • 1999年7月16日:初富経由便が鎌ヶ谷駅構内に入るようになる。
    • 2000年8月16日:二和道経由便が船橋駅北口~鎌ヶ谷大仏と鎌ヶ谷大仏~西白井駅に分割され、西白井駅(根)~富塚間が廃止される。(同時に西白井線において鎌ヶ谷大仏~ニュータウン七次台の直通運転を開始)。初富経由便の廃止。

鉄道線松戸代行バスを除けば、新京成バスで最も古く、現在でも幹線と言える路線である。船橋駅~鎌ヶ谷大仏間をほぼ直線状に 当時の路線名は夏見線であり、夏見(当時は夏見営団)経由であった(ただし夏見営団止まりが多かった)。その後、夏見折返便がワンマン化され、夏見線として別線扱いになったため、現在の鎌ヶ谷線は鎌ヶ谷大仏との往復の便だけを指している。

開通してからほどなく(ただし、昭和30年代としかわからない)、この線は鎌ヶ谷大仏からさらに先の富塚まで延長された。当初は船橋駅北口~富塚の通し運行が多かったが、その後、鎌ヶ谷大仏駅および西白井駅との乗り継ぎが増えたため、鎌ヶ谷大仏での分割が進んだ。西白井駅以北についてはほぼ並行した区間である西白井線(西白井駅~ニュータウン七次台)が開通し、しばらくは並行して運行していたものの、結局、これに一本化する形で2000年8月16日に西白井駅~富塚間が廃止となった。これと同時に、鎌ヶ谷大仏~西白井駅間は西白井線に組み入れられ、鎌ヶ谷大仏を境に鎌ヶ谷線と西白井線が分けられることとなった。

同じく2000年8月16日に廃止となったものに初富経由便がある。これは、当初五香南線(五香駅~船橋駅)として開通したものである。五香南線は開通当時から本数が少なった。特に五香駅~船橋駅間を直通する便はほとんどなく、ほとんどが両端駅から鎌ヶ谷大仏間を運行していたり、分岐停留所の学校前止まりであった。その後、五香駅~学校前間が廃止され、鎌ヶ谷線の支線となったが、大半の区間が東武野田線と並行していたため、本数も増えることなく結局廃止となった。

[編集] 小室線

  • 船07:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅~県民の森~ハイランド~小室駅
  • 船08:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅~県民の森~豊富農協前(廃止)
  • 船09:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅~八木ヶ谷入口~鎌ヶ谷大仏
  • 船10:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅
  • 船11:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~御滝不動
  • 船14:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅~県民の森~ワンパク王国(廃止)
  • 船30:船橋駅北口~医療センター~三咲駅~県民の森~豊富農協前(医療センター線・廃止)
  • 船31:船橋駅北口~医療センター~御滝不動(医療センター線)
  • 船33:船橋駅北口~医療センター~三咲駅~八木ヶ谷入口~鎌ヶ谷大仏(医療センター線)
  • 船34:船橋駅北口~医療センター~三咲駅(医療センター線)
  • セ01:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~三咲駅~県民の森~豊富農協前~セコメディック病院(廃止)
  • セ02:三咲駅~県民の森~豊富農協前~セコメディック病院
    • 1958年:船橋駅北口~三咲駅~小室(小室駅の真東300m本覚寺近く、のち八幡下船橋駅行停留所)が開通。
    • 1981年8月22日:北総線開業に伴い、船橋駅北口~小室駅に延長。
    • 1983年10月1日:医療センター線(船橋駅北口~医療センター~御滝不動および船橋駅北口~医療センター~金杉台団地)を開通。のちに鎌ヶ谷大仏と豊富農協前まで延長。当初は船橋中央市場前経由。
    • 平成:医療センター経由便が八栄小学校入口経由に変更。
    • 1992年頃:船橋駅北口~三咲駅~倉本記念病院(現・セコメディック病院)を開通。系統番号は倉01と倉02。
    • 1993年12月16日:土曜ダイヤを新設。
    • 1995年6月16日:深夜バス運行開始(船09系統の深夜便)。
    • 1997年頃:倉本記念病院が経営難で閉鎖されたが倉01・倉02の運行は継続。停留所名も変更されなかった。
    • 1998年頃:旧倉本記念病院がセコム千葉病院として開院するのに伴いセ01・セ02に改められた。
    • 1998年12月10日:セコム千葉病院がセコメディック病院に改称。一部の停留所の行き先表記は「セコメディック千葉病院」となっていた。
    • 2000年8月16日:小室駅便を豊富農協前非経由、ハイランド経由に変更(八幡下付近は廃止)。セコメディック病院便は三咲駅発着に短縮。小室駅~鎌ヶ谷大仏の出入庫線も廃止。

