茨城県立カシマサッカースタジアム
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| 茨城県立カシマサッカースタジアム "カシマスタジアム" |
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|---|---|
| 施設情報 | |
| 所在地 | |
| 位置 | 北緯35度59分29.79秒東経140度38分24.58秒 |
| 起工 | 1992年3月 |
| 開場 | 1993年5月 |
| 拡張 | 1998年工事開始、2001年増築竣工 |
| 所有者 | 茨城県 |
| 運用者 | 株式会社鹿島アントラーズFC |
| グラウンド | 天然芝 |
| ピッチサイズ | 105 x 68m |
| 照明 | 1500ルクス |
| 大型映像装置 | 1基 |
| 建設費 | 193億(改修費) |
| 設計者 | 茨城県土木部、日建設計 |
| 建設者 | 竹中工務店・住友・常総・JV、勝村・岡部・JV |
| 使用チーム、大会 | |
| 鹿島アントラーズ(Jリーグ)(1993年-現在) 2002 FIFAワールドカップ |
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| 収容能力 | |
| 40,728人 | |
| アクセス | |
| JR鹿島線・鹿島臨海鉄道 鹿島サッカースタジアム駅 |
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茨城県立カシマサッカースタジアム(いばらきけんりつカシマサッカースタジアム)は、茨城県鹿嶋市にあるサッカー専用スタジアム。球技場としては北関東地方最大の規模で、Jリーグ・鹿島アントラーズがホームスタジアムとして使用している。
施設は茨城県が所有し、株式会社鹿島アントラーズ・エフ・シーが指定管理者として運営管理を行っている。
目次 |
[編集] 概要
1989年にプロサッカーリーグの創設が具体化した際、日本サッカーリーグ(JSL)2部の住友金属工業蹴球団(住金蹴球団)も参加を表明した。だが当時、この住金の決断に対しては「2部の実力ではプロではやっていけない」、「首都圏(茨城県)ではあっても、東京周辺の人口密集地帯からは離れた鹿島で観客を集めることは困難ではないか」などといった懐疑的な見方が強かった。施設の面を見ても、町内にはプロサッカーリーグの本拠地スタジアムとして想定されていた1万5千人の観客を収容可能な陸上競技場や球技場がなかった。住金蹴球団が本拠としていた住友金属工業鹿島製鉄所内の多目的グラウンドは約5,000人の収容人数で、JSL2部では問題はなくともプロサッカーリーグの基準は満たせない規模だった。
これらの面から見ても、住金蹴球団がプロリーグに参加するのはまず難しいと考えられていた。当時のJリーグチェアマンだった川淵三郎には特にこの設備面を指摘され「住金(蹴球団)が加入できる確率は限りなくゼロに近い。99.9999%ダメだ」と一刀両断にされてしまった。それでも住金側は「まだ0.0001%の可能性はある」と諦めなかった。後に川淵は「設備面を指摘すればさすがに諦めるだろうと思って言ったが、本当にスタジアムを作ってしまったから認めざるを得なかった」と講演会などで笑い話として述べている。
しかし、茨城県は住金蹴球団や住友金属工業、それに鹿島町などからの陳情を受け、鹿島灘に面する卜伝の郷運動公園に建設予定だった3,000人規模のグラウンドを、Jリーグ規格に適合する専用サッカースタジアムに計画を変更して建設することを決定した。このような経緯のため、大規模スタジアムとしては異例の、極めて幹線道路(国道51号)に近接したレイアウトとなっている。スタジアムが着工した1991年、住金蹴球団は川淵らの仲介により元ブラジル代表の名選手、ジーコを獲得し、チーム力の強化を図った。そして住金蹴球団は「鹿島アントラーズ」としてJリーグの初年度から参加することが決まった。
