藤本義一 (作家)

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藤本 義一(ふじもと ぎいち、1933年1月26日 - )は、小説家、放送作家。大阪府堺市出身。本名の読みはよしかず。大阪を舞台にした作品を書き、エッセイも数多い。

日本放送作家協会関西支部長であり、プロ作家を育成する心斎橋大学総長も務める。夫人はタレントの藤本統紀子司馬遼太郎からは「ギッちゃん」と呼ばれていた。

目次

[編集] 人物

堺市立浜寺小学校私立・浪速高等学校卒業。終戦時には入院していた両親に代わって闇市でレポ屋として家計を支えた。立命館大学法学部に入学するが、中退。浪速大学(現大阪府立大学)に入学し、教育学部から経済学部へ進む。大学在学中から数十編のラジオドラマ、その他の脚本を書いており、卒業前年の1957年に執筆したラジオドラマ作品『つばくろの歌』で同年度の芸術祭文部大臣賞戯曲部門を受賞。「東の井上ひさし、西の藤本義一」と呼ばれるほど、早くからその才能は高く評価されていた。

その後テレビドラマ脚本を経て、宝塚映画撮影所、続いて大映に入社。川島雄三監督に師事して脚本の手伝いをし、『貸間あり』で共作者となり、駅前シリーズ、悪名シリーズ等の脚本を手がけ、頭角を現していく。川島が活動拠点を東京に移す時期に川島の下を離れ、テレビドラマ、舞台、ラジオなども手がけて「ライティング・マシーン」と揶揄される。

藤本の知名度を高めたのは、『11PM』(日本テレビ放送網讀賣テレビ放送共同製作)での大阪制作分のキャスターであった。1965年の放送開始から1990年の終了までの25年に渡って毎週2回を担当し、休んだのは3回だけ(あらかじめ特番になった場合による休止は別)だった。同じくキャスターだった大橋巨泉から「(ギャラ)いくら貰っているんだ」と尋ねられ、自身が大橋の1/7程しか貰っていなかったことを知ったが、自分は作家であるというスタンスから、ギャラの値上げは一切口にしなかったという。またこの司会者を始めたことで、NHK、民放からの脚本の注文は途絶えた。

1968年に長編小説第1作『残酷な童話』を発表。次作『ちりめんじゃこ』で1969年第61回直木賞候補、62回に『マンハッタン・ブルース』で候補、65回に『生きいそぎの記』で候補となり、1974年上方落語家の半生を描いた『鬼の詩』で第65回直木賞受賞。以後文芸作品からエッセイ、社会評論などの著作を多数発表する。サラリーマン経験は無いものの、「いかにサラリーマンはあるべきか?」という問いに独自の意見がある。また近世上方文学の研究者で、特に井原西鶴を研究している。大阪出身の織田作之助をテーマにした『蛍の宿 わが織田作』『蛍の宴』『蛍の街』『蛍の死』の長編四部作、安国寺恵瓊(の男性自身)を主人公とした『二寸法師』などがある。他に人生案内エッセイ『お嬢さん、上手な恋愛をしませんか』など多数、自伝『やさぐれ青春記』。

1975年『雨月物語』の現代語訳を発表。上田秋成を書こうとした矢先、井伏鱒二から執筆を止めるよう説得された。これは、上田秋成を書いた人は非業の死を遂げると共に、本居宣長の力によってそちら側から資料が書かれている故に仕事に行き詰まる事からという理由であった。しかしこれが井原西鶴の研究のきっかけとなり、『サイカクがやって来た』(1978年)、『元禄流行作家-わが西鶴』(1980年)などを発表。

1977年以降には、舞台脚本として山田五十鈴主演『津軽ながれぶし』、森光子主演『千三つ屋』、読売テレビ制作芸術祭参加テレビドラマ作品『風船逃げるな』、今東光追悼公演舞台『お吟さま』などを執筆。

以後も、関西を中心にテレビコメンテーターや演芸評論家・審査員として活動し続けている他、阪神・淡路大震災被災遺児のための福祉施設「浜風の家」を運営している。阪神・淡路大震災で報道ヘリコプターのために「救援を求める声がかき消された」として救助活動に支障が出たことを痛烈に批判し、過剰なマスコミ報道に警鐘をならした。