小室線は船橋駅から三咲駅を経由して小室駅に至り、新京成バス3社中で最長区間を運行する便を有する路線でもある。ただし、途中の三咲三叉路で鎌ヶ谷大仏方面に分岐する系統がありこちらの方が運行数が多く、小室駅まで至る便は1時間間隔でしかない。別項で触れる金杉台線も当線と同一視すれば、鎌ヶ谷線等に続く船橋駅発着路線の第二の幹線となっている。

この路線は鎌ヶ谷線より5年ほど遅れた1958年に、当時の小室停留所まで開通した。その後、ほとんど経路を変えずに運行がなされていたが、北総開発鉄道(現北総鉄道)が小室駅まで開通した際に、駅最寄りであるこの線が同駅まで接続するようになった。

小室方面は旧豊富村域であり、当初この線は同域内の移動手段の役目も担っていた(ただし、豊富村が船橋市と合併したのは1954年である。)。このため、当初は船橋市役所豊富出張所や豊富農協への足として、この線の小室方面発着便は豊富農協前停留所を往復経由するようになっていた。この経由措置は2000年8月まで続けられたが、現在は、この線の三咲駅~セコメディック病院折返便および古和釜線等にその役目を譲っている。

倉本記念病院は経営難で閉鎖、土地・建物をセコム株式会社が買収してセコム千葉病院に改称し開院させたが、厚生労働省から営利企業の医療参入についての通達を受け、実際にはセコムが経営している訳ではなかったが不本意ながら名称的にギリギリのラインであるセコメディック病院に再度改称した経緯がある。 また、新京成では「セコム千葉病院」行の方向幕等を既に作成していた為、病院側と協議の結果、セコム千葉病院からセコメディック病院への変更に関わる方向幕等作成の費用を病院側が負担した。

[編集] 金杉台線

  • 船12:船橋駅北口~夏見台団地~金杉町~金杉台団地
  • 船32:船橋駅北口~医療センター~金杉台団地(医療センター線)
    • 1971年8月30日:船橋駅北口~夏見台団地~金杉台団地が開通。
    • 1974年12月27日:深夜バスを運行開始。
    • 1983年10月1日:医療センター線(船橋駅北口~医療センター~御滝不動および船橋駅北口~医療センター~金杉台団地)が開通。のちに鎌ヶ谷大仏と豊富農協前まで延長。当初は船橋市場前経由。
    • 1990年3月1日:夏見線の深夜バス運行開始に伴い夏見経由便(船13系統)の廃止(それ以前は、船橋駅発22時以降は夏見経由)。
    • 1993年12月16日:土曜ダイヤを新設。
    • 平成:医療センター経由便が八栄小学校入口経由に変更。

金杉台線は路線名が示す通り、終点の金杉台団地と船橋駅を結ぶ路線であり、団地輸送路線の側面を持つ一方、途中停留所の利用者も多く、ローカル路線としての主力となっている。小室線の支線に相当する路線と言うこともできる。

1983年に医療センターを経由する便が運行開始され、2ルートとなった。この医療センター経由便は、1990年代前半に夏見1・6丁目の道路が整備されたことにより、それまでの市場通りから直接北上するルートから、八栄小学校入口を経由するルートに変更された。しばらくの間は従来の金杉町経由便が多かったが、2000年8月のダイヤ改正により両ルートの便数比の差が縮まっている。

[編集] 夏見線

  • 船15:船橋駅北口~夏見~夏見台団地~コープ野村
  • 船16:船橋駅北口~夏見台団地~コープ野村
  • 船17:船橋駅北口~夏見~夏見台団地
  • 船18:船橋駅北口~夏見台団地
  • 船19:船橋駅北口~夏見(廃止)
    • 1953年8月1日:船橋駅北口~夏見営団~鎌ヶ谷大仏が開通。(鎌ヶ谷線参照)
    • 1964年:船橋駅北口~夏見営団の区間便のみを先行してワンマン化され、夏見線となる。
    • 1968年2月20日:ほとんどの便が夏見台団地まで延長される。
    • 1975年6月23日:一部の便がコープ野村まで延長される。
    • 1990年3月1日:深夜バスを運行開始。
    • 1993年12月16日:土曜ダイヤを新設。
    • 2000年8月16日:深夜バスが廃止。夏見経由便の減便。夏見折返便が平日夕方および土休日の朝夕も運行されるようになる。
    • 2007年4月1日:夏見折返便(船19)が廃止。

