藤の台団地
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藤の台団地(ふじのだいだんち)は、東京都町田市本町田及び金井町に広がる、住宅団地(集合住宅)。旧住宅公団により、公団住宅の大量供給期に建設された、一般賃貸・普通分譲型の団地である。
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[編集] 概要
藤の台団地は、首都圏の人口が爆発的に広がる中、すぐ近隣の「町田山崎団地」と共に公団により建設され、1970年(昭和45年)に入居を開始した。町田駅からの交通の便も良いことや、新宿まで1時間以内で行けることなどから、すぐに全室が埋まり、約1万6千人が入居した。
町田市に多くある谷戸と台地が繰り返される土地に作られたため、団地内は急な坂や階段が非常に多くなっている。公団住宅の建物の試案を兼ねて建設されたのか、山崎団地と同様に、他の団地では見られないデザインや間取りの棟が複数存在する。ほぼ平地である山崎団地よりも、整列していない棟が多く変化に富んだ配置になっており、建物の間が個性的な庭のようになっている所も多い。
複数の街区を道路で囲む「近隣住区論」に基づく設計思想が見られ、居住者以外の無用な通り抜け交通を防ぐ外周路の配置や、徒歩圏内で生活を賄う意図によって構造的に周辺地域と分離されている。その上、起伏が激しい藤の台団地では外周路に多くの法面(そのいくつかは断崖といえる程の斜面である)が設けられ、また一部が都市計画道路の予定地[1]に接するなど、外周路を生活道路として共有する住宅開発が他の団地に比べて成され難い状況が続いており、これが建設当初からの景色を比較的に保ち、藤の台団地にコミュニティとしての一体感を醸成する一因となっている。
[編集] 現在
現在は、少子高齢化による家庭構成員(いわゆる家族)の減少などがあり、団地内の総人口も約9千人に落ち込んでいる。子供の転居や家族の死別などによるお年寄りの一人暮らしも多い。また、町田駅周辺の発展の影響もあり、団地商店街は空きが目立つようになっている。ただ、昔と今で変わらないこととして、多くの子供たちが公園で遊んでいたり、近所同士の交流がよく見られる。
春休み期間中の「さくらまつり」、夏休み期間中の「盆踊り・夏祭り」は、近隣の他地区からも人出がありにぎわう。ただ、山崎団地や木曽住宅での夏祭りがあると、そちらに人がとられる傾向がある。
分譲である2街区は、藤の台団地2街区住宅管理組合による自主管理となっている。築年数が40年以上経過しているが、UR管理の1・3街区(賃貸)に比べ、外壁の塗装更新や清掃・補修・その他整備が頻繁に行われているため、築年数に対して高い強度など、綺麗で良好な状態を保っている。また、転居等により物件が不動産会社などから販売されると、すぐに次の居住者が現れるなど、他の団地に比べて空き家も比較的少なくなっている。
[編集] 団地構成
[編集] 住棟
商店街を除く、全棟5階建てで、総戸数は3,435戸。1・3街区は賃貸で2DKと3DKがあり、前述のとおり、色々なデザインの建物・間取りが存在する。また、2街区は分譲住宅で、基本的には同じ建物構成(3DK)だが、近年販売される物件の多くは、台所と隣り合う部屋をリビングに改装している(2LDK)。一部増築棟があり、ベランダ側に2部屋分を追加した形となっている。この増築に関しては2街区全棟が対象であったが、実際には当時の居住者すべてが同意した棟のみが実施された。
[編集] 1街区
- 1-1〜1-48
- URの賃貸住宅。所在地は、本町田3486など
- 最寄のバス停留所は、多くが「藤の台団地」。一部「本町田」が近い場所もある。
- 1-49〜1-55(商店街)
- 1-49号棟…商店入居スペースで、住居はない。
