華城 (世界遺産)
華城 (世界遺産)の最新ニュースをまとめて検索!
|
|||
|---|---|---|---|
華城 華西門
|
|||
| 英名 | Hwaseong Fortress | ||
| 仏名 | Forteresse de Hwaseong | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | 文化遺産(2),(3) | ||
| 登録年 | 1997年 | ||
| 拡張年 | |||
| 備考 | |||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 地図 | |||
![]() |
|||
| 世界遺産テンプレートを使用しています | |||
華城(かじょう、화성、ファソン)は韓国京畿道水原市にある李氏朝鮮時代の城塞遺跡。
目次 |
[編集] 概要
18世紀末に李氏朝鮮第22代国王・正祖が老論派の陰謀により非命に倒れた父(荘献世子)の墓を、楊州から水原の顕隆園(隆陵)に移し、その周囲に城壁や塔、楼閣や城門を築いて防護を固めた。これが華城である。当時の朝鮮の城塞建設技術の粋を集め、そこに西洋の技術をも合わせたのは、設計を行った朝鮮後期の実学者・丁若鏞の功績であった。華城建築には、1794年より1796年まで2年を越える月日と37万人の労力が投入された。華城は老論を排除し実学を重視した正祖の理想都市であり、一時は華城への遷都も検討されたが、華城完成直後に正祖が死亡したため遷都は見送られた。
城壁の長さは、5kmを越え、中国から西洋築城技術を輸入し、東洋と西洋の技術を融合させている。城郭の築造に石材とレンガが併用されている点が特徴的である。
朝鮮戦争の際に一部が破損するが、1975年から5年間を掛けて「華城城役儀軌」という築城記録をもとに修復・復元工事が行われた。現在、城郭内部は市街地化している。築城時に48あった建物のうち、41ヶ所が残っている。
2006年5月、西将台が放火により一部焼失。2007年6月、仕事が見つからず、自暴自棄となった韓国人男性がうさを晴らすため、城壁の一部をハンマーで破壊。
[編集] 主な建造物
- 八達門(はつだつもん、팔달문、パルダルムン)
- 華城四大門の南門にあたる。
- 長安門(ちょうあんもん、장안문、チャンアンムン)
- 華城四大門の北門にあたる。事実上の正門。
- 華西門(かさいもん、화서문、ファソムン)
- 華城四大門の西門にあたる。
- 蒼龍門(そうりゅうもん、창룡문、チャンリョンムン)
- 華城四大門の東門にあたる。
- 華虹門(かこうもん、화홍문、ファホンムン)
- 東将門(とうしょうもん、동장문、トンジャンムン)
- 西南暗門(さいなんあんもん、서남암문、ソナマンムン)
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
最終更新 2009年11月11日 (水) 23:14 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
【華城 (世界遺産)】変更履歴