[編集] 川島雄三との交流

川島と離れた後も「僕の師匠は川島雄三」「監督は僕にとって母港みたいな存在」と公言し、尊敬し称賛している。この付き合いを小説にした「生きいそぎの記」は、同じく彼を師匠と尊敬した今村昌平の『サヨナラだけが人生だ』(ノーベル書房)に講談社からの快諾を得て、再版のバージョンにて記載された。

井伏鱒二の原作から取り入れたセリフ「(花に嵐のたとえもあるぞ)サヨナラだけが人生だ」は、主役のフランキー堺のラストシーンにて取り上げられたもので、藤本と川島の映画人生の中でも特筆すべきものである。もともと井伏の『厄除け詩集』に記載されていたものを、藤本と川島は『貸間あり』のクライマックスシーン(桂小金冶)が大阪の下町に向かって”ションベン”するときに用いた。原作者の井伏からは、この『貸間あり』の試写会で「露悪的なシーン」と酷評されたが、川島映画を良く知るファンはこのラストの意味を理解し、「何時までも逃げていく主人公へのともらい」(これは、川島監督そのもの:分身である)と受け止め、映画関係者から「人生即定離」=サヨナラだけが人生だ!として、映画発の「文学的セリフ」として語りつがれることとなった。

藤本が脚本した『とむらい師たち』は、川島をモチーフにした作品であるとも言える。川島が好んで使用した「墓場シーン」(葬式ビジネス)をメイン素材にし、ラスト勝新太郎が現世と来世を彷徨するようなこの映画のクライマックスは、川島の出身である恐山そのものである。

[編集] その他・エピソード

  • 大阪府立大学在学時には演劇部、日本拳法部に所属。
  • 普段の口癖は「ぐるり」(周囲、という意味の近畿地方の方言)。
  • その知名度から演芸審査の場に招かれて出演することも多い。しかし、評論家・審査員としては理解不足ともとれる的外れな発言によって、演者やその演出を侮蔑する例が後を絶たなかったため、松本人志明石家さんま島田紳助など、その後のお笑い界を代表するようになった人物からは、強い批判を受けている(中でも、松本は自著『遺書』で、藤本を「素人以下」「うすらバカ」とまでこき下ろしている)。
  • 一時期、若手漫才師・漫才作家による勉強会「笑の会」の主宰を務めていた。これは同団体を設立した上方漫才作家の第一人者秋田實から「僕の後任は藤本君」と推薦されたためである。ここからオール阪神・巨人B&B太平サブロー・シロー宮川大助・花子ザ・ぼんち、後期にはリットン調査団等のたくさんの漫才コンビを輩出した。この「笑の会」は秋田時代は関西地区のみでの活動であったが、主宰が藤本に代わってからは東京でのイベント開催や文化庁芸術祭への参加など、活動の幅がより広がることになった。
  • 浪速高校ではボクシング部に所属。その後輩に赤井英和がいる。1985年2月5日、赤井が大和田正春との試合後に、急性硬膜下血腫および脳挫傷で意識不明に陥って生死をさまよっていた時、藤本は、気の早いあるスポーツ紙に追悼文を書くように依頼されたという。しかし、「(まだ死んでもいないのに)冗談じゃない!」と一蹴した。その後、赤井は藤本と出会った際に「ありがとうございました」とお礼を言ったという。
  • 阪神タイガースの大ファンだが、元読売ジャイアンツ長嶋茂雄の面白エピソードをまとめた本を執筆している。