鎌ヶ谷線の項で記したとおり、開通当初は夏見線として同路線扱いだったが、その後、短距離便だけが先行してワンマン化されたので、名称を分離して別名で呼ぶようになった。その後、1968年に夏見台団地まで延長。さらに1975年にコープ野村まで延長されている。コープ野村付近のみが独自区間である。なお、現在ではこの線だけが夏見停留所(船橋駅より北上する県道から一つ奥に入ったところに設置されている)を経由する。夏見線以外の路線は夏見非経由である。

2000年8月までは、朝ラッシュ時を除く同線のほとんどの便が夏見経由であり、朝ラッシュ時は夏見を経由しないで夏見台団地、コープ野村を往復していたのと同時に夏見折返便も運行していた。平成初頭までは、上記の夏見を経由しない便を「直通」と呼んでいた(「直通コープ野村行」など)が、現在では「夏見を経由しません」などと変えられている。

このように、同線は夏見停留所にかなり力点を置いた路線であったが、2000年8月改正にて朝ラッシュ以外についても夏見非経由便を運行するようになった。さらに、夏見経由便は全体の2/5~1/3と半数以下に抑えられてしまった。夏見停留所を経由しなくても夏見北停留所がすぐそばにあり、まっすぐ走っても大きな支障がないと判断されたのだと思われる。

ついには、2007年4月のダイヤ改正で夏見折返便である船19が廃止されてしまった。

[編集] 船橋グリーンハイツ線

  • 船51:船橋駅北口~駿河台~うぐいす園~高根小学校前~船橋グリーンハイツ
  • 船52:船橋駅北口~駿河台~うぐいす園~高根小学校前~船橋グリーンハイツ入口
  • 船53:船橋駅北口~八栄小学校入口~米ヶ崎~高根小学校前~船橋グリーンハイツ(船橋駅北口行きのみ)
    • 1979年7月25日:当時の大成輸送が路線新設。
    • 2000年8月16日:高根線廃止に伴い、秋葉神社・うぐいす園停留所を新設。
    • 平成:米ヶ崎停留所を新設、短絡路経由便のみ停車。
    • 2007年6月27日:新京成電鉄の株主総会で船橋バスの吸収合併が決定。
    • 2007年10月1日:船橋バスより引き継ぐ。これに伴い船橋新京成バスとの並走区間で通過していた停留所に停車し、船橋グリーンハイツ方面のバスは整理券方式になる。

大成グリーンハイツ(船橋グリーンハイツ)は、新京成線高根公団駅が団地住民の足として考えられていた。 しかし住民は、それよりも団地からの距離が近かった、船橋駅北口を結ぶバス路線、高根線(高根小学校前停留所を利用)を利用しており、高根・米ヶ崎で積み残し状態となり、ダイヤの遅れを招いた。 結果、開発元の大成建設が車両を提供し運行をしていたものである。実際の運行は大成輸送が担当していた。 そしてバス会社による運行を検討することとなったが、住民の要望もあったが、当時の新京成電鉄側も乗務員不足・労働条件が新京成と同じでは採算が合わないと難色を示した。 そして検討の結果、新会社「船橋バス株式会社」が設立されたのである。この時に当時の新京成電鉄はいろいろと協力したが、なぜかバス路線は桜ヶ丘交差点・金杉交差点回りとした。

その後、新京成の子会社となり、2007年6月27日、新京成電鉄の株主総会にて同年10月1日に船橋バスを新京成電鉄に吸収合併し、船橋新京成バスに路線及び車両が引き継がれることになった。 PASMO導入に備えたサービスの均等化を図り利用者減に歯止めをかけ、また資産を集中し効率的な運用を図ることを目的とした。 また、引き継がれた車両(ワンステップ車とノンステップ車)はカラーリングと車両番号をそのままに、車内のポスターや車外の会社名表示を変更しただけで、船橋新京成バスの路線で使用されている。

運用開始当初、船橋駅北口のロータリーには入れず、海老川近くに降車場をつくり、ロータリーが改良されてから乗り入れるようになった。また、船51・船53は船橋グリーンハイツ入口(旧船橋バス本社・旧船橋バス船橋営業所及び車庫、現在は操車場のみ)にも停車せず、緑台交番前を利用した。 ちなみに、引継時に実質的なダイヤ改定(白紙改定)を行わなかったため(改定そのものは停車停留所増加のためにされている)、短絡路経由は上り線のみの設定のままであり、旧船橋バス時代からある停留所の時刻にも大きな変化はない。 また、移管によって吹上・米ヶ崎・高根小学校前の3停留所が船橋新京成バスの停留所として復活した。

