葛山氏広
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葛山 氏広(かつらやま うじひろ、生年不詳 - 天文7年(1538年)もしくは天文8年(1539年))は戦国時代の人物。駿河葛山氏当主。伊勢宗瑞(北条早雲)の三男か。兄に北条氏綱、北条氏時。弟に北条幻庵。子(養嗣子)に葛山氏元。中務少輔。
伊勢宗瑞の子で駿河国東部の国人領主葛山氏の養子となって葛山氏の家督を継いだ。宗瑞の側室に葛山氏の娘がいたといわれ、彼女が母だったため葛山氏の養子になった可能性が高いといわれている。
氏広は大永4年(1524年)正月に家臣関孫九郎に所領を与えているのが初見。葛山氏は今川氏に従属しており、氏広も駿府に屋敷を構え今川氏に出仕していた。天文6年(1537年)、兄氏綱と今川義元が争った河東一乱の際には兄氏綱の側に味方している。
同7年(1538年)9月には重病に陥っていたようで、翌8年(1539年)4月には死去が確認されるが詳しい死亡時期は不明。また生年についても不明だが、本当に早雲の三男ならば、兄氏綱(1487年)から弟長綱(のち幻庵、1493年、一説に1501年)の間に生まれた事になる。
[編集] 参考文献
- 『戦国の魁早雲と北条一族―北条五代百年の興亡の軌跡』新人物往来社、2005年、ISBN 4404033168
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最終更新 2009年8月19日 (水) 13:51 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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