草加次郎事件
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草加次郎事件(くさかじろうじけん、そうかじろうじけん)は1962年から1963年に起きた爆破、脅迫、狙撃など一連の事件のこと。1978年9月5日に公訴時効が成立し、戦後の未解決事件として日本の犯罪史に名を残した。
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[編集] 概要
1962年11月4日の歌手の島倉千代子(当時24歳)後援会事務所から12月12日の浅草の浅草寺まで、計6件の爆弾事件が発生(3件は爆破未遂)。これらの爆発物には「草加次郎」という文字が書かれていた。時に爆発物は、石川啄木詩集や、ポケットミステリのエラリー・クイーンなどに偽装されることもあった。
1963年5月から7月にかけて女優の吉永小百合(当時18歳)宅に計6回に渡って、「草加次郎」名義で脅迫状が届く。
1963年7月15日、上野公園おでん屋台店主を銃撃する事件が発生。10日後、上野署におでん屋店主を狙撃したときと同じ弾丸が入った封筒が「草加次郎」名義で届き、「草加次郎」と同一犯と判明。
1963年7月から8月にかけて渋谷東横デパート(現・東急百貨店東横店)に現金を要求する脅迫電話がかかったり、爆発事件が発生している。過去の草加次郎事件と酷似しているが、爆発物と脅迫状の筆跡が違うことから、「草加次郎」の名を騙った者の犯行ではないかとする見方も存在した。
1963年9月5日には乗客13名に重軽傷を負わせた営団地下鉄銀座線爆破事件が発生。
1963年9月6日に、吉永小百合宅に7回目の脅迫状が届き、内容は9月9日または9月10日に100万円を要求するものであった。
脅迫状に則ったやり方で100万円を用意し犯人を待ち構えるが、結局犯人は受け取りに来なかった。その後、犯人の動きは全くなくなった。
警察は捜査員は延べ1万9000人を投入、容疑者は火薬マニアなど9600人をリストアップ。「草加次郎」は指紋と筆跡を残していたが、犯人を特定することはできなかった。
1978年9月5日に全ての事件で公訴時効が成立した。
一部では、警察が秘密裏に事件を解決したという噂があるが、定かではない。
[編集] 一連の事件
[編集] 島倉千代子援護会事務所爆発事件
1962年11月4日午前11時頃、歌手の島倉千代子(当時24歳)後援会事務所に差出人名のない二重になった封筒が届いた。23歳の男性事務職員が封を開けると、中から細長い筒が出てきた。筒の中には紙が入っており、その紙を引っぱると筒が爆発した。筒から炎と白煙があがった。男性事務職員は右手に2週間の火傷を負った。
筒から紙を取り出すと、中に仕込んであるマッチがこすれて火薬に引火する仕掛けになっていた。筒の裏には「草加次郎」と「K」と書かれていた。
[編集] 麻布バーホステス宅爆発未遂事件
1962年11月13日、東京都港区に住む41歳のバーホステス宛てに島倉後援事務所と同じ円筒型小包爆弾が届くが、不発に終わった。
これには「草加次郎」とは一字違いの「杉加次郎」という書かれていたが、捜査当局は筆跡鑑定の結果、「草加次郎」と同一人物と判明した。
[編集] ニュー東宝劇場爆発事件
1962年11月20日午後5時過ぎ、東京都千代田区有楽町のニュー東宝映画劇場(現在のTOHOシネマズ有楽座)で映画を見終わった19歳の女性観客が3階ロビーのソファーにあった円筒を触ったところ、筒が突然爆発した。女性は1週間の火傷を負う。
この筒にも「草加次郎」と書かれていた。
[編集] 日比谷劇場爆発事件