- 1-50号棟…49号棟の向かいで、1階が店舗、2・3階が住居スペースとなっている。一般的には商店経営者が入居する。
- 1-51号棟…一番「藤の台団地」バスターミナルに近い商店スペースで、半円形型をしている。住居スペースはない。中央に共同便所[2]を備える。
- 1-52号棟…その向かいにあり、51号棟を反転させたような半円形。りそな銀行・藤の台郵便局・管理事務所が入居している。
- 1-53号棟…花屋のみのスペース。
- 1-54号棟…スーパーマーケット用スペース。現在はA-COOPが入居。かつてドラマの撮影に使われたことがある。
- 1-55号棟…藤の台診療所という診察施設の建物。以前は入院施設もあったが、今は外来のみ。
- 1-56号棟…草笛保育園という保育所のスペース。近年、藤の台地区の建物で唯一、立て替えを行った。
[編集] 2街区
- 2-1〜2-52
- 現在は自主管理の分譲住宅。住所は、2-1〜2-3、2-6、2-7と、2-8〜2-11の一部が本町田3133-5、その他は本町田3549-3など複数が入り混じる。
- 2-1〜2-13が「2街区の上のほう」、2-14〜2-35が「奥のほう」、2-37〜2-52が「下のほう」と呼ばれることがあるが、これらは藤の台の地形によるものである。
- 最寄のバス停は、2-1〜2-35は「藤の台団地」、その他は「藤の台東」を利用することが多いが、「ゆうき山」「金井小学校入口」を利用する人もいる。
- 2-53・2-54
- 2-53号棟…2街区集会所と、分譲の2街区管理組合(藤の台住宅管理組合)の専用スペース。
- 2-54号棟…藤の台歯科医院専用のスペース。余談だが、バスの車内放送でも広告が流れる。
[編集] 3街区
- 3-1〜3-28
- 一般的な賃貸住宅。住所は全体が金井町3133
- 最寄のバス停は、3-1〜3-2、3-13〜3-21は「藤の台団地」、3-3〜3-12が「藤の台東」、3-22〜3-28は「薬師池」が近い。
- 区内に藤の台小学校と薬師中学校がある。
[編集] 歩行者専用道路
- 車歩分離の施策として、1、2街区を隔てる道路には歩行者が路面を横断することなく、互いの街区やショッピングセンターへ容易にアクセスできるよう、起伏を活かした歩行者専用のアンダーパスや歩道橋が設けられている。また、メインストリートのバス通りに架かる東西2本の歩道橋は、象徴的に街区を結びつけている。これと連なって団地内には住棟と緑地を回遊する歩行者専用道路が至る所を巡り、起伏に富んだ地形と相まってこの団地を特徴づけているが、近年の駐車場増設に伴い、緑地とともにこれらの歩道のいくつかが姿を消している。
- 金井小学校の開校時に、藤の台小へ通っていた2街区の大半の児童が大挙して編入することになった為、通学路を確保する目的で、1978年に2街区東側の法面から旧鶴川街道上へ金井歩道橋が整備された[3]。後に3号世田谷・町田線新道の供用開始に伴い、歩道橋は延長されている。
[編集] バス
[編集] 藤の台団地停留所
神奈川中央交通(主に町田営業所)が運行 (一部便は子会社の相模神奈交バスに委託)
- のりば1
- [町41] 町田バスセンター行 (9時頃〜20時頃は、バスセンター経由ターミナル行)
- のりば2
- のりば3
- [町50] 鶴川駅経由・鶴川団地行
- [町54] 鶴川駅行
- のりば4
- [町42] 急行・町田バスセンター行 (平日朝の通勤時間帯に運行)
- 道路反対側(乗り場5)
- [町37] やくし台センター行
- [町61] やくし台センター経由・野津田車庫行 (深夜バスのみ)
- なお、常にタクシー(相模中央・小田急)が待機している。
[編集] 他地区から
藤の台団地停留所を経由する系統のみ記載
- 町田駅から
