荒井昭博

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荒井昭博(あらい あきひろ、1962年11月5日 - )は、フジテレビジョン編成制作局局次長兼編成部長。フジテレビの子会社・ストーリアLLC合同会社職務執行者代表。社内横断新規プロジェクトリーダー。東京都出身。入社時は営業部。妻は広報部所属。死別した前妻との間に1993年生と1996年生の男児、現妻との間に2005年生の女児がいる。血液型はO型。

目次

[編集] 人物

1985年慶應義塾大学経済学部卒、フジテレビ入社。入社当時はスポット営業部員。3年在籍。

1992年春に「夢がMORIMORI」を立ち上げ、まだ当時無名であったSMAPを起用、彼らにバラエティ魂をじっくり叩き込む。その後1996年春に「SMAP×SMAP」を立ち上げ、初回23.5%でスタートし最高視聴率33%というお化け番組に導き、「SMAPの育ての親の1人」と言われている。スマスマの好調もあり1998年当時、担当していたバラエティ番組SMAP×SMAP森田一義アワー 笑っていいとも!サタ☆スマ100%キャイ〜ン!等)の合計視聴率が100%を超え、萩本欽一以来の「視聴率100%男」と一時期呼ばれていた。2000年夏には1週間の担当レギュラー番組の合計が152.1%という前人未到の新記録を達成、いまだに破られていない。このため、土屋敏男日本テレビ)と並んでテレビ制作ではトップクラス級だと言われていた。

文藝春秋(2001年2月号)「この100人に投資せよ」でプロジェクトX〜挑戦者たち〜の今井彰プロデューサーとともに選ばれた。

また2002年7月に編成局編成副部長に就任したため、これまでプロデューサーとして担当していた番組は坪田譲治石井浩二らが引き継いだ(ただし、サタ☆スマデリバリー・スマップ デリ!スマスマ夫など、一部番組は受け継がれなかった/ちなみに最後にプロデュースしたのは2003年3月終了の「スマ夫」)。

編成担当としては、トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜や「さんま・木村拓哉のサンタク爆笑おすピー大問題!!、「タモリのスーパースーパーニュース」「未来予測テレビ」忘文稲垣吾郎出演)、FNS5000番組10万人総出演 がんばった大賞等のバラエティ番組をはじめ、SMAP出演ドラマ(犬神家の一族X'smap〜虎とライオンと五人の男〜2004年12月25日放送のプレミアムステージ特別企画))等の編成担当をしていた。

また金曜エンタテイメントでは(「浅見光彦SP」「十津川警部夫人の事件簿シリーズ」真珠夫人SP、牡丹と薔薇完結版)などテレビドラマの企画担当プロデューサー、冬の輪舞特別版やさんま・玉緒・美代子のいきあたりばったり珍道中」シリーズの編成担当をしていた。

2005年7月に編成部企画担当部長に昇格し、編成担当を離れた。

[編集] 「笑っていいとも!」担当時のエピソード

1995年10月に就任した笑っていいとも!プロデューサー時代、視聴率が5%台まで低迷していた番組を建て直し、10%越えまでに回復させた手腕はいまだに伝説として残っている。特に荒井時代には野村沙知代、落合信子、橋田寿賀子、鈴木その子等、笑っていいとも!発の名物熟女や、三瓶等の無名タレントを発掘し、お昼間から目を離せなくさせた功績は大きい。また、番組の冒頭から最後まで飽きさせない徹底した細かな演出にこだわり、1995年10月からはエンディングにタモリンピックの復活ともいえるいいとも選手権を始めたり、2000年春にはオープニングの演出の変更(タモリが歌った後にオープニングコーナー→タモリが出てきて歌わずオープニングコーナー)を実施した。さらには2001年4月のセット変更時には初代以来伝統だったいいとものロゴの裏の飾りの"の形を変更したり(それ以前1999年1月にもセット変更をしている)、固定テロップを増やしたりするなど、この荒井期にはいいともの歴史の中でも固定観念にとらわれないさまざまな改革が行われた。また、荒井は営業出身者らしく 「自分の番組では暴力や下ネタ・差別は扱わない」と公言し徹底してきた。

ちなみにディレクター時代、いいともに最初に「若い女性に受けるようにジャニーズレギュラーを入れよう」と提案し、中居正広(1994年4月加入)、香取慎吾(1994年4月加入)、草彅剛(1995年10月荒井の就任と同時に加入)をレギュラーに入れたのはこの荒井である。また、タモリンピックでの明石家さんまの行動を批判し降板する原因を作った(さんま降板の翌週からいいとも選手権を開始)。簡単に言ってしまえば、2000年代以降のいいとも!のテイストを一番初めに作った人物とも言える。たとえば2001年7月-8月にテレフォンショッキングの夏休み特別企画「1/100アンケート」は多少ルール改正されたものの、現在でも続けられている。またテレホンショッキングでは1995年10月からゲストがネームプレートを持ってきたり、次の日のお友達の顔写真がパソコンで出てくるようになったなど、見やすさを徹底的に追求した演出は、今でも続けられているものが多い。

[編集] 手がけた番組

AD・ディレクターとして手がけた番組。

以下は、番組プロデューサーとして手がけた番組。(現在も編成として関わっている)

[編集] 森田一義アワー 笑っていいとも!

AD→1990年10月-1995年9月29日はディレクター。1995年10月2日-2002年7月2日にはプロデューサー。

[編集] SMAP×SMAP

[編集] サタ☆スマ

[編集] 水10!

[編集] 深夜番組

[編集] 特別番組

[編集] 荒井班

フジテレビジョンの編成制作局では必ず何かの班に所属し、番組を作る。荒井昭博が率いる「荒井班」は編成部・制作部の枠・垣根を超えて最大勢力を誇る。

[編集] 第二制作部

現・バラエティ制作センター。

[編集] 編成部

ココリコミラクルタイプ編成、Dr.コトー診療所ウェディングプランナープライドロングバケーション若者のすべてできちゃった結婚こんな私に誰がしたじんべえお見合い結婚めだかリップスティック美少女Hひとつ屋根の下成田離婚お願い!デーモン愛し君へお義母さんといっしょリップスティック涙をふいて など
  • 白根淳子
    SMAP×SMAPやチョナン・カン2の制作P。中居正広のボク生き、ドラマ「X'smap」プロデューサー。

[編集] 広報部

[編集] 関連人物

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
鈴木恵吾
(1994年10月-1995年9月)
笑っていいとも!
プロデューサー
5代目
1995年10月-2002年6月
次代:
坪田譲治
(2002年7月-2006年7月)

最終更新 2009年11月5日 (木) 12:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【荒井昭博】変更履歴

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