スタジアムは1993年5月のJリーグ開幕を前に、同年3月26日竣工。約15,000人収容で全席個別席(背もたれ付き)、且つスタンド全面が屋根付きの本格的なサッカー専用スタジアム「茨城県立カシマサッカースタジアム」が完成した。こけら落としカードは同年5月4日、鹿島アントラーズ対フルミネンセFC(ブラジル)とのプレシーズンマッチ。この試合で、ジーコがスタジアム初ゴールを挙げた。そしてJリーグ公式戦としての初戦(1993年Jリーグ開幕節)である5月16日の1stステージ・対名古屋グランパスエイト戦で、ジーコは堂々ハットトリックを達成し、鹿島アントラーズは5-0で快勝した。これで地元でのアントラーズ人気が急上昇し、以後、増築前の1998年までのアントラーズの主催試合はチケット完売で満員の試合が続き、開幕前に川淵が抱いた不安は払拭された。また、ジーコは1994年の現役引退後もテクニカル・アドバイザーなどの形でアントラーズに深く関わり、カシマスタジアムにはサッカーボールを蹴る姿のジーコの銅像が建立された。このような経緯から、アントラーズサポーターの一部からはカシマスタジアムを「ジーコスタジアム」の俗称で呼ぶ例が生まれた。
1999年、2002 FIFAワールドカップ開催に合わせてスタンドを増築、2001年から供用を再開した。スタンドは2層式となり、収容人員も41,800人に増加した。
2006年4月1日から鹿島アントラーズが指定管理者となり、現在に至るまでスタジアムを管理している。活動理念として「THE DREAM BOX.」を掲げ、スポーツ以外の事業などにも取り組み、スタジアムの発展を図っている。また、東京駅と鹿島神宮駅を結ぶ高速バス路線の一部の便、8往復がスタジアムまで毎日延長運行され、試合日には観戦客輸送のために全ての便が同スタジアムまで直通する。試合によってはJR東日本鹿島線からの臨時電車運転も行われるようになって、東京方面からのアクセスが改善された。2007年からは試合前の観戦客を対象にした無料周遊観光バス「鹿嶋めぐり卜伝号」が鹿嶋市や同市観光協会などにより運行されるようになった[1]。
現在は、サッカーの試合開催以外にも、健康事業やスタジアム周辺でフリーマーケットの開催なども行っている。健康事業は鹿島アントラーズが2006年10月から開始し、厚生労働省の委託を受けた介護予防事業も行っている。
[編集] 沿革
- 1991年 - スタジアム着工。鹿島アントラーズ(以後、本年表内では「鹿島」と表記)のJリーグ初年度参加が決定。
- 1993年3月26日 - カシマサッカースタジアムが竣工。
- 1993年5月4日 - こけら落としとして、サッカーのプレシーズンマッチ、鹿島-フルミネンセ戦を開催。
- 1993年5月16日 - 初のJリーグ公式戦、鹿島-名古屋戦を開催。以後、鹿島の本拠地として使用される。
- 1996年12月 - 茨城県が2002 FIFAワールドカップ(2002年W杯)の開催地として決定。検討の結果、現在のスタジアムの改修・増築を決定(「増築工事」参照)。
- 1997年7月 - レオナルド・ナシメント・ジ・アラウージョの鹿島退団セレモニーを開催。
- 1997年12月13日 - Jリーグチャンピオンシップ(CS)を同スタジアムで初めて開催(第2戦)。ジュビロ磐田が中山雅史のゴールにより1-0で鹿島を下して年間優勝決定(2試合合計3-1)。試合後に数十人の鹿島サポーターがスタンドからピッチに降りて表彰式を妨害する事件が発生。
- 1998年11月28日 - CS第2戦を開催し、鹿島が優勝。初めて同スタジアムでの年間優勝を決め、試合後に選手とサポーターによるビールかけを開催。
- 1999年 - スタジアム増築工事開始。
- 2000年8月12日 - 2ndステージ第9節を最後に同スタジアムの使用を休止。鹿島は同年のCSを含めて国立競技場で主催試合を実施。
- 2001年5月19日 - 改修工事が完了し、同スタジアムがリニューアルオープン。
- 2001年5-6月 - FIFAコンフェデレーションズカップ2001で、同スタジアムでは(日本-ブラジル戦を含むグループリーグ3試合を開催。
- 2002年6月 - 2002 FIFAワールドカップでグループリーグ3試合を開催。
- 2003年6月29日 - ワールドカップ開催1周年記念としてアントラーズブラジル対アントラーズジャパンの親善試合を開催(3-2でアントラーズブラジルの勝利)。
- 2003年12月 - JリーグアウォーズにてJ1ベストピッチ賞受賞。
- 2004年4月4日 - カシマサッカーミュージアムがスタジアム内にオープン。
- 2005年2月20日 - 第1回いばらきサッカーフェスティバルを開催。
- 2006年 - 鹿島アントラーズFCがスタジアムの指定管理者になる。
- 2006年 - スタジアム2ゲートの名称を住友金属ゲートに変更。
- 2006年 - 2006JOMOオールスターサッカーを開催。
