芝公園

芝公園の最新ニュースをまとめて検索!

芝公園

  • 東京都港区に所在する公園。本稿で記述する。
  • 上記の公園がある東京都港区の町名。住居表示では一丁目から四丁目まである。当地域の人口は、1032人(2008年4月1日現在、住民基本台帳による。港区調べ)。

日本 > 東京都 > 港区 > 芝公園

座標: 北緯35度39分23秒 東経139度44分54秒 / 北緯35.65639度 東経139.74833度 / 35.65639; 139.74833

2005年3月19日
芝公園の北側から撮影
後方は愛宕グリーンヒルズ

芝公園(しばこうえん)は東京都港区にある都立公園である。

目次

[編集] 概要

芝公園は増上寺を中心とした緑地帯(都立公園)であり、明治6年(1873年)の開園と、都内でも上野恩賜公園などと並ぶ古い公園である。もともとは増上寺境内の敷地を公園としていた。しかし戦後の政教分離の考えにより、増上寺の敷地とは独立して宗教色のない都立公園として新たに遊具や運動施設などが設けられ、整備された。そのため、現在の公園の敷地は増上寺を取り囲むような形状になっている。

公園内にホテル学校図書館などの施設が点在するほか、グラウンドや散策路などがあり広大な公園施設となっている。また、園内には前方後円墳芝丸山古墳、丸山貝塚もある。

東端には港区役所、西端には東京タワーが建ち、特に東京タワーを正面に望む東側の散策路はデートスポットとして、ロケ撮影地として親しまれる。

また、芝公園の名称は周辺一帯の町名(芝公園一丁目から芝公園四丁目)としても使われている他、地下鉄の駅名(都営地下鉄三田線芝公園駅)や高速道路の出入口の名称(首都高速都心環状線芝公園出入口)にもなっている。

[編集] 歴史

  • 慶長3年(1598年)、増上寺徳川家康によって麹町から現在の芝の地に移される。
  • 明治6年(1873年10月19日、芝公園が開園する。また、公園敷地が芝公園地1~25号地の計25区画に振り分けられる。
  • 明治11年(1878年)、芝区成立にともない芝公園は芝区に編入され、東京府芝区芝公園地となる。
  • 明治22年(1889年)5月1日、東京市の成立にともない東京市に所属し、東京市芝区芝公園地となる。
  • 明治32年(1899年)、初代陸地測量部小菅智淵工兵大佐の銅像が公園内に建立される(後に戦時中の金属供出で撤去)。
  • 明治末期、次第に住所である芝公園地の「地」が省略されるようになり、東京市芝区芝公園となる。
  • 昭和4年(1929年)、芝区役所(現在の港区役所)が芝公園6号地に移転してくる。
  • 昭和20年(1945年)、戦災により増上寺境内の徳川家霊廟がほとんど消失する。
  • 昭和22年(1947年)、芝区が赤坂区・麻布区と合併して新たに港区が成立。それにともない東京都港区芝公園となる。
  • 昭和33年(1958年10月14日東京タワーが芝公園20号地に完成する。
  • 昭和40年(1965年7月1日、芝公園の一部が西新橋三丁目に編入される。
  • 昭和47年(1972年1月1日住居表示の実施にともない芝公園の一部が芝大門一丁目に編入され、残りの芝公園1~25号地に周辺地区をあわせて現在の芝公園一~四丁目が成立する。
  • 昭和52年(1977年9月1日、芝栄町の一部を芝公園三丁目・芝公園四丁目に編入する。
  • 平成18年(2006年4月1日指定管理者制度により、芝公園が財団法人東京都公園協会の管理となる(~2011年3月31日まで)。

[編集] 住居表示実施前後の町名の変遷

実施後 実施年月日 実施前(各町名ともその一部)
芝公園一丁目 1972年1月1日
(芝栄町のみ1977年9月1日)
芝公園5~9号地
芝公園二丁目 芝公園10~15号地、芝片門前一丁目、芝片門前二丁目
芝公園三丁目 芝公園3号地・4号地・21~25号地、芝栄町
芝公園四丁目 芝公園1号地・2号地・16~20号地、芝栄町、麻布飯倉町五丁目

[編集] 施設・名所

芝公園一丁目
芝公園二丁目
芝公園三丁目
芝公園四丁目

[編集] ギャラリー

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月7日 (月) 05:39 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【芝公園】変更履歴

ご利用上の注意

もっと調べる!