蒲生町
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蒲生町(かもうちょう)は、鹿児島県の中央部にある町である。姶良郡に属する。
目次 |
[編集] 地理
鹿児島県の中央部、鹿児島市から真北へ約15 kmの場所に位置する内陸の町である。東西約11.7 km、南北約15.0 kmで西側に尖った三角形状の形をしている。
北西側の薩摩川内市との境界には400 mから500 m程度の山が並び、川内川と別府川の分水界をなしている。一部薩摩川内市側から流れ込む小さな河川もあるが、おおむねこの薩摩川内市との境界付近の山を源流とした川が蒲生町内を流れて次第に合流し、別府川を形成して姶良町側へ流れていき、姶良町と加治木町の境界で鹿児島湾(錦江湾)に注いでいる。町の北部・西部は山間地帯となっており、大半が森林地帯であり人工林が多く、谷間や盆地となっている場所に集落と田畑が形成されている。南東部の姶良町との境界付近は別府川によって形成された標高の低い平地になっており、ここに蒲生町の中心市街地が形成されている。
[編集] 隣接市町村
[編集] 町内の地名
- 漆(うるし)
- 蒲生町の最北端にあり、農業地域である。人口は少ない。
- 西浦(にしうら)
- 北西部、薩摩川内市との境界に広がる地域で、山間部の低地に集落がある。養蚕を中心産業としていた地域であった。
- 白男(しらお)
- 薩摩川内市や鹿児島市に挟まれた町最西端にある地域で、前郷川に沿って集落と田が広がっている。姶良郡、そして旧大隅国の最西端でもある。
- 久末(ひさすえ)
- 鹿児島市との境界に広がる地域で農業地帯である。蒲生城はこの地域に所在していた。
- 北(きた)
- 上久徳の北西側に細長く広がっている地域で、上久徳に接するあたりは住宅が多い。蒲生中学校などがある。
- 米丸(よねまる)
- 火山活動により形成されたマールであると考えられる米丸という盆地になっている。蒲生カントリークラブが所在している。
- 上久徳(かみぎゅうとく)
- 蒲生町の中心部で、整然とした区画の住宅地が広がりかつての武家屋敷の名残を留めている。蒲生八幡神社が所在している。
- 下久徳(しもぎゅうとく)
- 蒲生川より南側にある地域で上久徳に比べると人口はずっと少なく田園地帯となる。蒲生高校が所在している。
[編集] 歴史
[編集] 近現代
- 1889年4月1日 - 町村制施行により、姶良郡上久徳村・下久徳村・米丸村・北村・久末村・西浦村・白男村・漆村が合併し、蒲生村が発足。
- 1928年11月1日 - 町制を施行し蒲生町となる。
- 1955年1月1日 - 姶良郡山田村大字木津志の一部を編入(山田村の残部は姶良町の一部となる)。
[編集] 行政
- 町長:厚地和幸
[編集] 産業
- 特産品:蒲生和紙
[編集] 地域
[編集] 人口
| 蒲生町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 蒲生町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は蒲生町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
1950年(昭和25年)10月1日時点で15,887人いた人口は年々減少しており、過疎の問題が起きている。
[編集] 教育
[編集] 高等学校
[編集] 中学校
- 町立
[編集] 小学校
- 町立
- 蒲生小学校
- 漆小学校
- 西浦小学校
- 大山小学校(休校)
- 新留小学校(2007年3月22日に休校。休校までの7日間を追った日立マクセルのCMが放送された)
[編集] 交通
[編集] バス路線
[編集] 一般路線バス
- 南国交通
- 南国交通・いわさきバスネットワーク
- 鹿児島空港 - 蒲生町
[編集] 道路
- 高速道路の最寄りインターチェンジは九州自動車道姶良インターチェンジ。
- 町内に一般国道は通っていない。
[編集] 県道
- 主要地方道
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 蒲生町を舞台とする作品
- 山河燃ゆ(NHK大河ドラマ)
[編集] 蒲生町出身の有名人
[編集] 参考文献
- 蒲生郷土史編さん委員会『蒲生郷土誌』1990年
- 『角川日本地名大辞典 鹿児島県』1983年 角川書店
[編集] 外部リンク
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