[編集] 豊富線

  • 船20:船橋駅北口~東船橋三丁目~高根木戸駅~刈米~古和釜十字路~豊富農協前~小室駅〔上り線のみ〕(廃止)
  • 船21:船橋駅北口~東船橋三丁目~高根木戸駅~刈米~古和釜十字路~豊富農協前
  • 船21A:船橋駅北口~東船橋駅~高根木戸駅~刈米~古和釜十字路~豊富農協前(廃止)
  • 船22:船橋駅北口~東船橋三丁目~高根木戸駅~刈米~古和釜十字路
  • 船22A:船橋駅北口~東船橋駅~高根木戸駅~刈米~古和釜十字路
  • 船23:船橋駅北口~東船橋三丁目~高根木戸駅~北習志野駅
  • 船23A:船橋駅北口~東船橋駅~高根木戸駅~北習志野駅
    • 1958年:船橋駅南口~大神宮坂上~東町~庚申前~高根木戸駅~豊富農協前を開通。
    • 昭和:船橋駅南口~北習志野駅を開通。
    • 昭和:全便を船橋駅北口発着東町・庚申前(現・船橋整形外科)・(前)雄鹿野(現行停留所よりやや南)経由に変更。
    • 1981年10月1日:全便を東船橋三丁目経由、庚申前・(前)雄鹿野非経由、吹上・馬込台経由に変更し、ワンマン化。
    • 1993年12月16日:朝ラッシュ時に東船橋駅経由船橋駅便の新設。
    • 1996年4月27日:上り線のみ運行していた船20系統を廃止。
    • 2004年12月16日:全便を東船橋三丁目・船橋整形外科・(現)雄鹿野経由に変更。(吹上・馬込台は廃止 同時に車両も中型化)
    • 2006年4月3日:平日夜間時(17:40発~)に東船橋駅経由古和釜十字路、北習志野駅便を新設。

船橋駅北口を出て、天沼十字路より東進して東船橋・北習志野・豊富方面へ行く中長距離路線。嘗ては東船橋駅を経由しなかった。基本的に古和釜十字路行きは毎時1~2本、北習志野駅行きは毎時1本の運行である。

[編集] 芝山線

  • 船28:船橋駅北口~東船橋三丁目~芝山団地(廃止)
  • 船28A:船橋駅北口~東船橋駅~東船橋三丁目~飯山満駅
  • 東01:東船橋駅~東船橋三丁目~飯山満駅
    • 1977年3月31日:船橋駅北口~東船橋三丁目~(前・雄鹿野非経由)~芝山団地を開通。
    • 1981年10月1日:東船橋駅~東船橋三丁目~(前・雄鹿野非経由)~芝山団地を開通。
    • 1990年5月16日:深夜バスを運行開始。
    • 1992年11月16日:船28Aとして芝山団地→東船橋駅→船橋駅北口を開通。
    • 1996年4月27日:東葉高速鉄道開通に伴い、大幅減便の上で深夜バスの廃止。
    • 2000年8月16日:船橋便を全便東船橋駅経由(船28A)に統一(同時にデータイムのみの運行に変更)。
    • 2004年12月16日: 全便を東船橋三丁目、船橋整形外科、現・雄鹿野経由に変更。
    • 2006年4月1日:船橋駅北口~東船橋駅~芝山中学校に短縮。
    • 2007年10月14日:船橋駅北口~東船橋駅~飯山満駅に延伸。

芝山線は飯山満駅と東船橋駅・船橋駅北口を結ぶ路線である。芝山団地ができた時点では、近くに鉄道駅がなく、最寄り駅の一つである船橋駅までのアクセスを目的としてこの路線が開通した。団地輸送を目的としていたため、馬込台(現・雄鹿野の近く)~吹上(2004年12月16日~2007年9月30日まで船橋バスの吹上)間を新道経由でノンストップとし、東船橋三丁目経由で運行した。

その後、東船橋駅が開業すると同駅までの便と船橋駅への便(これは東船橋駅非経由)を交互に運行するように変更した。なお、ラッシュ時は東船橋駅発着便が主であった。

さらに、東葉高速鉄道の飯山満駅が芝山団地停留所の目の前に開業したことにより、この路線は存在意義が大幅に失われることとなった。そのため、東葉高速鉄道開通時の1996年とその4年後の2000年の二段階にわたって減便を行った。これ以降、船橋駅を発着するのはデータイムのみとなっている。ちなみに、1996年の減便の際には、あまりにも急に減らされたことから、利用者より増便の要求があり、これを受けて臨時便を設置したこともある。

