若央りさ

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若央 りさ(わかお りさ、1965年9月10日)は元宝塚歌劇団月組男役スターで現在は同歌劇団振付家。

神奈川県茅ヶ崎市出身。本名・福村 光恵(ふくむら みつえ)。愛称ミツエ(ちゃん)。身長165cm、血液型O型。

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[編集] 来歴・人物

茅ヶ崎市に女ばかり三人姉妹の次女として出生。聖園女学院中等部卒業後、1981年宝塚音楽学校に入学。1983年に『春の踊り』を初舞台に宝塚歌劇団入団。69期生

同期にそれぞれ月・雪・星の男役トップとなった久世星佳高嶺ふぶき麻路さき、宙組2代目組長・元月組組長出雲綾、元雪組娘役トップ神奈美帆、いずれもOGで芸能界で活動を続ける美月ノア・海峡ひろき・ちあきしんらがいる。

久世・麻路とともに月組に配属され、小柄ながら優れた容貌とダンス・日舞に長けた実力を当時のトップスターだった大地真央剣幸に見込まれ1987年にはバウホール公演『青春の旋風~リトル・ヒーロー三四郎』で主演を果たすが、4期下の天海祐希配属・抜擢、さらに平成以降の同期・久世の急成長以降は彼女らの活躍の割りを食う立場となってしまった。

しかしダンス・日舞の両方に秀でた(しかも女役の踊り・芝居もできるという強みもあった)貴重な生徒であり、当時の月組は郷真由加1988年)・桐さと実(1989年)ら有力男役スターが相次ぎ退団し手薄だったうえ、他の主要男役になかった柔和かつ上品な男役像を表現しえた若央は芝居で、ショーで重要な役割をこなし引き続き劇団・ファンの支持を得た。

1991年にはバウホールで二度目の主演作品『紫陽の花しずく』(山本周五郎原作『深川安楽亭』より、谷正純が潤色・演出、相手役紫とも)を成功させた。

1993年グランドホテル』では盲目の伯爵夫人役を、ジゴロ(夫人の情夫的存在)役の萬あきらと共に熱演、『グランド~』でダンス力が問われる役どころを見事にこなしダンスのエキスパートであった萬ともども作品の成功に貢献し、観客からも好評を博した。

1994年は『風と共に去りぬ』でも女役ベル・ワットリングを熱演、同年の歌劇団ロンドン公演にも参加、重要なポジションを担った。

1995年、『ハードボイルド・エッグ/EXOTICA!』東京宝塚劇場公演(6月)限りで惜しまれながら退団。なお同作は1月の阪神・淡路大震災宝塚大劇場公演が全日程中止となったため、3月に急遽月組バウホール公演「Beautiful Tomorrow!」が製作され、若央は本拠地・宝塚での最後のステージを務めた。

別格スターではあったが、大階段のパレードでは3番手の真琴つばさより後に階段降りしたり、公演ポスターにも毎回掲載されたりと、劇団の彼女への評価の高さと人望を証明している。

[編集] 退団後

退団後は、「花嫁修業でもしながら自分のやりたいことをゆっくり探したい」と希望していたが、程なく『踊れて舞える』実力を見込まれ羽山紀代美の助手に誘われた。後に歌劇団より振付助手就任依頼のオファーがあり応諾、今に至る。

2008年、94期生初舞台公演「ミー&マイガール」のロケットの振付を担当。今後の活動が注目される。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年8月14日 (金) 03:17 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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