[編集] 出演しているテレビ・ラジオ番組

[編集] 過去の出演番組

[編集] CM

[編集] 作詞

[編集] レコード

  • 「藤本義一が訪ねた天王寺村 上方演芸 今は昔」 - 「天王寺村」と呼ばれた芸人たちが多く住んでいた地域の、芸人たちの芸を集めたレコード

[編集] 著書

33歳
  • 骨までいただき(ルック社、1966年)
  • 全調査京阪神周辺酒・女・女の店(有紀書房、1966年)
35歳
  • 残酷な童話 (三一書房「さんいちぶっくす」、1968年 / のち角川文庫) 
  • 語るべからず よるの知恵(青春出版社「プレイブックス」、1968年)
  • 男と女・女と男 あなたの夜を楽しくする本(双葉新書、1968年)
  • ちりめんじゃこ(三一書房「さんいちぶっくす」、1968年 / のち角川文庫) 
36歳
  • ちんぴら・れもん (三一書房、1969年 / のち角川文庫)
  • おつむてんてん(講談社、1969年)
37歳
  • 地下水脈(三一書房、1970年 / のち角川文庫) 
  • 珍魂商才(文藝春秋、1970年 / のち角川文庫)
  • ちんちろりん(桃園書房、1970年)
38歳
  • 贋芸人抄(文藝春秋、1971年 / のち角川文庫)
  • 舌先四寸(潮出版社、1971年 / のち角川文庫)
  • 節穴節(実業之日本社「ホリデー新書」、1971年)
    • 悪い季節(角川文庫)
  • 屁学入門(講談社、1971年 / のち角川文庫)
  • 胎児冷笑(実業之日本社、1971年 / のち角川文庫)
  • 女橋(光文社「カッパ・ノベルス」、1971年 / のち角川文庫)
  • 嫉妬(徳間書店、1971年 / のち文庫)
39歳
  • 老掏摸・平平平平 実名小説集(昭文社、1972年)
  • 十人10色 わが交遊珍録・エッセイ集(昭文社、1972年)
  • わが動物誌(毎日新聞社、1972年)
  • 野望の階段(新潮社、1972年 / のち徳間文庫)
  • 牡牝の伝説(双葉新書、1972年 / のち角川文庫)
  • はだか聖談 脳天をさわやかにする本(日本文芸社、1972年)
40歳
  • ケッタイな体談(読売新聞社、1973年)
  • 日日日日(毎日新聞社、1973年)
  • 殺られ(双葉新書、1973年 / のち角川文庫)
41歳
  • 生きものの情景(毎日新聞社、1974年)
  • 淀川ブルース(番町書房、1974年)
  • O物語(柴田書店、1974年 / のち角川文庫)
  • 生きいそぎの記(講談社、1974年 / のち文庫)
  • 浪花阿呆譚 五六八・一、二、三(徳間書店、1974年)
    • これが男(文庫) 
  • 鬼の詩(講談社、1974年 / のち文庫)
  • 好色六人女 西鶴くずし(立風書房、1974年 / のち角川文庫)
  • 一尺五寸の魂(文藝春秋、1974年 / のち徳間文庫)
  • をんな暦 十二支の女たち(桃園書房、1974年)
  • オモロおまっせ(いんなあとりっぷ社、1974年)
42歳
  • 悪妓抄(毎日新聞社、1975年 / のち角川文庫)
  • 首狩族(徳間書店、1975年 / のち文庫)
  • 人肉サラダ(晶文社、1975年)
  • 蝶の舞(講談社、1975年)
  • 釘師(毎日新聞社、1975年 / のち角川文庫)
  • エロ事師どもの夜 えろくらいむ(芸文社「アルファー・ブック」、1975年)
  • 性神探訪旅行(立風書房、1975年)
  • 珍・愚管抄 男のセックス解剖学(大和書房、1975年)
  • 浪花色事師(桃園書房、1975年 / のち徳間文庫)
  • やさぐれ刑事(光文社「カッパ・ノベルス」、1975年 / のち集英社文庫
43歳
  • 花月亭団丸好色噺俗(新潮社、1976年)
    • 馬鹿ばかしい咄(徳間文庫) 
  • 友禅心中(実業之日本社、1976年)
  • 藤本義一の軽口“げんだい”考(ダイヤモンド社、1976年)
  • 映像ロマンの旗手たち(毎日新聞社、1976年 / のち角川文庫)
  • 二寸法師(集英社、1976年 / のち文庫)
  • 大人の玩具箱(新潮社、1976年 / のち徳間文庫)
  • 新・金瓶梅(スポーツニッポン新聞社、1976年 / のちケイブンシャ文庫) 
  • 男の遠吠え(産業経済新聞社、1976年、のち中公文庫
  • 巷談・八百屋長兵衛(潮出版社「ゼロ・ブックス」、1976年)