2006年4月には、芝山中学校~芝山団地間が廃止され、芝山中学校以西のみとなった。これは、前述した乗客の減少も要因の一つだが、加えて、芝山団地停留所の折返場の土地がUR都市機構(都市再生機構)の所有であることが関係する。すなわち、2004年に前身の都市基盤整備公団からUR都市機構に再編されたことに伴い、2005年度より同地の賃貸料を船橋新京成バスが同機構に支払うこととなったためである。なお、現在の芝山中学校の折返場は、もともと操車場だった(芝山操車場)のだが、ここも自前の土地ではなく、UR都市機構のものである。現在は芝山団地停留所横折り返し場跡には一戸建ての家屋が建っている。

2007年10月1日付けの船橋市広報で、10月5日に飯山満駅前道路が開通し、10月14日にこの線が飯山満駅まで延伸する予定があることが示され、また同日付けで延伸された。なお、新設される飯山満駅停留所は駅前への道路が開通した関係で新京成電鉄自動車部時代の新高根線(習志野営業所担当・飯01)の飯山満駅停留所とは別の場所となった。

[編集] 古和釜線

  • 小室01:北習志野駅~北習志野花輪病院前~公園前~古和釜十字路~豊富農協前~県民の森~ハイランド~小室駅
  • セ03:北習志野駅~北習志野花輪病院前~公園前~古和釜十字路~豊富農協前~セコメディック病院
  • 習02:北習志野駅~北習志野花輪病院前~公園前~古和釜十字路~大穴~八木ヶ谷入口~鎌ヶ谷大仏
  • 習03:北習志野駅~北習志野花輪病院前~公園前~古和釜十字路
    • 1997年頃:倉本記念病院が経営難で閉鎖されたが倉03の運行は継続。停留所名も変更されなかった。
    • 1998年頃:旧倉本記念病院がセコム千葉病院として開院するのに伴いセ03に改められた。
    • 1998年12月10日:セコム千葉病院がセコメディック病院に改称。一部の停留所の行き先表記は「セコメディック千葉病院」となっていた。

古和釜線は、新京成線の北習志野駅から古和釜十字路、豊富農協前を経由して小室駅に至る路線である。船橋駅発着の豊富線を、より北側の主要駅につなげるために新設されたが、現在では、豊富線を圧倒する本数で運行されている。ただし、本数が多いのは、古和釜十字路以南である。それより北においても、後に新設されたセコメディック病院に至る便の方が多く、小室に至る便は、小室線と同じく1時間間隔である。また、セ03は小室線同様、倉本記念病院時代は倉03であった。

[編集] 高根公団線

  • 習04:北習志野駅~北習志野花輪病院前~公園前~五号通り~高根公団駅
    • 昭和30年代:高根木戸駅から循環バスを開通。(詳細不明)
    • 昭和30年代:高根公団駅からの循環バスに変更。(詳細不明)
    • 昭和40年代:北習志野駅~高根公団駅に変更。(詳細不明)
    • 昭和:現ルートに変更。(詳細不明)

高根公団線は当初高根台団地への足を確保するために高根木戸駅からの循環バスとして開通した。その後、高根公団駅ができたことや、習志野台団地の造成に伴う北習志野駅の開業などから、ルートの変更が行われ現在に至っている。ちなみに、高根公団駅から北習志野駅へ行って、また北習志野駅から高根公団駅に帰ってきたとき海老ヶ作線の運用につき、さつき台から戻ってきたときにまた高根公団線の運用につく。運賃は新京成電車と並行する関係もあり全区間170円均一。

[編集] 海老ヶ作線

  • 高01:高根公団駅~海老ヶ作~さつき台
    • 1979年7月14日:高根公団駅~さつき台を開通。

高根公団駅からのローカル路線であり、大穴町および大穴南、大穴北地区の中を走る。さつき台とは終点付近の住宅地で、町名は大穴北である。高根公団駅付近を除き、ほぼ全線にわたり低層住宅や田畑の中を走っていく。走行する道はやや狭いが、大型車で運行されているが、最近は中型車も運用に就いている。海老ヶ作付近には一方通行の道があり、上りと下りで別の道を走る箇所があることや、終点付近にて坂を登ることが路線の特徴と言える。運賃は全区間170円均一。

[編集] 建鉄線

  • 船35:船橋駅北口→建鉄前→山手三丁目→船橋駅北口
    • 1963年以前:建鉄循環線および建鉄・前貝塚循環線を開通。
    • 昭和40年代:前貝塚循環線を廃止。
    • 1999年7月15日:道路切替に伴い東海神駅入口経由に変更(同日正午より)。千葉化学前停留所を移転して、東海神駅入口とする。

