若井小づえ・みどり

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若井小づえ・みどりは、元漫才コンビ。吉本興業大阪本部所属。師匠は若井はんじ・けんじ

小づえとみどりは友人同士で結成。師匠の若井はんじ・けんじへの弟子入りの際、二人から「女芸人はナンボ一生懸命指導しても結婚してやめてもうたら意味ないから」独身を通す事を条件に師事を許された[1]。そのため双方は永年独身を通し、それをネタとウリにした。師匠の若井けんじが交通事故により急逝後、みどりは結婚したが、小づえは生涯独身を通し、51歳の若さで世を去った。

当初、若井こづえ・ひとみの名前でケーエープロダクションに所属。大阪梅田のトップホットシアター東宝系の演芸場)を中心に活躍した。その後、師匠の反対を押し切り吉本興業に移籍。漫才ブームでは最後発ながら時流に乗ることができた。

「結婚したい」を「嫁に、もぉてぇ~!おっきがぁるに♪まァだ無いかァ~?」のフレーズを中心に強くアピールする小づえを突っ込み、あしらいつつ進行していく芸風。解散については、みどりの結婚に伴い双方の立場に差がついてネタが出しにくくなったとの説と、みどりが正式入籍を皆に隠していたことに小づえがキレたとの説とがある。

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[編集] プロフィール

若井小づえ(1947年12月21日 - 1999年1月13日、本名、五十嵐 雍子(いがらし ようこ))
大阪府大阪市出身、血液型AB型、ボケ役。服装にこだわり、日本で初めてファッション・スタイリストを専属で自ら雇った女性漫才師。濃い化粧と、スタイルのよい長身(みどりは割合小柄である)に個性的なファッション、その頭上には大ぶりな帽子を被り、「嫁にもぉて!」「おっきがーるに!」と客席への激しい結婚願望のアピールを特徴とする。基本的にアピールはギャグで実らないが、客が「もぉたる!」と叫んだことがあり、その時は驚きのあまり舞台そっちのけで相手を探し回るほど(そして照れていた)。
名前の表記が「こづえ」→「こずえ」→「小づえ」と変わっている。
解散後は吉本での芸人としての活動を続ける一方、永年鍛練していたヨガの指導者を努めていた。みどりと違い生涯独身を通し、よい意味で悠々自適の日々を送っていた最中の1998年年末、仕事の打ち上げパーティの席上でクモ膜下出血を起こし、その場で救急搬送されるも、意識の回復せぬまま、51年の太く激しく短い生涯の幕をひいた。
若井みどり(1946年7月29日 - 、本名、北浦 也寿子(きたうら やすこ))
大阪府大阪市出身、血液型O型、突っ込み役。小づえに振り回される役どころを持つ。夫は会社経営者(芸能界とは無関係)、永年入籍をしていなかった。みどりと夫が正式入籍に踏み切ったのは師匠の若井けんじの死去が機だったといわれる。
解散してからはソロで活動し、日曜笑劇場の舞台にも出演していたが、2000年からはモノマネタレントのメグマリコを相方にして漫才活動を再開(若井みどり・メグマリコ新小づえみどり)。バラエティー生活笑百科に上沼恵美子の代役でスポット出演することがある。
2007年夏、新小づえみどりを解散。家で漫才番組を見ていたみどりが、若手の台頭を目の当たりにして「自分たちがやっていくのはこれ以上無理だ」と感じ、メグマリコに解散を申し出た(「こころ晴天」の番組内でみどり自身が明かした)。
2007年10月吉本新喜劇に入団、日曜笑劇場にゲスト出演した時を含め、顔が丸いことから「自転車のチリンチリン」「シイタケの裏」「トイレのカラーボール」などといじられる(このネタは漫才時代と同じである)。

[編集] 経歴

  • 1965年 「若井こづえ・ひとみ(のち、みどりと改名)」で神戸松竹座で初舞台[2]。以降松竹の主要劇場に上がる。
  • 1969年 師匠のケーエープロダクションに移籍しトップホットシアターに上がるようになる。
  • 1971年 NHK上方漫才コンテスト 優秀努力賞。
  • 1975年 上方漫才大賞 新人賞。
  • 1976年 師匠の若井はんじ死去。
  • 1983年 上方漫才大賞 奨励賞。
  • 1983年 上方お笑い大賞 金賞。
  • 1987年 花王名人大賞 新人賞、上方お笑い大賞 審査員特別賞 。市議となっていた師匠・若井けんじ交通事故で死去。
  • 1988年 花王名人大賞 名人賞、上方漫才大賞 大賞、上方お笑い大賞 大賞。
  • 1991年 みどりの結婚に伴い解散。各自、ソロ活動を行う。
  • 1999年 こづえクモ膜下出血で死去。
  • 2000年 みどりが「新・若井小づえ・みどり」を結成して漫才活動を再開(相方はメグマリコ・結成当初は「若井みどり・メグマリコ」)。
  • 2007年 みどり吉本新喜劇に入団。


[編集] 出演

[編集] 映画

  • 『夢見通りの人々』(1989年、松竹)

[編集] CD

  • 『オンチ』

[編集] 兄弟弟子

[編集] 弟子

  • 若井のん・のこ

[編集] 出典・脚注

  1. ^ ただし芸人との結婚は許されていた。かつてみどりはトップホットシアターに出ていた頃、はな寛太と見合いさせられた事もあった。
  2. ^ 実際はそれ以前に新世界新花月の女流大会に人手が足りなかったので急遽稽古もままならないまま初舞台を踏む。

[編集] 外部サイト

最終更新 2009年12月1日 (火) 15:50 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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