- 2006年12月2日 - J1リーグ第34節(最終節)、鹿島-磐田戦にて「エコ活動」実施。スタジアムにてエコ宣言。
- 2007年2月1日 - 鹿島ファンクラブ事務局を東京からスタジアム内に移設。
- 2007年7月29日 - 本田泰人の引退試合として鹿島アントラーズ1993-ヴェルディ1993を開催。
- 2007年12月1日 - J1第34節(最終節)で鹿島が清水エスパルスに勝利(鹿島3-0清水)。鹿島が浦和を逆転し、6年ぶりのリーグ優勝を決める。
- 2007年 - スタジアム1ゲートの名称を常陽銀行ゲートに変更。
- 2008年 - アジア最長となる長さ500mのLED帯状映像装置を設置。
- 2008年7月27日、J1第19節、鹿島-浦和が前半39分に雷雨と豪雨のために66分間中断した後に再開(鹿島1-1浦和)。試合中での中断記録はJリーグ最長記録である。
- 2008年8月23日 - J1第22節で名古屋が鹿島に勝利し(鹿島1-2名古屋)、Jリーグ開幕節以来続いた同スタジアムでの連敗記録を22試合で止める。
- 2009年2月1日 - 秋田豊の引退試合として鹿島レジェンドスターズ-磐田レジェンドスターズを開催(鹿島4-2磐田)。
- 2009年9月12日 - J1リーグ第25節、鹿島-川崎フロンターレ戦で大雨によるピッチコンディション悪化のため74分(後半29分)で試合中止。同スタジアムでの試合中止は初。その後、同試合はJリーグ初の中断試合とされる。
- 2009年10月7日 - 9月12日に中断された鹿島-川崎戦が中断時の状況(再開プレー・残り時間・出場選手等)を再現して続行され、最終的に川崎が勝利(鹿島2-3川崎)。
[編集] 施設
[編集] ピッチ
- 高麗芝、静養芝を混生した常緑ピッチとなっている。
[編集] スタンド
- 全層二層式。立ち見席はなく、すべての席に椅子が用意されている。2階席は1階席の椅子よりも背もたれが長い。
- バックスタンドの1階席には青地に白文字で「KASHIMA」が、2階席には白地に赤文字で「IBARAKI」が入っている。
- 車いす用観戦スペースはバックスタンド(最前列とピッチの間)に設置されている。
- ホーム側ゴール裏のサイドスタンドに得点掲示板
- アウェイ側のそれに大型映像装置
- 2階席最前列にアジア最長となる500mのLED帯状映像装置
[編集] コンコース
- 鹿島アントラーズホームゲーム開催日には多くの売店が出店する。中には、キムカツ(キムカツさんど販売)などといった有名店も出店している。
- 鹿島アントラーズオフィシャルショップ売店(鹿島アントラーズホームゲーム開催日)
- カシマウェルネスプラザウォーキングスペース(中2階)
- エレベーターが設置されており、車いすでの移動ができるようになっている。
[編集] ゲート
- 主に常陽銀行,住金,3,5,6ゲートとなっている。
- 3ゲートはアウェイサポーター専用ゲート(鹿島アントラーズホームゲーム開催時)
- 一部ゲートの階段にはエスカレーターが設置されている。
[編集] その他
- カシマサッカーミュージアム(バックスタンド側)
- アントラーズファンクラブ事務局
- カシマウェルネスプラザ
[編集] 広告看板
- カシマスタジアムにおける広告看板(ゴール裏)は1995年以後、部分的に回転ロール盤を使用している。当初はゴール裏の内側部分だけだったが、1999年以後は外側(スタンドとピッチの中間。カシマスタジアム開催分は客席の最前列)の部分にも使用している。試合時間帯に応じてアントラーズの協賛スポンサーの広告を切り替えて表示している。最近は、バックスタンド側の広告看板も回転ロール盤を使用(Jリーグのオフィシャルスポンサーを切り替えて表示)するときがある。
- 住友金属ゲート(2ゲート)には住友金属の広告看板、常陽銀行ゲート(1ゲート)には常陽銀行の広告看板が設置されている。
[編集] カシマウェルネスプラザ
鹿島アントラーズがスタジアムのバックスタンド及びコンコースを利用してメタボリックシンドローム対策をメインとした健康プログラム「カシマウェルネスプラザ」を実施する(詳しくはWebを参照)。
[編集] 増築工事
1993年の開場当初、カシマスタジアムの収容人員は15,000人だったが、その後立見席を設けたため収容人員は約16,000人となった。だが、茨城県は2002 FIFAワールドカップの開催地として立候補しており、カシマスタジアムを開催会場とすることも決まっていたことから、スタジアムの処遇を検討する必要に迫られた。