1962年11月26日午後4時半頃、ニュー東宝近くの日比谷映画劇場で2階男性トイレを掃除していた47歳の女性従業員が、掃除を終えて廊下に出ようとドアを開けると、手洗い台の上に置いていた筒が開けたドアからの風で落下して爆発した。怪我人はなかった。
この筒には火薬と乾電池が詰められ電気回路でつないであり、箱に衝撃を与えると電気が流れて発火する仕組みになっていた。
この筒にも「草加次郎」と書かれていた。この筒から指紋が検出された。
[編集] 世田谷・電話ボックス爆発事件
1962年11月29日午後5時半頃、東京都世田谷区の公衆電話ボックスに入った25歳の男性会社員が棚の上にあった『石川啄木詩集』を発見。会社員は本を手に取り、ケースと本の間に名前が書かれたしおりのような紙切れを引いた瞬間に爆発。会社員は左手に5日間の火傷を負った。
本の真ん中には穴がくり抜いてあり、その穴にニクロム線を配線した電池と黒色火薬が詰められていた。しおりのような紙切れを引くと火薬が発火する仕組みになっていた。
しおりのような紙切れには「草加次郎」と書かれていた。
[編集] 浅草寺爆発未遂事件
1962年12月12日午後8時頃、東京都台東区の浅草寺境内で新書サイズのエラリー・クイーンの推理小説を夜警の同寺の警備員が発見。本が開かないため表紙を破ると、中には火薬と乾電池2個が仕掛けられていたことが判明。
この爆弾は爆発はしなかったため、未遂に終わった。構造は世田谷事件と全く同じものであった。
[編集] 吉永小百合脅迫事件
1963年の5月から8月にかけて女優の吉永小百合(当時24歳)宅で、「草加次郎」名の6通の脅迫状が届いた。脅迫状にはおでん屋台主に撃ちこんだ弾丸と同じ弾丸が入っており、内容は100万円を要求するものであった。1回から4回では小百合の父親に上野駅前の喫茶店にくるように指定したが、犯人は現れなかった。
1963年9月6日に届いた「草加次郎」の7通目の脅迫状には、9月9日または9月10日に「草加次郎」が指定した急行列車から現金投下のサインの場所で100万円を投下させるという現金の受渡し方法を提示。過去の6回の脅迫状と異なり、時限爆弾を示す絵が入っていた。
だが、9月9日と9月10日に列車に乗り込むも、現金投下のサインは現れなかった。
[編集] 上野公園おでん屋台店主銃撃事件
1963年7月15日午後7時45分頃、東京都台東区の上野公園のおでん屋台を開いていた27歳男性が何者かによって撃たれて病院に運ばれ、全治3ヶ月の重傷を負った。
事件から10日後の7月25日、上野署に1通の封書が届く。封筒の中には弾丸が一発だけ入っているだけで、他に手紙らしいものはなかった。この弾丸は鑑識の結果、おでん屋台主の体から摘出した弾丸と材質や大きさが同じであった。
封筒の裏には「草加次郎」と書かれており、前年の連続爆破事件で残された「草加次郎」の筆跡と一致した。
[編集] 渋谷・東横デパート爆発脅迫事件
1963年7月24日午後3時頃に渋谷東横デパート(現・東急百貨店東横店)に500万円を要求する脅迫電話をかかる。声の主は3、40代ぐらいの男性。指定の場所に警察が張りこむも、結局、犯人は現れなかった。
しかし、午後3時50分になって、同デパート西館9階の男子トイレで突然爆発が発生。怪我人は出なかった。爆発物はトイレの天井の屋根裏に乾電池とクッキングタイマーをつなげられた時限爆弾が爆発したものだった。
8月11日夕方、同デパートの東館屋上で爆発したが、怪我人はなかった。
8月14日昼前、同デパートに親展とされた速達小包届けられ開封すると爆発。男性職員が軽い火傷を負った。この小包には500万円を要求し、拒否したらデパート内で本格的な爆発を起こすと書かれた脅迫状が届く。犯人が指定した方法で張り込むも犯人は現れず、デパート内で爆発も起こらなかった。