  • 百円オペラ 内なる旅・論(いんなあとりっぷ社、1976年 / のち集英社文庫)
44歳 
  • あまとりあ傑作選(編、東京スポーツ新聞社、1977年4月)
  • 大いなる笑魂(文藝春秋、1977年5月 / のち文庫)
  • 阿波流れ節(講談社、1977年9月)
  • 一家犬族物語(集英社、1977年1月)
  • お天気師野郎たち(毎日新聞社、1977年6月 / のち角川文庫)
  • 攻撃の街(立風書房、1977年 / のち角川文庫)
  • 極道虫一匹(講談社、1977年 / のち徳間文庫)
  • 死者からのメッセージ(新評社、1977年)
  • スペインからの手紙(集英社、1977年6月)
  • ちんぱん騒乱記(文藝春秋、1977年10月 / のち徳間文庫)
  • ふりむけば朝(集英社文庫、1977年)
  • 軽口浮世ばなし(ダイヤモンド社、1977年2月)
45歳
  • 食いてしやまん(KKロングセラーズ「あまから選書」、1978年5月)
  • ちんぴら・おれんじ(時事通信社、1978年6月 / のち中公文庫
  • 旗を振る男(角川書店、1978年5月 / のち文庫)
  • 満点ママ減点ママ 母と子のいる風景(学習研究社、1978年6月)
  • をんな指師(集英社文庫、1978年)
  • 巷の奇人たち(鎌倉書房、1978年7月 / のち旺文社文庫
  • 天井知らず(朝日新聞社、1978年7月 / のち集英社文庫)
  • 口から出まかせ(文藝春秋、1978年7月 / のち文庫)
  • 西鶴くずし好色一代男(徳間書店、1978年8月)
  • 男の性治学 愛と性のための講座29(KKロングセラーズ「ムックの本」、1978年8月)
  • 現代怪奇草紙(双葉社、1978年9月)
  • サイカクがやって来た(新潮社、1978年12月 / のち文庫)
  • おんなの敵はおんな(PHP研究所、1978年11月 / のち文庫) 
46歳
  • 男女浮世芝居(集英社文庫、1979年)
  • 少年と拳銃(光文社、1979年2月 / のち文庫)
  • ちんぴら・ぽるの(角川文庫、1979年)
  • 街に殺意が一杯(ちはら書房、1979年8月 / のち角川文庫)
  • 小説愛情屋(光文社、1979年9月)
  • サラリーマン夜学地図 日本縦断(ちはら書房、1979月10月)
  • レモンエイジのふたり(ポプラ社文庫、1979年)
47歳
  • 女の淵(講談社、1980年1月 / のちケイブンシャ文庫)
  • 昼下がりのおんなたち(PHP研究所、1980年3月 / のち文庫)
  • 私設刑事(文藝春秋、1980年7月)
  • 元禄流行作家 わが西鶴(新潮社、1980年7月 / のち文庫)
  • 虹の怪奇簿(双葉社、1980年7月 / のち文庫)
  • やさぐれ青春記(旺文社文庫、1980年)
  • 女囚犯歴簿(徳間書店、1980年10月 / のち文庫)
  • 閑つぶし 準文学(実業之日本社、1980年11月)
  • 男の顔は「領収書」(PHP研究所、1980年11月 / のち文庫)
  • 心中小説名作選(編、集英社文庫、1980年)
  • 大人になるとき読む本 女が聡明に生きる方法(青春出版社、1980年 / のち青春文庫)
    • お嬢さん、上手な恋をしませんか(講談社文庫) 
48歳
  • 標的野郎(光文社「カッパ・ノベルス」、1981年 / のち文庫)
  • 女の顔は「請求書」(PHP研究所、1981年7月 / のち文庫)
  • 母デアルコトハ難シイ 母と子のさまざまな風景(学習研究社、1981年)
  • 悪夢巡礼(集英社、1981年10月)
49歳
  • はぐれ刑事 劇画指令を撃て!(光文社「カッパ・ノベルス」、1982年 / のち集英社文庫)
  • 昭和西鶴乱筆人生人語(PHP研究所、1982年2月)
  • 殺意を持つ女(実業之日本社、1982年5月 / のち旺文社文庫) 
  • タテマエだらけの世の中で二枚舌使わぬ男の意地 藤本義一の言いたい放題(PHP研究所、1982年7月)
  • 愛せる人をさがそう 娘たちへの手紙(文化創作出版、1982年)
    • 好きになったら読む本(講談社文庫)
  • 藤本義一・統紀子の赤ちゃんのお祝いと行事(藤本統紀子共著、主婦の友社、1982年)
  • 素肌のおんなたち 日本を騒がせた三十六人の女意外史(都市と生活社、1982年1月)