建鉄線は「建鉄循環」とも呼ばれ、船橋駅北西部の山手地区を走るローカル線である。線名の「建鉄」とは ショーケース事業、ランドリー事業等を行っている三菱電機(株)の完全子会社である日本建鐵(株)本社および製作所のことを指し、循環区間は同社ほかの所有する敷地の外周に沿っている。また、循環部の主として外側にはいくつかの集合団地がある。途中にある「山手三丁目」停留所は、同名の停留所が京成バスの海神線にもあるが、両者はそれぞれ別の場所にある。船橋市統計書(1967年)によれば、現在の循環線の他に、前貝塚循環もあったとの記述があるが、具体的なルートは不明である。なお、この路線が平日と土休日で別ダイヤになったのは1993年2月16日と比較的遅く、特徴の一つとして挙げられる。

かなり以前の一時期、循環部が時間帯によって、時計回りと反時計回りに切り替えられていたが、今は時計回りのみである。 沿線は工業地域であったが、工場の移転や縮小が進み、跡地にはマンションやショッピングセンター、ホームセンターが進出を続けており、渋滞が日常化して、朝夕や週末の定時運行が難しくなっている。 沿線の集合住宅がなくなったまま有名無実だった停留所名も、2005年10月に変更され、消滅した。(建鉄荘前、第一希望荘、第四希望荘) 同時に既に閉鎖していた旭硝子(株)船橋工場前にあった旭ガラス前を北本町一丁目に変更した。 第一希望荘は山手二丁目となったが、これも京成バス海神線の停留所とは別の場所である。 東海神駅入口とあるように、東葉高速鉄道東海神駅からは離れていて見通すことは難しい。また、新船橋駅前停留所は、東武鉄道新船橋駅の駅前にあるが、循環部最後の停留所であるため、ここで乗車しても、東海神駅入口および船橋駅方面にしか行くことができない。

運賃は全区間170円均一。(2007年1月1日現在)

[編集] 西白井線

  • 鎌10:鎌ヶ谷大仏~西白井駅~清水口~ニュータウン七次台
  • 鎌12:鎌ヶ谷大仏~西白井駅
  • 西白01:西白井駅~清水口~ニュータウン七次台
    • 1985年3月21日:西白井駅~ニュータウン七次台を開通。
    • 2000年8月16日:鎌ヶ谷線の短縮(船橋駅~富塚間から船橋駅~鎌ヶ谷大仏へ)を受け、鎌ヶ谷大仏~西白井駅~ニュータウン七次台に延長。
    • 2002年2月16日:野口台公園経由に変更。

千葉ニュータウン内の清水口、七次台地区を走る路線である。もともと、鎌ヶ谷線が富塚までの路線を運行しており、その近辺ということで新京成の担当となった。当初は、ニュータウン内である西白井駅~ニュータウン七次台間のみで運行されていたが、鎌ヶ谷線の短縮によりこの路線が鎌ヶ谷大仏まで延長されている。ただし、データイム以外の時間帯は西白井駅で分割して運行されている。西白井駅~ニュータウン七次台間は短区間ながら、全線歩くにはやや長いという微妙な距離である。「小学校」「中学校」「三丁目」など、シンプルな名前の停留所が目立つ。開通当初は1時間あたり2~3本程度運行していたが、徐々に減便させられ、2005年10月現在、データイム1時間おきとなっている。

[編集] 鎌ヶ谷グリーンハイツ線

  • 馬01:馬込沢駅~南児童センター~鎌ヶ谷グリーンハイツ~藤台中央公園~慈祐苑
    • 2002年2月16日:馬込沢駅→南児童センター→33号棟前→鎌ヶ谷グリーンハイツ→南児童センター→馬込沢駅の循環線を開通。
    • 2005年3月16日:馬込沢駅~鎌ヶ谷グリーンハイツ~慈祐苑の往復運転に変更。

馬込沢駅から北西の鎌ヶ谷グリーンハイツに至る路線である。鎌ヶ谷グリーンハイツは周辺の道路が狭隘であるため大型バスの運行が困難であったが、小型車(三菱エアロミディ三菱ローザ)の導入により路線を開設することができた。運賃は全区間150円均一となっており、他線の初乗り運賃より20円安い。なお、運転間隔は20分である。

[編集] 井草線

  • 鎌01:鎌ヶ谷大仏~井草橋第二公園~井草県営住宅~高野台二丁目~高野台四丁目~北総白井病院
    • 2002年5月16日:鎌ヶ谷大仏→井草橋第二公園→井草県営住宅→グリーンタウン→井草橋第二公園→鎌ヶ谷大仏駅(循環運転)を開通。
    • 2005年2月16日:経路変更の上、鎌ヶ谷大仏~北総白井病院に延長。循環運転を中止。