既存のカシマスタジアムを継続使用しながら増築する場合、安全上の問題が生じ消防法に抵触する恐れがあることから、一時はスタジアムを新規に建設する事も検討していた。しかし新規建設の場合は建設コストが多額に及ぶことから、既存のカシマスタジアムを増築することとなった。
改築事業は1999年から3年間に及び、アントラーズはこの間茨城県を離れ、ホームゲームを東京都新宿区の国立霞ヶ丘陸上競技場(国立競技場)などで行った。当時、茨城県内でJリーグ1部(J1)の基準を充足する施設はカシマしかなく、また現在水戸ホーリーホックがホームゲームを行っている那珂市の笠松運動公園陸上競技場は2002年に開催予定だった全国高等学校総合体育大会(インターハイ)に合わせ改修を行っていたため、使用できなかった。
- 1999年 既存席の屋根の取り外し工事(1stステージのアントラーズ主催試合は茨城県内を離れて開催)
- 2000年 2階席(新設)の基礎工事→屋根の架設、座席のひな壇作り
- 2001年 2階席の仕上げ(座席の設置)、大型映像装置の設置、メイン・バックスタンドの配置換え、芝生の張替え
- 2001年5月 増築完了。収容人員は41,800人に増加。屋根はアーチ状になっているが、天然芝の養生を促すため、南スタンドの屋根は日光を透過しやすいよう、半透明になっている
- 2003年 W杯対応終了のため一部改修。現在の収容人員は40,728人
[編集] スタジアムグルメ
試合時に販売される食品の質が非常に高く、サッカーファンからは「鹿スタグルメ」として知られる。古い競技場などでは、消防法や設備の関係で敷地内で火を使えず、満足な食品が供給できないことも多いが、カシマスタジアムは設計段階からプロサッカーの興行で売店が出ることを想定していたため、スタジアムコンコース各所にガスや水道のラインが敷かれ、消防法の基準もクリアした設計がなされており、その場で大量の温かい食品を調理することが可能になっている。
試合開催日に地元の店や商店会が出店し、コンコースは多くの売店でぎっしりと埋まる。特に、多くの売店が林立し、それぞれの店で味が異なるもつ煮込みは、サッカーファンの間では名物として認知されており、もつ煮目的のリピーターがいるほどである。もつ煮以外にもハム焼やメロンパンなどたくさんのメニューがある。
[編集] 使用大会・イベント
- 全国高校サッカー選手権大会茨城県大会決勝
- 茨城県サッカー選手権大会
- ジャパンラグビートップリーグ
- 国際Aマッチ
- JFL公式試合
[編集] 備考
[編集] サッカー関係
- Jリーグ開幕戦で0-5と大敗した名古屋グランパスエイトは、Jリーグ発足以後カシマスタジアムで行われた対鹿島アントラーズとの公式戦(Jリーグ、Jリーグカップ、天皇杯)およびPSM(1995年6月4日、ペプシカップ)において、2007年までの15年間を22戦全敗(うち2試合はPK戦負け、PSMのペプシカップを含む)という記録が存在する。名古屋にとってこのスタジアムが鬼門となっていたが2008年8月23日の試合で1-2の逆転勝ちし、Jリーグ発足16年目にしてついに連敗記録がストップした。なお、名古屋に在籍する杉本恵太は鹿嶋市の隣の潮来市出身で、鹿嶋市内の茨城県立鹿島高等学校出身である。名古屋がカシマスタジアムで試合をする時には、杉本の実家が経営する弁当屋が選手やスタッフ、それに観戦ツアーで訪れるサポーターに対して弁当を調製する。
- このほか、柏レイソルがリーグ戦では0勝1分9敗(ただし、ナビスコ杯では勝利あり)、コンサドーレ札幌が0勝4敗、京都サンガFCが0勝1分8敗といまだに勝利がない。柏は改装完了後の初戦で対戦し、黄善洪が新スタジアムでの初ゴールを決めたが、逆転されて敗戦した。札幌は2002年にこのスタジアムで敗れて翌シーズンのJ2降格が決定した。
- その他にも、浦和レッズ・横浜F・マリノス・ジュビロ磐田・ガンバ大阪といったかつてからJリーグを代表する強豪チームですら、このスタジアムでの鹿島戦は大きく負け越している(ただし、浦和は2004年以降、このスタジアムでは2勝3分け1敗と盛り返している)。
- 逆にサンフレッチェ広島はこのスタジアムでの相性が比較的良く、鹿島がこのスタジアムで初めて負けた相手である。通算成績でも鹿島を除くJ1所属経験のあるチームの中では2007年において唯一勝ち越していたが(1997年から2006年まで敗戦を喫していなかった)、2009年3月22日のJ1第3節において鹿島が勝利したことでこのスタジアムで行われたJリーグの通算成績が7勝1分7敗と五分になった。他にはセレッソ大阪が5勝6敗と比較的相性がいい。