50歳
  • 聖・悪女(集英社、1983年11月 / のち集英社文庫)
  • 商人万歳(日本経済新聞社、1983年2月)
  • 女囚告白簿(徳間書店、1983年4月 / のち文庫) 
  • お家がだんだん遠くなる(集英社、1983年5月)
    • 家庭危機論(集英社文庫) 
  • 新釈和俗童子訓(佼成出版社、1983年3月)
  • 粋な男の粋な時間(PHP研究所、1983年)
  • 人生ひと幕喜劇 けったいな人たち(日本経済新聞社、1983年11月)
51歳
  • 盗賊辞典(実業之日本社、1984年2月)
  • 男が自分を証明するとき 主体的人生を創る行動原理 日常の中に「きらめき」はあるか?!(PHP研究所、1984年)
  • 白い血が流れる(光文社「カッパ・ノベルス」、1984年 / のち文庫) 
  • 易行道大研究(講談社、1984年6月)
52歳
  • 道草殺人事件(双葉ノベルス、1985年 / のち文庫)
  • 壬生の女たち(徳間文庫、1985年11月)
  • サンキューとベリマッチ(週刊本、朝日出版社、1985年)
  • 鏡の中のあなた 女の自立注意書(主婦の友社、1985年3月)
  • ネクラにはネクラの生き方がある 個性派人間のすすめ(青春出版社、1985年)
    • 自分のどこを買うか(文庫版)
  • 男は切れ味、かくし味(PHP研究所、1985年5月 / のち文庫)
53歳
  • 人間万事(毎日新聞社、1986年3月)
  • 今日は明日の昨日(朝日新聞社、1986年1月 / のち文庫)
  • 蛍の宿 わが織田作中央公論社、1986年2月)
  • 自分を100倍も面白く生きられる 生マジメ人間じゃ翔べない(青春出版社、1986年 / のち文庫) 
  • 笑い兎 女詐欺師物語(実業之日本社、1986年5月)
  • 現代おんな大学 「こころ」と「からだ」の魅力白書(PHP研究所、1986年)
54歳
  • かたつむり白書 藤本義一の「主婦取材ノート」(婦人画報社、1987年3月)
  • 蛍の宴 わが織田作2(中央公論社、1987年4月)
55歳
  • 子育てを考えるときに読む本(秋葉英則共著、ささら書房、1988年3月)
  • 人生に消しゴムはいらない(佼成出版社「ダルマブックス」、1988年)
  • ふたつの町のひとりの女(徳間書店、1988年2月)
  • 蛍の街 わが織田作3(中央公論社、1988年3月)
  • 生き方のうまい人間ヘタな人間 別の頭が大差を生む(青春出版社、1988年 / のち文庫)
56歳
  • 日本の名随筆 75 商(編、作品社、1989年1月)
  • 蛍の死 わが織田作4(中央公論社、1989年2月)
  • 藤本義一の文章教室(PHP研究所、1989年2月 / のち文庫) 
  • これだけを考えれば突如として成功する いつの間にかやりたい事が実現(青春出版社、1989年)
  • 傑作世紀末短篇集(PHP研究所、1989年6月
  • 香色代理人(光文社文庫、1989年)
  • 東京非首都論 究極カンフル注射(リクルート出版、1989年3月)
  • 陶酔 ドキュメント・ノベル傑作集(光文社文庫、1989年)
  • 藤本義一の混虫図鑑(たる出版、1989年1月)
  • 賢者の知恵 江戸時代の着想力に学ぶ お金だけに捉われて生きている人へ(文化創作出版、1989年)
  • 東西あきんど大学(ダイナミックセラーズ、1989年)
57歳
  • にっぽん口八丁目(光文社文庫、1990年)
  • わがガラクタ博物館(ファラオ企画、1990年5月)
  • 娘への十二通の手紙(PHP研究所、1990年7月 / のち文庫) 
  • こんな女に魅かれてしまう 一度は女が考えて欲しいこと(文化創作出版、1990年)
  • 生きるヒント VIP対論 1-2(ファラオ企画、1990年12月)
  • 現代性事学(ファラオ企画、1990年5月)
  • 自分を試しながら遊びながら 自由人間の発想術(青春出版社「プレイブックス」、1990年)
  • 実業人生論 VIP対論(ファラオ企画、1990年10月)
58歳
  • 離婚師 離婚願望者救済(双葉ノベルス、1991年)
59歳
  • 西鶴名作集(訳、講談社「少年少女古典文学館」、1992年2月)
  • 人生はIVコーナー 藤本義一の競馬哲学(マガジンハウス、1992年3月)
  • 真剣商武 義一流経営術指南(ファラオ企画、1992年11月)