井草線は鎌ヶ谷GH線のちょうど3ヶ月後に新設された。その運行規模や、新設の目的、車両も鎌ヶ谷GH線と同様である。

[編集] パークサイド鎌ヶ谷線

  • 東鎌01:東武鎌ヶ谷駅→貝柄山公園入口→12号棟前→東中沢二丁目→2号棟前→貝柄山公園入口→東武鎌ヶ谷駅(循環運転)
    • 2007年11月3日:運行開始
    • 2008年7月19日:土休日ダイヤ一部修正(朝・昼・夜で各2便ずつ計6便減便)
  • 運行時間帯:東武鎌ヶ谷駅発 平日:6:00~22:10 土休日:6:40~21:00
  • 運行間隔:平日朝のみ12~18分 平日その他の時間帯及び土休日20分(土休日の13:20・13:40発は運転なし)
  • 所要時間:東武鎌ヶ谷駅→東中沢二丁目→東武鎌ヶ谷駅 約10分
  • 運賃:全線均一150円(前乗り先払い)

東武鎌ヶ谷駅より出発し、URパークサイド鎌ヶ谷敷地内を反時計回りに一周した後、鎌ヶ谷駅に戻ってくる循環運転を行っている。

東武鎌ヶ谷駅~貝柄山公園入口間において、2007年9月29日に開通した鎌ヶ谷市都市計画道路3・4・4号線及び3・4・17号線[1]を通り、同道路上に「梨の木通り」「道野辺中央」の各バス停が設置されている。

東武鎌ヶ谷駅~貝柄山公園入口間には平日のみ鎌ケ谷市コミュニティバス「ききょう号」も運行されている(当路線と同様に上記道路を通行するが、途中バス停は無い)が、当路線は土休日も運行される上に運行本数も数倍以上ある。

[編集] 新鎌ヶ谷線

  • 鎌02:鎌ヶ谷大仏~東武分譲地~中央児童センター入口~鎌ヶ谷警察署新鎌ヶ谷駅~鎌ヶ谷総合病院
  • 鎌02A:鎌ヶ谷大仏~東武分譲地~中央児童センター入口~鎌ヶ谷警察署~新鎌ヶ谷駅
    • 2007年12月16日:運行開始
    • 2008年07月19日:ダイヤ改正(終日減便(30分ごと→30~60分ごと)・鎌ヶ谷大仏発朝始発1本と夕方~最終までの6本は鎌02A新鎌ヶ谷駅行として運行)
    • 2009年09月30日:廃止[4]
  • 運行時間帯:鎌ヶ谷大仏駅発 (鎌02)7:10~17:00 (鎌02A)6:20・17:40~21:10
  • 運行間隔:終日25~60分ごと
  • 所要時間:鎌ヶ谷大仏駅→鎌ヶ谷総合病院 約15分
  • 運賃:全線均一170円(前乗り先払い)

主な運行区間である鎌ケ谷市南初富・東初富地区にはコミュニティバスききょう号以外のバス路線等がなく、同地区から鎌ヶ谷総合病院など新鎌ヶ谷駅周辺への交通手段として開設された。 中央児童センター入口~鎌ヶ谷警察署間はききょう号東線と同一ルートを走行しており、停留所もほぼ同一地点に設けられた。 なお鎌ヶ谷大仏付近にて、廃止された旧・船05系統のルートを僅かに走行する。

2009年9月30日に廃止されることが同年9月14日に発表された[4]

[編集] 鎌ヶ谷ファイターズスタジアム直通バス

[編集] 馬込霊園線

  • 臨時:船橋駅北口~夏見台団地~運動公園前~馬込霊園

彼岸の時期に運行。船橋駅北口の8番のりばから発着する。

[編集] コミュニティバス

[編集] 廃止路線

[編集] 高根線

  • 船24:船橋駅北口~船橋中央市場~米ヶ崎~高根~高根小学校前~御滝不動~三咲駅~鎌ヶ谷大仏
  • 船25:船橋駅北口~船橋中央市場~米ヶ崎~高根~高根小学校前~御滝不動
  • 船26:船橋駅北口~船橋中央市場~米ヶ崎~高根~高根小学校前
  • 船27:船橋駅北口~船橋中央市場~米ヶ崎~高根
    • 2000年8月16日:廃止

当初は南口発だったが、南口撤退後は北口発に。ツーマン時代は大型車両だったがワンマン化後は中型車両で運行されていたローカル路線である。 米ヶ崎付近では農道風の道路を、高根付近では起伏のある道路を、しかし幅員の狭いが、ウシガエルの鳴くのどかな道を走行していた。近くを走る船橋グリーンハイツ線と比較すると、のどかさは同様であるが、路線需要や車両のサイズで劣っていたことで廃止となった。 廃止により、米ヶ崎停留所を当時の船橋バスが引き継いだ(ただし、駅・短絡線上なので、位置が変わり船橋駅北口方面のみとなってしまった)。また、高根小学校前・秋葉神社・うぐいす園と船橋バス管轄として船橋グリーンハイツ線のバス停として一応の利便を図った。前述の通り、現在は船橋グリーンハイツ線は船橋新京成バスの管轄になっているため、船橋新京成バスの停留所として吹上・米ヶ崎・高根小学校前が復活した。なお、新京成バス鎌ヶ谷営業所(現・船橋新京成バス)エリアでは最後のツーマン路線であった。(新京成バス最後のツーマン路線は現・松戸新京成バスエリア)