- 鹿島アントラーズとの茨城ダービーを争う水戸ホーリーホックは、今までリーグ戦をカシマスタジアムで行ったことはない。ただし公式戦としては天皇杯全日本サッカー選手権大会で1回(第84回)、PSMでは「いばらきサッカーフェスティバル」として3回カシマスタジアムで試合をしたが、全て鹿島に敗れている(全体の対戦成績でも水戸が6戦全敗(その中の公式戦は天皇杯が2試合))。逆に鹿島は、カシマスタジアム竣工前の1992年のJリーグカップなどで、現在水戸がホームスタジアムとしている笠松運動公園陸上競技場で主催試合を行っている(当時の水戸は前身チームが土浦市で活動していた時期)。
- スタジアムのある鹿嶋市近辺は鹿島灘に近いこともあり、試合中に海霧で見づらくなることもある。
[編集] サッカー以外の利用
- 2004年12月18日に同所で初のラグビーの公式試合、ジャパンラグビートップリーグのサントリーサンゴリアス対トヨタ自動車ヴェルブリッツ戦が開催された。
- 鹿島アントラーズFCが管理指定者になった為、夏の7-8月にはビアガーデン営業が行われるようになった。また、それまで開催されたことのないコンサートといった音楽活動も検討中である。
- 同スタジアムの駐車場は試合開催日以外は無料開放されている。そのため、茨城県が進めるパークアンドライド政策では輸送拠点と見なされ[2]、試合の無い日でも東京駅と鹿嶋市内を結ぶ高速バス路線の一部が同スタジアムを始発・終着地として運行される。
[編集] 観戦環境その他
- 一般的なスタジアムにおいてはゴール裏席はただ単に自由席(もしくはそのままゴール裏席)と呼ばれるが、アントラーズのホームゲーム時にはサポーターズシートと呼ばれる。そのサポーターズシートで、アントラーズのサポーターは毎試合キックオフ前に大応援旗を用いてパフォーマンスをするなど、大掛かりな応援を見せている。
- 観客動員数が1万5000人だった頃は、Jリーグバブルの時期とも重なりチケットの入手は困難だったが、それでも多数のサポーターがこのスタジアムを訪れた。観客動員数をオーバーする試合も珍しくなかったという。元浦和レッズの福田正博は小さかった頃のカシマスタジアムは非常にやりにくかったと語っている。
- スタジアムの上空写真をデザインしたオレンジカードをJR成田駅、成田空港駅、鹿島神宮駅などのみどりの窓口で発売している。
- サッカー専用スタジアムであるので、客席とピッチとの距離が近く、また適度な傾斜がついているため、どの席でも非常に観戦しやすいスタジアムである。
- ジェフ千葉や日本代表の監督を務めたイビチャ・オシムからの評価も非常に高く(「オシムの言葉」より)、「日本一のスタジアム」と称するファンが存在する。
[編集] 一般開放
- 開放日:火曜日~日曜日
- 休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌火曜日)、祝日の翌日、年末年始
- 入場料金:無料
- 開放時間:10:00~17:00
- 入退場は住金ゲートのみ
[編集] アクセス
- 鉄道
- 高速バス
- かしま号:東京駅~スタジアム間高速バス(鹿島神宮駅・水郷潮来バスターミナル経由 東京駅行き)
- 下りは鹿島セントラルホテル経由、上りは鹿島神宮駅と水郷潮来バスターミナルのみ停車(降車不可)
- 平日8往復運行・試合開催日は増発
- かしま号:東京駅~スタジアム間高速バス(鹿島神宮駅・水郷潮来バスターミナル経由 東京駅行き)
- 自家用車
- その他
[編集] 周辺施設
- カシマサッカーミュージアム
- 卜伝の郷運動公園
- カシマスポーツセンター
- 鹿島サッカースタジアム駅
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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2002 FIFAワールドカップスタジアム
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最終更新 2009年11月23日 (月) 15:06 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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