60歳
  • 旅に出る理由(PHP研究所、1993年2月)
  • 迷子の天使たち(新潮社、1993年8月)
  • 頭の財産28の増やし方 自分を生かす知恵袋(青春出版社、1993年 / のち青春文庫) 
  • 現代版商人道(にっかん書房、1993年6月)
61歳
  • 生き方の足し算引き算 メチャクチャ面白いツキの新法則(太陽企画出版、1994年9月)
  • なにわ商人一五〇〇年の知恵(講談社+α文庫)
  • モノの値打ち男の値打ち 「モノ」へのこだわり心が価値ある人生を生む(グリーンアロー出版社、1994年 / のちちくま文庫)
  • へそまがり人生設計メモ 自分を面白くするのは簡単だ(青春出版社、1994年3月)
  • 三条木屋町(ラインブックス、1994年11月)
  • 人間ほど面白い動物はない 5万人に会って学んだ人間分析術(サンマーク出版、1994年8月)
    • 62歳
  • 掌の酒(たる出版、1995年1月)
  • 心の財産16の増やしかた 自分漂流の愉しみ(青春出版社、1995年)
    • 自分が面白くなる16の知恵 頭と心の殻を脱ぐヒント (青春文庫、1999年8月)
  • けったいなけったいな人たち 続けったいな人たち(双葉社、1995年9月)
63歳
  • 人生に公式なし。されど人生に解答あり(講談社、1996年2月)
  • 夢ぞ! 人生は一場の舞(騎虎書房、1996年3月)
  • 藤本義一の「自分史」教室 自分の知らない「自分」がわかる(PHP研究所、1996年6月)
  • 「H」学(講談社、1996年10月)
  • モノロジイ モノからの発想モノへの愛着(グリーンアロー出版社、1996年7月)
64歳
  • 面白く生きる心得 生マジメ人間から脱皮する19のヒント(青春出版社、1997年5月)
    • もっと面白く生きてみないか 生マジメ人間から脱皮する19のヒント(青春文庫、2000年10月)
65歳
  • 一生は短い一日は長い(佼成出版社、1998年6月)
  • 人生にホットな紅茶を(沖藤典子共編、旬報社、1998年4月)
  • なにわ魂 したたかに生きのびる知恵(講談社、1998年5月)
  • よみがえる商人道(日刊工業新聞社、1998年)
    • 商人道(日経ビジネス人文庫) 
  • 人生を愉しむ心得 ここが面白くなる分岐点(青春出版社、1998年6月)
  • いろはカルタに潜む江戸のこころ・上方の知恵(杉浦日向子共著、小学館、1998年11月)
66歳
  • 大阪・東京ゼニカネ文化論 この違いがオモロイ(家の光協会、1999年12月)
  • 人生、2勝1敗がいい 生きるにも勝つ方法がある(文化創作出版、1999年)
67歳 
  • こころの休日 平成人間カルテ(経済界、2000年6月)
  • 「面白く生きる知恵」は山ほどあるさ 今日がイキイキする体験的きっかけづくり(青春出版社、2000年)
68歳
  • 人生レシピ 「定年」も「老い」もこれまた愉し(PHP研究所、2001年7月)
  • 人生は、いつも始発駅(朝日新聞社、2001年10月)
  • ぼくんちのあんごう(PHP研究所「とっておきのどうわ」、2001年)
  • 大阪人と日本人 マナーから人生観まで、違いのすべてを徹底検証(丹波元共著、PHP文庫、2001年)
  • 川島雄三、サヨナラだけが人生だ(河出書房新社、2001年1月)
  • 人生の自由時間(岩波書店、2001年11月)
  • いわゆるひとつの長嶋茂雄語録(編、早稲田出版、2001年3月)
  • 人生の賞味期限(岩波書店、2001年1月)
69歳
  • 生きていく理由(海竜社、2002年12月)
  • 女性の素敵発見(同朋舎、2002年2月)
70歳
  • 藤本義一の金に泣く人笑う人(青春出版社「プレイブックスインテリジェンス」、2003年)
71歳
  • 六十歳からは好きなように生きよう。定年後の生き方のヒント(大和書房、2004年11月)
73歳
  • 徒然草が教える人生の意味 心の座標軸を見つける18章(大和書房、2006年8月)
74歳
  • 人生卍凶区 面白く生きる人の損得帳(青春出版社、2007年1月)
  • 雨月物語 上田秋成が描いた怪異小説の世界(世界文化社「日本の古典に親しむ」、2007年)
75歳

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