[編集] 北習志野線

  • 習05:北習志野駅~習志野台3丁目~日大習志野高校~日大理工学部前
    • 2004年3月16日:廃止

当初は習志野営業所(現習志野新京成バス)担当だったが、2000年8月16日より鎌ヶ谷営業所担当に変更、日大習志野高校ー日大理工学部前間の道路がやや狭いのにもかかわらず、使用車両は大型車だった。 習志野新京成バス津田沼線の経路変更に伴うダイヤ改正で、同路線は京成バス大久保線の津33系統(津田沼駅~千葉日大第一中高間運行の急行バス)と共に廃止となった。

[編集] 桑納線

  • 船04:船橋駅北口~夏見台団地~二和道~鎌ヶ谷大仏~八木ヶ谷入口~豊富農協前~?
    • 1998年夏頃:廃止

鎌ヶ谷線・船03系統と同様のルートで船橋駅から北上して鎌ヶ谷大仏まで至り、その先小室線と一旦合流、県民の森付近で分岐して豊富農協前へ至る路線であった。嘗ては現・八千代市の桑納地区まで行く路線であったため、桑納線を名乗っていた。

[編集] 東京学館総合技術高等学校送迎バス

2002年まで当時の新京成バス鎌ヶ谷営業所は東京学館総合技術高等学校(現・東京学館船橋高等学校)への送迎バスを三咲駅東船橋駅から運行していた。
車両は鎌ヶ谷・習志野・松戸各営業所で路線車として使い倒された旧型車をワンマン機器や運賃箱撤去の上使用していた。

2003年以降は東京学館送迎から撤退した(以後は現在に至るまで県内のコスモスバスが送迎を担当している)。

路線運用としての系統番号も存在する(三咲05:三咲駅⇔東京学館・東6:東船橋駅⇔東京学館)

[編集] 車両

船橋新京成バスでは、新京成電鉄鎌ヶ谷営業所時代より、日産ディーゼル製の車両を中心に導入している。このほか、一部の狭隘路線で限定使用される三菱ふそう製の小型バスや、コミュニティバス用に日野自動車製の車両もわずかながら配置されている。また一時は、鎌ヶ谷グリーンハイツ線においてスウェーデン・オムニノーバ社製の低床車両が使用されていたが、収容力・エンジン性能の問題からラッシュ時の運行に支障をきたすようになり、廃車となった。 しかし富士重工業がバス車両の車体を製造するのを中止し、最近では西日本車体工業製の車体を採用しているが、大型車の需要が減ったせいもあってか、しばらく中型のみを投入していた。三菱ふそうと日産ディーゼルが提携を発表したが、これが今後の新車導入に影響を与えた。 また、営業所内に尿素水(アドブルー)供給設備が設置され、PKG-RA274MANを導入した。前述のメーカー間提携により、船橋新京成バスが導入する車両で1012号車以降はPKG-AP35UMが導入された。1013~1024号車は元習志野新京成バスのPKG-RA274MANが6台とPKG-AP35UMが4台である。

また、2007年10月1日から船橋バスの路線と車両を引き継ぐにあたり、新京成電鉄から分社した後としては初めて国内4メーカーそろえたバス会社となった(船橋バスに最後まで現存していた車両はすべていすゞ自動車製の車両であった。また、分社前には松戸の旧型のいすゞ車が東京学館送迎に充当されていた。)。 まず船橋バス新塗装車は暫定的にF-BUSロゴを消して社名変更して当分船橋GH線に専属し、塗装を船橋新京成バス新塗装に塗り換え次第共通運用に就く。 また、中型車(F-131→1400、PA-LR234J1)の代わりに、船橋新京成バスの在来車が船橋GH線の運用に就くようになった。ただし、船橋新京成バスの中型車も時々運用に入ることがある上、旧船橋バス車の一部は暫定的に船橋駅を発着しない路線で試験的に運用されている模様である。 ちなみに、F-131は10月末日に塗装変更の上1400に改番された。1400は主に鎌ヶ谷大仏以北での運用が中心となっている。

[編集] 脚注

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[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月16日 (水) 02:40 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【船橋新京成バス】変更履歴

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