捜査当局はこの事件と「草加次郎」との関連を調べたが、爆発物と脅迫状の筆跡が違うことから、「草加次郎」の名を騙った者の犯行ではないかとする見方もあった。
[編集] 営団地下鉄銀座線爆破事件
1963年9月5日午後8時14分頃、営団地下鉄(現:東京メトロ)銀座線京橋駅に停車中の車内で手製の時限爆弾が爆発、乗客10人(重傷2人・軽傷8人)が負傷した。
爆弾は時計じかけになっており、針が動いて予定の時刻にくれば爆発する仕組みになっていた。
二つの乾電池にはそれぞれ「次」と「郎」という文字が書かれていた。
[編集] その他
鰐淵晴子(当時18歳)や桑野みゆき(当時21歳)の自宅住所宛てにも弾丸を同封して100万円を要求する脅迫状が届いていたことが判明。
[編集] 略歴
- 1962年11月4日 歌手の島倉千代子援護会事務所に爆発物を郵送し、同事務員を負傷させる。郵便物に「草加次郎」のサインを残す。
- 1962年11月13日 港区麻布に住むバーホステスに爆発物を郵送。未遂に終える。
- 1962年11月20日 有楽町ニュー東宝劇場の客席に爆発物を破棄し爆破。観客1人に火傷を負わせる。
- 1962年11月26日 有楽町日比谷劇場の洗面所に爆発物を破棄。爆発したものの負傷者及び火災はなし。指紋が摘出される。
- 1962年11月29日 世田谷区の電話ボックスに爆発物を破棄。使用客1人を負傷させる。
- 1962年12月12日 浅草寺境内の切り株上に爆発物を破棄。1人が負傷。
- 1963年5月9日~7月22日 女優の吉永小百合宅に6通に渡る脅迫状を郵送。
- 1963年7月15日 上野公園歩道にて自作ピストルで歩行人を狙撃。重傷を負わせる(のちに警視庁へ弾丸と拳銃を郵送)。
- 1963年7月24日 渋谷東横デパートに脅迫電話を掛けた後、同デパートの洗面所を爆破。負傷者はなし。
- 1963年8月11日 同デパートの屋上に時限爆弾を設置。負傷者はなし(のちに警視庁へ弾丸と拳銃を郵送)。
- 1963年8月14日 同デパート店長宛に爆発物を郵送。事務員1人が火傷を負う。
- 1963年9月5日 地下鉄銀座線の車内に爆発物を設置。11人が重軽傷。
- 1963年9月6日 吉永小百合宅に脅迫状を郵送。100万円を要求。
- 1978年9月5日 公訴時効成立。
[編集] 事件を描いた話
この事件を描いた漫画に、大塚英志原作、菅野博之画の『東京事件』(角川書店)がある。
また、桐野夏生は小説『水の眠り 灰の夢』でこの事件を取り上げており、小説内で独自の犯人像を描いている。
[編集] 事件の影響
- 横須賀線電車爆破事件(1968年)
- 犯人は、「捕まらなかった草加次郎を尊敬する」と述べた一方、「草加次郎さえ出現しなければ、列車爆破なんてやらなかった」とも述べている。
[編集] その他
- 吉永小百合脅迫事件で1963年9月に届いた7番目の脅迫状は、「走っている電車等から現金等を落とす」という手法であり、1963年3月に公開された映画「天国と地獄」と同じ手法である。同映画公開後に現実世界で同じ手法が用いられた最初の事件とされている(1963年3月に発生した吉展ちゃん誘拐殺人事件も犯人は同映画を参考にして身代金誘拐を企てて身代金を奪取に成功したことで知られているが、犯行の手法は真似ていない)。
- テレビ朝日の番組「スーパーモーニング」は2009年6月23日の「時空ミステリー」コーナーでこの事件が取り上げた。
[編集] 関連項目
最終更新 2009年10月31日 (土) 20:49 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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