萩原遼

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萩原 遼(はぎわら りょう、1937年 - )は、日本フリーランスジャーナリスト朝鮮民主主義人民共和国報道で知られる。また、渋谷仙太郎のペンネームで金芝河の詩を翻訳したり、井出愚樹(いで ぐじゅ)の名義での韓国情勢や文学に関する著訳書もある。日本共産党員。

目次

[編集] 概説

高知県生まれ。立命館大学名誉教授の木津川計は実兄。経済的理由から地元の高校を中退して上阪、大阪府立天王寺高等学校定時制に編入。高校時代に在日朝鮮人と親交を深めて、朝鮮語の学習を強く希望し、天理大学朝鮮語学科を受験するも失敗。翌年、1967年に新設された大阪外国語大学朝鮮語学科第一期生として入学。卒業後、「しんぶん赤旗平壌特派員として勤務(1972年 - 1973年)する。そのとき、1959年12月14日から始まった帰国運動によって北朝鮮に帰った在日韓国人の親友を捜し回ったことが原因で、北朝鮮から国外追放となる。

以後、赤旗国際部で勤務するも、日本共産党指導部の路線と合わなくなり、説明もなく赤旗記者を解任される。これを機1989年に赤旗を退職、フリーとなり、アメリカに旅立つ。

このとき、米国公文書館の資料を(朝鮮戦争のとき、米軍が没収した朝鮮人民軍の資料を3年の歳月をかけて)綿密に調べ挙げ、まとめた作品が『朝鮮戦争 金日成とマッカーサーの陰謀』である。ソ連崩壊後に出てきた資料よりも前に、北朝鮮だけの資料によって、あの朝鮮戦争が北から仕掛けたということを明らかにした。

1994年2月、1960年から84年にかけて日本から北朝鮮に帰国した10万人の在日朝鮮・韓国人と日本妻(夫)達の悲惨な現状を救おうと、小川晴久元東京大学教授、金民柱元朝鮮総連幹部らとともに北朝鮮帰国者の生命 (いのち) と人権を守る会を結成。現在に至る。1999年には「北朝鮮に消えた友と私の物語」で第30回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。

「赤旗」退職後から“元赤旗特派員”の肩書きで共産党を繰り返し誹謗したという理由で、党規違反により2005年除籍。萩原は著書などで金正日政権と日本共産党の関係を批判する等していたため北朝鮮拉致事件が話題を集め東京都議会選挙目前のタイミングでの除籍は物議をかもした。士別市の政治活動家国忠崇史と親交がある。

[編集] 著書

  • 『淫教のメシア文鮮明伝』(晩声社 1980年)ISBN B000J89Z4A
  • 『民主主義よ 君のもとに―韓国全斗煥体制下の民衆』(新日本出版社 1986年)ISBN 4406014543
  • 『朝鮮戦争 取材ノート』(かもがわ出版 1995年)ISBN 4876991839
  • 『朝鮮戦争―金日成とマッカーサーの陰謀』(文藝春秋 1997年)ISBN 4167260034
  • 『ソウルと平壌』(文藝春秋 1998年)ISBN 4167260042
  • 『朝鮮と私 旅のノート』(同 2000年)ISBN 4167260050
  • 『北朝鮮に消えた友と私の物語』(同 2001年)ISBN 4167260069 
  • 『拉致と核と餓死の国 北朝鮮』(同 2003年)ISBN 416660306X
  • 『金正日 隠された戦争』(同 2004年)ISBN 4163664807

[編集] 翻訳

[編集] その他出版活動

  • 『楽園の夢破れて』(「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」復刻出版 1997年)1700円
  • 『北朝鮮の極秘資料』(自費出版 1998年)3巻 30万円 限定50部
  • 『脱北帰国者』(「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」発行 2007年)700円 限定2000部
  • 「守る会」理論誌『光射せ!』(「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」発行 2007年)900円 限定1000部

[編集] 外部リンク

最終更新 2009年9月13日 (日) 09:41 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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