- 町田バスセンター1番乗り場・町田ターミナル3番乗り場から、[町41] 藤の台団地行、[町42] 急行・藤の台団地行乗車、所要約17分。平日は、朝5分間隔・昼間9分間隔・夜6〜10分間隔で運行。休日は全体的に9分間隔。
- 町田バスセンター7番乗り場から、[町37] やくし台センター行で約20分。
- 町田駅(小田急線東口)22番乗り場から、[町50] 鶴川団地行、[町54] 藤の台・鶴川駅行で約15分
- 町田駅(深夜バス)
- 町田バスセンター1番乗り場から、[町41] 深夜バス・藤の台団地行が運行、平日・土曜のみ、23:30・23:45・24:00発。
- 町田バスセンター2番乗り場から、[町61] 藤の台経由深夜バス・野津田車庫行き、平日24:36・25:02、土曜24:36発。
- 鶴川駅から
- 主に日中のみ、[町50][町54] 藤の台・町田駅行乗車、約15分
- 古淵駅から
- [古03] 藤の台団地行乗車、約15分
- 山崎団地センター・境川団地から
- [古03] 藤の台団地行が運行されている。但し土曜のみ日中の運行がない。
- [町61] 野津田車庫行(深夜バスのみ運行)
[編集] 近隣施設
[編集] 団地内
- 藤の台診療所
- 院長;石森規彦(東京医科大学卒/医学博士)
- 院長以外の医師は日替わりで、町田市民病院・北里大学病院からの派遣
- 藤の台歯科医院
- 町田藤の台郵便局
- りそな銀行藤の台団地派出所 (現在ATMのみ設置)
- 草笛保育園
- 開進幼稚園
- 藤の台幼稚園
- 藤の台小学校
- 本町田東小学校
- 薬師中学校
- 藤の台ショッピングセンター (団地商店街)
[編集] 団地外
- 山崎団地・木曽住宅
- 山崎団地商店街・木曽住宅商店街
- 金井小学校
- 金井中学校
- 薬師池公園
- 青少年施設ひなた村
- 町田市立博物館(山口文象[4]設計)
- 本町田遺跡公園
- 町田えびね苑
- その他コンビニ・スーパー・医療施設等が多数ある。
- 恩田川源流 (今井谷戸付近)
[編集] 遺跡
昭和41年(1966年)住宅公団によって本町田地域の大規模団地開発が発表され、町田市はその計画地域の遺跡発掘調査に着手した。調査は立正大学考古学研究室が中心となり昭和42年(1967年)7月から同43年4月まで行なわれ、このとき発掘された13の地点は本町田遺跡群(A〜M地点)と呼ばれる[5]。これらは主に縄文時代早期〜中期に属し、多くが藤の台団地敷地内に含まれるが、このうちA地点(縄文前期および弥生中期の集落跡の複合遺跡)は本町田遺跡公園として整備、保存された(平成4年より東京都指定文化財)。
同遺跡群B地点にあたる日向山斜面では、団地入居開始当初、縄文土器の大小破片が地面に露出した様子が見られ(特に雨後の翌朝)、その採集を目的に公園付近を散策する住民によって石器(握斧)が見つかることもあった。団地に隣接する町田市立博物館(当時は町田郷土資料館)では、住民から持ち込まれた出土品の鑑定に応じた。
[編集] その他
俳優の小林稔侍やアナウンサーの笠井信輔が住んでいた。笠井信輔は薬師中学校の生徒会長であった。また、笠井の母親は東小学校の校歌を作詞している。小林稔侍はこの団地に相当な思い入れがあり、転居して長年経つにもかかわらず時々車で訪れると話している。はなまるマーケットにゲスト出演した時に、プライベート写真を紹介するコーナーの為にわざわざ藤の台を訪れ、団地の建物や日向山公園(外周道路南側の広いグラウンドの公園)の撮影をし、出演時に紹介し説明をしていた。
[編集] 脚注
最終更新 2009年8月18日 (火) 12:44 (日時は個人設定で未設定ならばUTC)。
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